焔と鉱脈を宿す者たち
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鍛冶炉の熱は、まるで生き物のように工房内に渦巻いていた。
ドワーフたちは黙々と鉄を打ち、火花が岩壁を照らすたび、山の奥が呼吸しているように見えた。
レオは傍らで、その情景をじっと見つめていた。
布に包まれた短剣は、工房の祭壇にも似た作業台の上に静かに置かれている。
砕けた刃の断面には、煤と錆が入り混じり、それでもなお鈍く命の光を宿していた。
「ずいぶん使い込んでるな」
鍛冶の長――白髪のドワーフのマグネスが唸るように言った。
「それも、ただ振るっただけじゃねぇ……何かを、誰かを守ってきた剣だ」
「……ああ。ずっと俺の傍にあった。俺を変えてくれた人たちを、守るために使ったんだ」
レオは正直にそう答えた。
その声音には、過去の痛みと、今の誇りが混ざっていた。
「ならばなおさら、簡単には打ち直せん」
マグネスは、炉に新しい石炭をくべる。
「剣とは鉄だけでは成り立たん。持ち主の想い、打った者の魂、それらすべてが宿る。……お前の心に迷いがあれば、それはそのまま刃に出る」
「わかってる」
レオは短く答え、視線を下げた。
──今の自分は、あの頃の“兵士”とは違う。
「この剣に込められた“誰かの想い”を、俺はもう無駄にはしない。そう決めたんだ」
その言葉に、マグネスは頷き、ゆっくりと炉の前へ向かう。
*
一方そのころ、工房の外。
サリスは小さな広場の隅に佇み、ゆっくりと空気を吸っていた。
この山には、肌を焦がすような熱と、ずっと奥底から響く鼓動のような“圧”がある。
「……やっぱり、似てる」
そう呟いた彼女の手のひらが、微かに震えていた。
海の底、潮流の中で感じた水の精霊の力。
それと酷似したものが、今は地面の下から伝わってくる。
違うのは、性質だけだ。火と土。
荒々しく、破壊と創造を同時に孕む――それが“火の精霊”の力。
「……水と火は、決して混ざり合わない。そう教えられて育ったのに」
思えば遠い昔、まだ人魚だった頃。
海底で語られた古の伝承の中に、必ず“火の者たち”への戒めがあった。
『彼らは熱と争いを好み、我らの水を干上がらせる』
『火の精霊と交わってはならぬ。災いが降る』
それは恐れか、差別か、あるいは太古の大戦の名残だったのか。
だが今、彼女は思う。
──あの頃の私は、何も知らなかった。
海の底しか知らなかった私は、火の温かさも、人の優しさも、知らなかった。
そんな中、ひとりの小柄なドワーフの少年が、彼女に近づいてきた。
「……なぁ、ほんとに“水のひと”なの?」
まだあどけない少年。手には炭で黒く汚れた小さな木槌を握っていた。
彼は恐れるでもなく、じっとサリスを見上げていた。
「そうだったわ。今は違うけど。あなたは……私が怖くないの?」
「うん、ちょっと変な匂いはするけど……きれいな声してた」
「え?」
「さっき、誰かに怒ってたとき。あれ、歌みたいだった。カァンって、心に響いた」
少年の言葉に、サリスは驚いたように目を見開く。
彼女の怒りは、確かに野盗に向けられたものだった。
だが、それが“歌”のように届いたというのなら──それは彼女の本質が、やはりまだどこかで精霊と繋がっている証だ。
「ありがとう……あなたの耳は、とても繊細ね」
サリスはしゃがみこみ、少年の手をそっと握った。
その小さな手には、熱と誇りが宿っていた。
「俺、スチルっていうの。ねーちゃんは?」
「ふふ、サリスでいいわ。ねぇスチル君、火って、こわくないの?」
「こわいよ! でも、鍛冶場の火は“いい子”なんだ。言うこと聞いてくれるし、きれいな刃もつくってくれる」
サリスはその言葉に、じんわりと胸の奥が熱くなるのを感じた。
「そう……あなたたちにとっての火は、ただの災いじゃないのね」
「うん! 火は怒ると怖いけど、仲良くなれると頼りになる!」
「……そっか。ありがとう、スチル君。私、火とも仲良くなりたいな」
その時、工房の方からカンッ!と鋭い音が響いた。
レオが鍛冶炉の前で、鉄の塊に向かい合っている音だ。
炉の熱と打撃の音が、まるで生きているかのようにサリスの胸を震わせた。
火と水、遠き因縁のはざまで、サリスはそっと瞳を閉じる。
──火を怖がっていた私が、いま、火を見つめている。
あの人と出会って、私は変わった。
*
その夜、鍛冶工房の奥で、長は新しい刃の形状についてレオに語っていた。
「ただ直すだけでは、真の修復にはならん。折れた刃は過去を断ち切り、今の“お前”に合った新たな形にせねばならん」
レオは、刃の形状を選びながら思った。
この短剣は、もう単なる護身用ではない。
サリスを守るために、自分が生きる意味そのものを刻んだ“証”だ。
「刃は細身でいい。重さも控えめで。けど……芯は強く。人を殺すためじゃない。誰かを守れるようにしてくれ」
「ほう……わかっておる。あのローレンスの弟子にしては、なかなかよく言った」
「ははっ…、俺は弟子ってわけじゃないんだけどな」
マグネスは、笑みともため息ともつかぬ声を漏らし、火酒をひと口煽った。
「明日は“魂打ち”だ。お前の想いも、叩き込んでもらうぞ。覚悟しておけ、人間」
──そして夜は更けていく。
次の日、火と鉄と魂の試練が、彼らを待っていた。
