焔と鉱脈を宿す者たち
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出発の朝、空は晴れていた。
灰色の雲は夜のうちに遠くへ流され、山の稜線の向こうからは、淡い光が差し込んでいる。
ドワーフたちの集落の広場には、見送りのために大勢が集まっていた。
重い扉が開かれ、風と朝の冷気が吹き込むと、炉の熱と混ざり合い、空気が新しく生まれ変わる。
「……レオ、人間のくせに、なかなかやるじゃねぇか」
「また折れたら来いよ。今度はもっといい鉄を打ってやる」
「サリスちゃん、また子守歌うたってくれよ~!」
わいわいと騒ぐドワーフたちに囲まれ、レオは少し苦笑しながら、整えた荷を背に担ぐ。
「本当に、世話になったな。短剣だけじゃない。……いろいろと」
「ふん、口にするな。礼なんぞいらん」
マグネスはぶっきらぼうに言いながらも、レオの背にそっと手を置いた。
「だがな……これだけは言っておこう。あの剣は、“今”のお前にしか扱えん。大切にせぇよ、レオ。獅子の名を背負った人間よ」
「……あぁ。約束する」
短剣の鞘が腰に触れるたび、胸にあの夜の火の音が蘇る。
それはもう、自分の一部だった。
サリスもまた、見送る子どもたちに手を振る。
小さな手のひら、赤黒く汚れた顔。けれどその瞳は、鉱石のように澄んでいた。
「また来てね、サリスねーちゃん!」
「えぇ、必ず。……元気でね」
最後に、彼女はスチルにそっと耳打ちした。
「……火と仲良くしてね。あなたはきっと、とても強い子になるわ」
スチルは照れたように笑い、こくんと頷いた。
*
山道を下りながら、ふたりはしばらく無言だった。
時おり吹き込む風が、肌に残る炉の熱を攫っていく。
サリスは先を歩くレオの背を見つめていた。
彼の歩き方には、どこか肩の力が抜けたような、静かな自信が宿っている。
──でも。
「ねぇ、レオ」
「ん?」
「……昨日の夜のこと、どれくらい覚えてる?」
レオは足を止めた。
「昨日……?」
少し考え込んでから、彼は頬をぽりぽりと掻いた。
「……あの火酒のせいで、ほとんど覚えてない。夢見てるみたいだった。……まさか、おれ……無理やりお前に……!? 何か傷つけるようなこと言ったとか……っ!?」
「ふふふ……」
サリスは口元を覆って、肩を揺らして笑い出した。
「な、なんで笑ってるんだよ……っ!?」
「だって、あのときのあなた、とってもかわいかったんだもの」
「か……可愛い!? や、やっぱりなんか変なことしたんじゃ──」
「ふふ。じゃあ、一つだけ教えてあげる」
サリスは歩みを止め、レオの隣に立って見上げた。
「……あなたは、自分のことを“カッコよくない”って言ってたわ」
「う……」
「でもね。私は思ってるの。あなたは、十分すぎるくらいカッコいいわよ。
私の方が気後れしてしまうくらいにね」
その声音は、からかいではなく、本心からのものだった。
山の静けさに、まるで泉のように響く。
レオは照れたように目を逸らす。
「……サリス、お前、時々ずるい」
「そうかしら?」
「……いや、やっぱりずるい」
ふたりの間に吹く風が、どこかくすぐったく、あたたかかった。
*
山を越えた風が、地表の灰を攫っていく。
朝の空は高く、澄んだ青が徐々に覗き始めていた。
鉱山を離れ、緩やかな下りの山道を進みながら、レオとサリスは小さな会話を繰り返していた。
「……それにしても、お前、あのときよく動けたな」
レオはふと、足元の砂利を踏みながら言った。
「俺が短剣を折ったあとの話だ。お前、野盗の手を払いのけて、まるで訓練してたみたいだった」
「ええ。あなたから護身術を教わってたもの。ふふ、役に立ったでしょ?」
サリスは嬉しそうに言う。
その笑顔には、どこか誇らしげなものがあった。
「……あぁ。俺が頼りにならないとき、お前が自分を守ってくれて、本当に助かった」
そう素直に言うと、サリスはにっこりと頷いた。
「ありがとう、レオ。私……守られてばかりじゃいけないって、少しずつ思えるようになったの。
あなたに出会った頃の私は、ただ逃げてるだけだったから」
「……そんなことない」
レオがぽつりと呟く。
「逃げたって、生きてりゃそれでいい。生きてるから、お前に会えた。
お前がここにいるのは、“誰かが許してくれたから”じゃない。“お前自身が、立ち止まらずに進んできたから”だ」
サリスはその言葉に、ふと立ち止まってレオを見上げた。
ほんの少し、瞳の奥が揺れた。
「……レオ」
「ん?」
「ねぇ。また、護身術、教えてくれる?」
「もちろんだ。何度だって教える。
でも──」
ここでレオは少し目を細め、からかうように言葉を続ける。
「…それは最終手段にしてくれ。他の奴らに、お前の身体を触らせたくない」
サリスは少しだけきょとんとしたあと、ふふっと笑った。
「分かってるわ。だから──これからも、“あなたにだけは”全部、触らせてあげる」
「~~~~っ! 言い方ッ!!」
耳まで真っ赤にして顔を覆うレオを見て、サリスは肩を震わせて笑った。
「え? だって、そうでしょ? この間だって──」
「ストップ!!」
レオは慌ててサリスの口を手で塞ぐ。
その動きがあまりに必死で、サリスは完全に吹き出してしまった。
「や、やめろって……! なんか……俺の何かが……失われそうなんだ……」
「ふふ……」
少し落ち着いたサリスが、そっとレオの手を外す。
「でもね。そうやって慌てるあなたを見るの、私、結構好きよ。
あなたが無防備になるときって、素直な本音が見えるもの」
レオは顔をそらし、少しだけ呟いた。
「……時々、お前の方が俺より大人な気がする。
なぁサリス、本当は何歳なんだ?」
「女性に年齢を聞くのは、野暮よ、レオ?」
「う……」
返す言葉に詰まり、レオはそのまま頭を抱える。
けれどその肩を、サリスがそっと叩いた。
「……私ね。今は、ただの旅人のサリスよ。
あなたと一緒に、笑ったり泣いたり、時々ふざけてみたりする──普通のサリス」
「そうか」
レオは静かに立ち上がる。
「じゃあ、俺も。もう“罪を背負った元兵士”じゃない。
ただの、旅を続ける男だ。……お前と、同じ道を歩く、ただのレオ」
二人は見つめ合い、微笑む。
そして自然と、指先が触れた。
手のひらが重なり、温かさが伝わる。
「行こうか」
「ええ」
そうして二人は、また歩き出す。
火と灰の山を越えたその先へ──
誰の命令でもなく、誰の許しでもない、
“ふたりで決めた道”を、これからも。
どこまでも。
どこまでも。
──Fin
