【小さな家族ごっこ】Part2 夜を紡ぐ二人※
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夜の名残が空に漂い、まだ朝とは言えないほどの、ほの暗い時刻だった。
窓の外に広がる空はやさしく白み始め、カーテン越しに淡い光が宿の部屋へと差し込みはじめていた。
鳥のさえずりも、街のざわめきもまだ遠い。
まるで世界そのものが、ふたりの静けさを邪魔しないよう、息をひそめているかのようだった。
レオは、静かに目を覚ましていた。
(……夢じゃない)
何度もそう思い、そう確認しながら、胸の奥にあたたかいものが広がっていく。
隣には、サリスが静かな寝息を立てていた。
彼の腕の中に、すっかり身を委ねるように眠っている。
その姿が、たまらなく愛おしかった。
月明かりの代わりに差し込む微かな光が、彼女の横顔を淡く照らしていた。
長い睫毛、ほんのり赤みを帯びた頬、かすかに開いた唇──
シーツの隙間からのぞく白いうなじと鎖骨には、昨夜の記憶が刻まれている。
熱を帯びた愛のしるしが、いくつも、彼女の肌に咲いていた。
(……俺の腕の中に、いる)
確かな重みと、体温と、香り。
それらすべてが現実で、彼の手に残る温もりが、何よりの証だった。
「……サリス」
サリスはそっと、彼女の頬に指先を添える。
この静けさごと彼女が消えてしまいそうで、名を呼ばずにはいられなかった。
その瞬間だった。
サリスが微かにまぶたを震わせ、小さく息を吸い込んだ。
「……ん、……もう朝……?」
掠れた声。
まだ眠気に包まれた、柔らかくかすかな声。
レオの胸がきゅっと締めつけられる。
「おはよう、サリス」
囁くように言うと、サリスは目元をこすりながら、彼の方へゆっくり顔を向けた。
睫毛の先に、涙の痕がまだ少し残っていた。
昨夜、彼女は最後まで言葉もなく、まるで気を失うように眠りに落ちていた。
(……泣いてた。あのとき、最後に)
レオは不安に駆られ、視線を伏せた。
「……昨日、その……痛くなかったか?」
言葉を選びながら、低く問いかける。
「……お前、泣いてたから……嫌だったんじゃないかって、ちょっと心配で……」
すると──
「……ふふっ」
サリスは、やわらかく笑って、彼の頬に手を添えた。
「少しだけ……でも、嫌じゃなかったわ。むしろ、幸せすぎるくらいだった」
そう囁く声はとろけるように甘く、けれど真剣だった。
「ねぇ、あなたになら、私……何をされても全部許せるの」
そのひとことが、レオの胸を跳ねさせた。
「……お前は……また……そうやって腰にくることを……」
「え? 何が?」
「っ……なんでもねぇ!」
「ふふふっ」
サリスの肩が揺れて、喉の奥で楽しげな笑いが響く。
サリスは思わずタオルケットを掴み、彼女の顔に軽くかぶせた。
「……もう、調子に乗るな」
「やだ。……ねぇ、レオ、もう少しだけ……このままでいてもいい?」
そう囁きながら、彼の胸に顔をうずめるサリス。
その細い腕がそっとレオの背にまわり、すり寄るように触れてくる。
ぬくもりの余韻に包まれながら、彼女は小さな息を吐いた。
レオは無言でその背中を抱き返す。
「……いいけど、また止まらなくなるぞ、俺は」
「……その時は、責任とるわ」
サリスの囁きは、朝の光よりも柔らかく、
月の残り香よりも甘く、
そっとレオの耳奥に染みわたっていった。
──さっきまでのレオは、どこかしゅんとした顔をしていた。
まるで、ちいさな悪戯をして叱られるのを待つ子どものように、昨夜のことを案じていた彼。
けれどそのひとことを聞いた途端──
その瞳に、静かに灯る熱が戻ってきた。
怯えた子犬のようだったその目が、
今ではすっかり「男の目」になっていた。
サリスはその変化を見逃さなかった。
目の端でそれを感じ取り、くすっと喉を鳴らす。
「……あら、目つきが変わったわね」
「……変わるに決まってんだろ。そんなこと言われて、何も感じないわけがない」
レオはゆっくりと身を起こし、サリスに覆いかぶさるように体を寄せた。
指先が、そっと彼女の頬に触れる。そしてそのまま、唇の端をなぞるように。
「さっきまでは、お前のこと、ただ“可愛い”って思ってたのに」
「じゃあ……今は?」
「……抱きしめたくて、たまらなくなってる」
その一言に、サリスの瞳がふるえた。
それは恐れではない。
ただ、真っ直ぐな想いに晒された時の、心地よい震えだった。
レオの指が、頬から首筋へ、鎖骨のあたりへと降りていく。
昨夜の余韻がそこかしこに残っていた。
紅く咲いた愛の痕、唇の跡、微かに火照った肌。
「……ねぇ、レオ」
サリスがそっと囁く。
「もう一度……キスして。今度は、朝のキスを」
その声は、まるで誓いのようだった。
レオは何も言わず、静かに彼女の唇を塞いだ。
夜のキスとは違う。
静かで、優しくて、確かな愛を帯びている。
確かめるように、噛みしめるように、
ふたりの“これから”を紡ぐように。
唇が離れたあと、レオは目を伏せて、少し照れたように呟いた。
「……こんなに、誰かを愛しいと思ったのは、たぶん……初めてだ」
サリスは微笑んで、彼の胸元に額をそっと預ける。
「私もよ。あなたとこうしていると……どんな夢よりも、幸せで。……ちょっとだけ、怖いくらい」
「大丈夫だ」
レオは、サリスの背に手を回し、ぬくもりを確かめながら言う。
「怖いものなんて、何もない。……お前が望むなら、何度でも抱く。お前が望まなくても、俺の全部を、お前にあげたい」
「……うん」
その返事は、ほとんど息のように儚く、けれど確かだった。
サリスの細い腕が、レオの背に絡みつく。
ぬくもりに溶けるように、彼の体にしがみつく。
「……レオ、お願い。まだ……行かないで」
「行くわけねえよ、こんな朝に」
レオは優しく笑って、彼女の体をシーツごと引き寄せる。
ふたりを包み込むように、布の奥に、また世界ができあがった。
再び、唇が重なる。
深く、やさしく。
互いの気配を、すべてで感じ合うように。
「サリス……」
「ん……」
「もっと近くに……お前の全部が、欲しい」
「……もちろんよ。だって、私も──あなたに全部、あげたいって思ってるから」
ぬくもりに包まれて、ふたりの影がシーツの中でゆっくりと溶け合ってゆく。
時計の針も、世界の時間も、この朝だけは意味をなさなかった。
どれだけ朝が来ようと。
どれだけ旅が待っていようと。
この瞬間だけは、ふたりのためだけに存在していた。
しばらくして、シーツの中の静けさが戻ってきた頃──
「……ねぇ、レオ」
「ん?」
「私、ピーターくんに感謝してるの。……あの子が来てくれたから、あなたのこんな優しいところ、たくさん知ることができた」
レオは、照れくさそうに笑った。
「……皮肉なもんだな。俺、子ども相手に真剣に嫉妬してたんだぞ」
「ふふ、可愛かったわ。“パパ”って呼ばれてた時の顔、忘れられない」
「言うなって……」
「でも……もしも、ほんとうに“そう”なったら──きっと、素敵な未来になると思う」
レオは驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐに手を伸ばし、そっとサリスの手を握り返した。
「……そしたら、きっと、お前みたいな綺麗な“ママ”に似てくれるといいな」
「レオ……大好き。何度言っても足りないくらい」
「俺もだ、サリス。お前のこと、ずっと──」
その言葉の続きを、レオはそっと唇で塞いだ。
──そしてまた、朝がひとつ始まってゆく。
愛して、愛されて。
言葉よりも確かな感触で、ふたりは未来を選び取っていた。
まだ世界が目覚める前の、夜と朝の狭間で。
ふたりはただ、互いの鼓動を抱きながら、やわらかな時間に身をゆだね続けた。
それが、ふたりの愛のかたちだった。
