白紙の彼女
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──サリス視点
(……夢、ね)
彼がそう言ったのは、ミルクを買いに行こうとした時だった。
「ダメだ、俺が行く」と、少しだけ強張った声で、彼は私を引きとめた。
まるで、そうしないと何かが崩れてしまうような気配で。
夢だったんだと──
でも、その夢は、彼の心に強く、鮮やかに残っているのだと。
記憶喪失の私に見知らぬ顔で見つめられ、名前さえ呼ばれない未来を、彼は見たという。
そしてそれは、ただの幻想ではないのかもしれないと、私自身が思ってしまった。
妙に鮮明な夢だったと、彼は言っていた。
現実のような手触り。
胸が締めつけられるような感情のうねり。
覚えていないはずの痛みと、消えかけた光。
普通、夢というものは、脳の中に蓄積された記憶の断片が偶然繋がり、
意味のない物語として現れるはず。
けれど、彼の夢は──まるで、そこに確かに“別の私たち”が生きていたような、そんな感触だった。
レオは、勘が良い。
それも、“鋭い”とか“賢い”というのとはまた違う。
普通の人間ではあり得ないほどに、だ。
たとえば、私が少しだけ沈んでいる時には、何も言わなくてもそっと隣に座ってくれる。
声をかけなくても、手を握ってくれる。
私が言葉にできないほどの感情を抱えている時、彼はそれを、まるで見透かすように感じ取る。
そして精霊の気配──
本来、人の身でそれを感じることは困難だ。
長く修行を積んだ僧侶や巫女、神の声を聞く聖女など、特別な血を引く者にしか見えぬ存在。
ましてや魔力を持たない者には、本来ならば縁遠いはずのもの。
それなのに、彼は違った。
私が見るからに、彼には魔力はほとんど備わっていない。この世界で生きるほとんどの人間ではごく普通のことだ。
出会った頃には確かに、彼からそうした気配は感じなかった。
けれど、共に旅をして、幾多の苦難を越えていく中で──
彼の“感受性”は、次第に研ぎ澄まされていった気がする。
もしかしたら彼は、私の近くにいすぎたのだろうか。
人魚族──
なかでも、王族の血を引く者は、普通の人魚とは違い、精霊や妖精に近い存在だ。
父は海王神と呼ばれる人であり、その娘である私も、高い魔力と、次期王として海を統べる力を持っていた。
だがもう、私は加護を失っている。
傷や水の穢れを癒やすことも、歌で潮を操ることも、遠い日のようになってしまった。
けれど……
それでも、私の中に微かに残る“精霊の記憶”。
この身体の奥に、微弱ながら宿っている“なごり”や”魔力”が、
もしかすると、彼に影響を与えてしまっているのではないか──
そう思わずにはいられなかった。
彼のような、清らかな魂の持ち主が、
本来なら触れるはずのない“見えない力”に触れてしまったとしたら。
それが、彼の優しさゆえだとしたら──
(……ごめんなさい)
それはきっと、私のせいだ。
彼を苦しめたのは、私の存在。
私の血、私の記憶、私が抱えていたすべて。
──もしも彼が見た夢が、ただの妄想ではなく
“あり得たかもしれない未来”だとしたら?
私が記憶を失い、彼の名前さえ思い出せず、
「どなたですか?」と問うた世界が、どこかにあったのだとしたら──
彼は、それでも私のそばにいたと言った。
私が全てを忘れても、一からまた始めると。
名前を呼ばれなくても、何度でも好きになると。
その言葉は、愛を通り越して、祈りのようだった。
人は忘れる生き物だ。
心が壊れた時、身体が限界を迎えた時、記憶は容赦なく失われていく。
でも、彼の愛は──
失われても、消えないと知った。
記憶なんかに縛られなくても、
きっと私は、何度でも彼を見つける。
あの夢の中の私が、記憶をなくしたとしても、
彼の声を聞いて、また恋に落ちる。
彼の瞳を見て、また心を奪われる。
きっと、何度でも。
「ねぇレオ、もしもわたしがあなたのことを忘れてしまったら……どうする?」
あの問いを口にしたのは、
夢の話を聞いた夜から、ずっと頭に残っていた“想像”を確かめたくて。
だけど、彼は迷わなかった。
「また初めから始めるよ」
「名前も、旅も、歌も、笑顔も──全部、一からやり直す。
……だって、お前が俺を忘れても、俺はお前を愛してるから」
それが、彼という人なのだ。
強くなくても、特別でなくても。
彼の中にある“まっすぐさ”は、どんな奇跡よりも尊い。
だから、私はこうして彼の隣にいようと思う。
たとえ未来で、記憶が曇ることがあっても。
彼が私を思い出させてくれると信じているから。
愛とは、記憶じゃない。
心が選んだ相手を、何度でも好きになれる。
たとえ名前を忘れても、ぬくもりだけは忘れない。
だから、もしもその日が来たら──
「“はじめまして”、また言ってね」
私は、何度でも“あなた”に恋をするから。
──Fin
(……夢、ね)
彼がそう言ったのは、ミルクを買いに行こうとした時だった。
「ダメだ、俺が行く」と、少しだけ強張った声で、彼は私を引きとめた。
まるで、そうしないと何かが崩れてしまうような気配で。
夢だったんだと──
でも、その夢は、彼の心に強く、鮮やかに残っているのだと。
記憶喪失の私に見知らぬ顔で見つめられ、名前さえ呼ばれない未来を、彼は見たという。
そしてそれは、ただの幻想ではないのかもしれないと、私自身が思ってしまった。
妙に鮮明な夢だったと、彼は言っていた。
現実のような手触り。
胸が締めつけられるような感情のうねり。
覚えていないはずの痛みと、消えかけた光。
普通、夢というものは、脳の中に蓄積された記憶の断片が偶然繋がり、
意味のない物語として現れるはず。
けれど、彼の夢は──まるで、そこに確かに“別の私たち”が生きていたような、そんな感触だった。
レオは、勘が良い。
それも、“鋭い”とか“賢い”というのとはまた違う。
普通の人間ではあり得ないほどに、だ。
たとえば、私が少しだけ沈んでいる時には、何も言わなくてもそっと隣に座ってくれる。
声をかけなくても、手を握ってくれる。
私が言葉にできないほどの感情を抱えている時、彼はそれを、まるで見透かすように感じ取る。
そして精霊の気配──
本来、人の身でそれを感じることは困難だ。
長く修行を積んだ僧侶や巫女、神の声を聞く聖女など、特別な血を引く者にしか見えぬ存在。
ましてや魔力を持たない者には、本来ならば縁遠いはずのもの。
それなのに、彼は違った。
私が見るからに、彼には魔力はほとんど備わっていない。この世界で生きるほとんどの人間ではごく普通のことだ。
出会った頃には確かに、彼からそうした気配は感じなかった。
けれど、共に旅をして、幾多の苦難を越えていく中で──
彼の“感受性”は、次第に研ぎ澄まされていった気がする。
もしかしたら彼は、私の近くにいすぎたのだろうか。
人魚族──
なかでも、王族の血を引く者は、普通の人魚とは違い、精霊や妖精に近い存在だ。
父は海王神と呼ばれる人であり、その娘である私も、高い魔力と、次期王として海を統べる力を持っていた。
だがもう、私は加護を失っている。
傷や水の穢れを癒やすことも、歌で潮を操ることも、遠い日のようになってしまった。
けれど……
それでも、私の中に微かに残る“精霊の記憶”。
この身体の奥に、微弱ながら宿っている“なごり”や”魔力”が、
もしかすると、彼に影響を与えてしまっているのではないか──
そう思わずにはいられなかった。
彼のような、清らかな魂の持ち主が、
本来なら触れるはずのない“見えない力”に触れてしまったとしたら。
それが、彼の優しさゆえだとしたら──
(……ごめんなさい)
それはきっと、私のせいだ。
彼を苦しめたのは、私の存在。
私の血、私の記憶、私が抱えていたすべて。
──もしも彼が見た夢が、ただの妄想ではなく
“あり得たかもしれない未来”だとしたら?
私が記憶を失い、彼の名前さえ思い出せず、
「どなたですか?」と問うた世界が、どこかにあったのだとしたら──
彼は、それでも私のそばにいたと言った。
私が全てを忘れても、一からまた始めると。
名前を呼ばれなくても、何度でも好きになると。
その言葉は、愛を通り越して、祈りのようだった。
人は忘れる生き物だ。
心が壊れた時、身体が限界を迎えた時、記憶は容赦なく失われていく。
でも、彼の愛は──
失われても、消えないと知った。
記憶なんかに縛られなくても、
きっと私は、何度でも彼を見つける。
あの夢の中の私が、記憶をなくしたとしても、
彼の声を聞いて、また恋に落ちる。
彼の瞳を見て、また心を奪われる。
きっと、何度でも。
「ねぇレオ、もしもわたしがあなたのことを忘れてしまったら……どうする?」
あの問いを口にしたのは、
夢の話を聞いた夜から、ずっと頭に残っていた“想像”を確かめたくて。
だけど、彼は迷わなかった。
「また初めから始めるよ」
「名前も、旅も、歌も、笑顔も──全部、一からやり直す。
……だって、お前が俺を忘れても、俺はお前を愛してるから」
それが、彼という人なのだ。
強くなくても、特別でなくても。
彼の中にある“まっすぐさ”は、どんな奇跡よりも尊い。
だから、私はこうして彼の隣にいようと思う。
たとえ未来で、記憶が曇ることがあっても。
彼が私を思い出させてくれると信じているから。
愛とは、記憶じゃない。
心が選んだ相手を、何度でも好きになれる。
たとえ名前を忘れても、ぬくもりだけは忘れない。
だから、もしもその日が来たら──
「“はじめまして”、また言ってね」
私は、何度でも“あなた”に恋をするから。
──Fin
