エメラルドの檻 ─番外編─【オリジナル夢】
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※暴力表現注意
──夢を見るの。
時々、ふいに。
今はもう終わったはずの過去が、まるで今も続いているかのように。
それは、波打つように心の底から這い上がってくる。
気を抜いた隙に、眠りに落ちた私を蝕む。
あの、鉄の匂いが染みついた倉庫。
薄暗くて、じめじめしていて、希望のかけらすら存在しなかった世界。
冷たい鉄の檻。
私と同じように閉じ込められている者たち──
角を持つ獣人の子、尻尾のある亜人の女、片目を塞がれた小さな妖精。
皆、誰にも名を呼ばれないまま、値札だけをぶら下げられて。
そして、聞こえてくるのは、あの下卑た声。
「ひひひッ、昨日のエルフの女も高く売れたが、お前も相当値がつくだろうな〜?」
「おい!オメェも触ってみろよ!どこもスベスベだぜ?」
「ヒレ以外は人間の女とそう変わらねェんだな。売る前に俺たちで味見しちまうか!ギャハハッ!」
──吐き気がした。
脂ぎった手が、檻の隙間から伸びてくる。
胸、腕、尾鰭。どこを触られても、心が冷たく硬くなっていった。
(いや……来ないで……触らないで……)
逃げようとしても、ヒレを掴まれて引き戻される。
誰にも助けを求められない。
精霊に……そう、精霊にだけは届くはず──
祈るように、歌った。
でも、すぐに殴られた。
蹴られた。
叫んだ声は遮られ、やがて熱が押しつけられた。
ジリ……ッという音とともに、皮膚が焼ける。
声にならない悲鳴を漏らしながら、私は心の中で何度も精霊に縋った。
──助けて。助けて。助けて……!
けれど、その祈りに応えるように、傷がふさがっていくのを感じた。
……精霊は、私を見捨ててはいなかった。
”生きて”と願ってくれている。
だがそれを見た男たちは、顔を歪めて笑った。
「なんだコイツ……傷がもうねぇぞ……」
「ははっ、気持ち悪い。やっぱ化け物だ、こりゃあ」
「へぇー人魚は不老不死の薬になるって噂は本当だったんだな。いっそのことバラすか?ギャハハハハッ」
──化け物?私が?
(……私が、化け物?)
(ならば、お前たちはなんなの?)
(私を金で売り、笑い、囚え、傷つけて、それが“人間”なの?)
ああ……
私、何を思って海を離れたのだろう。
人間の世界に憧れるだなんて……信じるだなんて。
(お父様、ごめんなさい。助けて……海に、帰りたい……)
恐怖と悲しみと、狂おしいほどの怒りが胸を満たしていく。
──そうよ。私が願えば、精霊は応えてくれる。
波よ、風よ、怒れる海の獣たちよ。
この者たちを……すべて、滅ぼして。
唇が震える。旋律がこぼれる。
私が教わったことのないはずの、破滅の歌。
私の中の何かが目覚める。
銀の髪が、漆黒に染まっていく。
人間なんて、
人間なんて、
人間なんて、──滅んでしまえ!
──「サリスッ!!」
その声が、雷のように脳内を揺らした。
はっとして目を見開いた。
……けれど、まだ現実が霞んでいた。
あの倉庫の闇が、まだ私の中に絡みついている。
その腕が触れようとした瞬間、反射的に振り払った。
「触らないでッ!」
……その爪が、誰かの頬をかすめた。
ぴたりと時間が止まったようだった。
目の前にいたのは──
「……レオ……?」
現実が、やっと見え始める。
でも、レオは怒ってなどいなかった。
ほんの一瞬、驚いただけで、すぐに、静かに微笑んだ。
その頬に、一筋、血がにじんでいた。
「サリス、安心しろ。ここにいるのは……俺だけだ」
その言葉に、身体の力が抜けた。
頬を伝う涙の熱すら、今は分からなかった。
「お前を侮辱した奴らは全員捕まって、裁きを受けた。
誰一人として逃げていない。
他に囚われていた奴らも、全員……助け出されてる」
その声が、私の心を、現実に引き戻してくれる。
──私を抱いていたのは、あの鉄の檻じゃない。
──今、ここにいるのは、レオ。
誰でもない、レオ。
「……ごめんなさい……怖かったの……」
「知ってる。いいんだ。夢だからって、気にするな」
彼は、私の手を、恐れることなく握りしめた。
爪を立てたこの手を、何より大切なものみたいに。
「大丈夫だ。もう二度と、お前を檻に入れさせたりなんてしない。
俺がそばにいる。お前のすべてを、守る」
彼の手が、あたたかくて、優しくて……
それが、まるで“檻”という言葉の意味すら、忘れさせてくれるようだった。
……ああ。
そうか、私はもう、あの場所にいない。
「……ありがとう、レオ。あなたがいてくれて、よかった」
唇からこぼれたその言葉は、震えていて、でも確かだった。
過去は消えない。
でも、今の私は、それと共に立っていける。
この人が、いてくれるのなら──
私は、人間を、もう一度信じてみたいと思える。
レオの声は、まるで優しい波のよう。
荒れ狂う嵐を静める潮のように、
私の張り詰めていた心を、ゆっくりとほどいていく。
「大丈夫だ。もう二度と、お前を檻に入れさせたりなんてしない。
俺がそばにいる。お前のすべてを、守る」
その言葉が、真っ直ぐに胸に届いた。
冷たく凍りついていた心の一部が、静かに溶けていくのが分かった。
私の震える手を、レオはそっと握ったまま離さなかった。
この手で彼を傷つけたというのに。
「……ごめんなさい、レオ。私……怖かったの」
「……わかってる。俺も、ずっと傍にいるから」
その言葉に、私はもう何も言えなかった。
体が勝手にレオの方へと傾いていく。
彼の胸に、頬を寄せた。
あたたかい。
包み込まれるような、安心感。
思えば、人間になってからずっと、心も体も、どこかで張り詰めたままだった。
こうして誰かの胸に抱かれ、全部を委ねてもいいのだと、今やっと思えた。
レオのシャツにしがみついたまま、私は小さな声で呟いた。
「……レオ。眠るのが……ちょっと怖いの。
また、あの夢を見たらどうしようって……」
言いながら、また少し涙が滲んだ。
情けない、とは思わなかった。
それよりも、正直に言える場所があることが、胸にしみて、ありがたかった。
するとレオが、少し躊躇いながらも、小さく笑ったような気配がした。
「……じゃあ、子守唄でも歌ってやるよ」
「え……?」
「……へたくそだけどな。でも、俺の声なら、悪夢くらい追い出せる気がする」
不器用な、でも真っ直ぐなその申し出に、私は思わずふふっと笑ってしまった。
「レオの声、好きよ。……聞かせて」
レオは小さく頷くと、私をもう一度ぎゅっと抱き寄せて、
静かに、まるで月夜に話しかけるように、歌い始めた。
⸻
「♪ 遠い海の底 星が揺れる
波間に眠る 君の夢
光はまだ 届かないけど
僕の声なら 君に届く
眠れ 眠れ 怖くはない
君はもう 一人じゃないから
眠れ 眠れ 波の中で
手を離さずに 傍にいるよ」
⸻
その声は、驚くほどあたたかく、
子どものころ、お父様の腕に抱かれて聞いた海の唄のように、懐かしくて。
レオの声が響くたびに、私の中の棘が一つずつ、静かに抜け落ちていく。
部屋の中はしんと静まり返っていた。
けれど、その静けさは、あの倉庫のような冷たい沈黙じゃない。
これは──
私のためだけに紡がれた、やさしい夜の音だった。
気がつけば、私はレオの胸の中で、自然と目を閉じていた。
眠りたくないと思っていたのに、今は──
この声に包まれてなら、もう一度、夢を見ても、平気な気がした。
だって、目が覚めたら、レオがいてくれるから。
どんな夢の中でも、あの声が私を呼んでくれると、知っているから。
「……レオ……ありがとう……」
囁くようにそう言ったあと、
私は彼の腕の中で、すうっと深い眠りに落ちた。
悪夢の続きは、もう来なかった。
──Fin
──夢を見るの。
時々、ふいに。
今はもう終わったはずの過去が、まるで今も続いているかのように。
それは、波打つように心の底から這い上がってくる。
気を抜いた隙に、眠りに落ちた私を蝕む。
あの、鉄の匂いが染みついた倉庫。
薄暗くて、じめじめしていて、希望のかけらすら存在しなかった世界。
冷たい鉄の檻。
私と同じように閉じ込められている者たち──
角を持つ獣人の子、尻尾のある亜人の女、片目を塞がれた小さな妖精。
皆、誰にも名を呼ばれないまま、値札だけをぶら下げられて。
そして、聞こえてくるのは、あの下卑た声。
「ひひひッ、昨日のエルフの女も高く売れたが、お前も相当値がつくだろうな〜?」
「おい!オメェも触ってみろよ!どこもスベスベだぜ?」
「ヒレ以外は人間の女とそう変わらねェんだな。売る前に俺たちで味見しちまうか!ギャハハッ!」
──吐き気がした。
脂ぎった手が、檻の隙間から伸びてくる。
胸、腕、尾鰭。どこを触られても、心が冷たく硬くなっていった。
(いや……来ないで……触らないで……)
逃げようとしても、ヒレを掴まれて引き戻される。
誰にも助けを求められない。
精霊に……そう、精霊にだけは届くはず──
祈るように、歌った。
でも、すぐに殴られた。
蹴られた。
叫んだ声は遮られ、やがて熱が押しつけられた。
ジリ……ッという音とともに、皮膚が焼ける。
声にならない悲鳴を漏らしながら、私は心の中で何度も精霊に縋った。
──助けて。助けて。助けて……!
けれど、その祈りに応えるように、傷がふさがっていくのを感じた。
……精霊は、私を見捨ててはいなかった。
”生きて”と願ってくれている。
だがそれを見た男たちは、顔を歪めて笑った。
「なんだコイツ……傷がもうねぇぞ……」
「ははっ、気持ち悪い。やっぱ化け物だ、こりゃあ」
「へぇー人魚は不老不死の薬になるって噂は本当だったんだな。いっそのことバラすか?ギャハハハハッ」
──化け物?私が?
(……私が、化け物?)
(ならば、お前たちはなんなの?)
(私を金で売り、笑い、囚え、傷つけて、それが“人間”なの?)
ああ……
私、何を思って海を離れたのだろう。
人間の世界に憧れるだなんて……信じるだなんて。
(お父様、ごめんなさい。助けて……海に、帰りたい……)
恐怖と悲しみと、狂おしいほどの怒りが胸を満たしていく。
──そうよ。私が願えば、精霊は応えてくれる。
波よ、風よ、怒れる海の獣たちよ。
この者たちを……すべて、滅ぼして。
唇が震える。旋律がこぼれる。
私が教わったことのないはずの、破滅の歌。
私の中の何かが目覚める。
銀の髪が、漆黒に染まっていく。
人間なんて、
人間なんて、
人間なんて、──滅んでしまえ!
──「サリスッ!!」
その声が、雷のように脳内を揺らした。
はっとして目を見開いた。
……けれど、まだ現実が霞んでいた。
あの倉庫の闇が、まだ私の中に絡みついている。
その腕が触れようとした瞬間、反射的に振り払った。
「触らないでッ!」
……その爪が、誰かの頬をかすめた。
ぴたりと時間が止まったようだった。
目の前にいたのは──
「……レオ……?」
現実が、やっと見え始める。
でも、レオは怒ってなどいなかった。
ほんの一瞬、驚いただけで、すぐに、静かに微笑んだ。
その頬に、一筋、血がにじんでいた。
「サリス、安心しろ。ここにいるのは……俺だけだ」
その言葉に、身体の力が抜けた。
頬を伝う涙の熱すら、今は分からなかった。
「お前を侮辱した奴らは全員捕まって、裁きを受けた。
誰一人として逃げていない。
他に囚われていた奴らも、全員……助け出されてる」
その声が、私の心を、現実に引き戻してくれる。
──私を抱いていたのは、あの鉄の檻じゃない。
──今、ここにいるのは、レオ。
誰でもない、レオ。
「……ごめんなさい……怖かったの……」
「知ってる。いいんだ。夢だからって、気にするな」
彼は、私の手を、恐れることなく握りしめた。
爪を立てたこの手を、何より大切なものみたいに。
「大丈夫だ。もう二度と、お前を檻に入れさせたりなんてしない。
俺がそばにいる。お前のすべてを、守る」
彼の手が、あたたかくて、優しくて……
それが、まるで“檻”という言葉の意味すら、忘れさせてくれるようだった。
……ああ。
そうか、私はもう、あの場所にいない。
「……ありがとう、レオ。あなたがいてくれて、よかった」
唇からこぼれたその言葉は、震えていて、でも確かだった。
過去は消えない。
でも、今の私は、それと共に立っていける。
この人が、いてくれるのなら──
私は、人間を、もう一度信じてみたいと思える。
レオの声は、まるで優しい波のよう。
荒れ狂う嵐を静める潮のように、
私の張り詰めていた心を、ゆっくりとほどいていく。
「大丈夫だ。もう二度と、お前を檻に入れさせたりなんてしない。
俺がそばにいる。お前のすべてを、守る」
その言葉が、真っ直ぐに胸に届いた。
冷たく凍りついていた心の一部が、静かに溶けていくのが分かった。
私の震える手を、レオはそっと握ったまま離さなかった。
この手で彼を傷つけたというのに。
「……ごめんなさい、レオ。私……怖かったの」
「……わかってる。俺も、ずっと傍にいるから」
その言葉に、私はもう何も言えなかった。
体が勝手にレオの方へと傾いていく。
彼の胸に、頬を寄せた。
あたたかい。
包み込まれるような、安心感。
思えば、人間になってからずっと、心も体も、どこかで張り詰めたままだった。
こうして誰かの胸に抱かれ、全部を委ねてもいいのだと、今やっと思えた。
レオのシャツにしがみついたまま、私は小さな声で呟いた。
「……レオ。眠るのが……ちょっと怖いの。
また、あの夢を見たらどうしようって……」
言いながら、また少し涙が滲んだ。
情けない、とは思わなかった。
それよりも、正直に言える場所があることが、胸にしみて、ありがたかった。
するとレオが、少し躊躇いながらも、小さく笑ったような気配がした。
「……じゃあ、子守唄でも歌ってやるよ」
「え……?」
「……へたくそだけどな。でも、俺の声なら、悪夢くらい追い出せる気がする」
不器用な、でも真っ直ぐなその申し出に、私は思わずふふっと笑ってしまった。
「レオの声、好きよ。……聞かせて」
レオは小さく頷くと、私をもう一度ぎゅっと抱き寄せて、
静かに、まるで月夜に話しかけるように、歌い始めた。
⸻
「♪ 遠い海の底 星が揺れる
波間に眠る 君の夢
光はまだ 届かないけど
僕の声なら 君に届く
眠れ 眠れ 怖くはない
君はもう 一人じゃないから
眠れ 眠れ 波の中で
手を離さずに 傍にいるよ」
⸻
その声は、驚くほどあたたかく、
子どものころ、お父様の腕に抱かれて聞いた海の唄のように、懐かしくて。
レオの声が響くたびに、私の中の棘が一つずつ、静かに抜け落ちていく。
部屋の中はしんと静まり返っていた。
けれど、その静けさは、あの倉庫のような冷たい沈黙じゃない。
これは──
私のためだけに紡がれた、やさしい夜の音だった。
気がつけば、私はレオの胸の中で、自然と目を閉じていた。
眠りたくないと思っていたのに、今は──
この声に包まれてなら、もう一度、夢を見ても、平気な気がした。
だって、目が覚めたら、レオがいてくれるから。
どんな夢の中でも、あの声が私を呼んでくれると、知っているから。
「……レオ……ありがとう……」
囁くようにそう言ったあと、
私は彼の腕の中で、すうっと深い眠りに落ちた。
悪夢の続きは、もう来なかった。
──Fin
