小さな家族ごっこ
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レオとサリス、そして小さな”仮の家族”となったピーターの三人は、広場を抜け、通りの角にある小さなカフェに足を運んでいた。
そのカフェは、花とハーブに囲まれた、木造の温もりある建物だった。
ドアを開けると、甘い焼き菓子とミルクティーの香りが迎えてくれる。店内は昼下がりの優しい陽光に満ち、窓際の席には若い恋人たちや家族連れがくつろいでいる。
「わぁ……いい匂い……!」
ピーターが思わず声を上げて、鼻をひくひくと動かした。
サリスは笑顔で彼の手を軽く握り、「じゃあ、窓のそばに座りましょうか」と誘う。
「ふたりと一緒にお茶なんて、ちょっと不思議な感じね」
サリスがそう言いながら席につくと、ピーターが当然のように彼女の隣にぴたりと座った。
「ここ、ボクの席~」
「はいはい、どうぞ♪」
サリスがくすくす笑いながら席を譲ると、レオはその向かいにどっかりと腰を下ろし、内心で叫んでいた。
(なぜ俺の隣じゃない!?)
それでも表情は崩さず、メニュー表を手にとって冷静を装う。サリスの隣の席が「満席じゃない」ことを確認しながら。
「ご注文はお決まりですか?」
店員の少女が水差しを手に、明るく微笑んでやってきた。エプロンをしたその子は、三人のテーブルを見てぱっと顔を綻ばせる。
「まあっ、かわいいお子さんですね!ご家族でお出かけですか?」
レオが凍りついた。
「は?」
「うわっ……」
サリスは笑いをこらえ、口元を押さえる。ピーターは自信たっぷりに頷いた。
「うん、ママとパパなんだよ~!」
「……ち、ちが──」
「まあ、素敵っ……!三人ともお似合いですよ!」
店員はほほえましそうに言い残して去っていった。
レオは顔を覆い、テーブルに突っ伏した。
「おい……今のはどう考えても誤解だろ……」
「ふふふ……レオの顔、真っ赤よ?」
「笑うな……くそ、なんで俺が“パパ”なんだ……」
「ママとパパなんだから、ボクは赤ちゃんってことかなあ?」
ピーターがいたずらっぽく言うと、レオは思わず目を細めた。
「てめぇ、わざとだろ」
「えへへ~?」
サリスは紅茶をすするふりをしながら、その様子を眺めている。どこか、楽しそうだ。
(まるで、ほんとの親子みたい……)
そんなことを思ってしまって、サリスは少しだけ胸が熱くなった。
注文したのは、苺のタルトとクリームたっぷりのホットチョコレート。
ピーターは目を輝かせてフォークを握ると、サリスの腕に甘えるように身体を寄せた。
「ママって、優しいんだねぇ」
「ちょ、ちょっと……」
「おい、やめろ」
レオの眉がぴくりと動く。
「サリスは“ママ”じゃねえ。名前を呼べ、名前を」
「でもママっぽいよ?ボクの頭なでてくれたし」
「それはな……!」
「じゃあさ、パパもボクのことなでてよ~」
「断る」
「パパ冷たい~」
「パパ言うな!」
カフェの片隅で繰り広げられる、ささやかな騒動。
それは微笑ましくもあり、他の客の視線を集めるほど、ほんのり温かい空気を醸し出していた。
サリスは、そんなふたりのやりとりに目を細めながら、そっとつぶやいた。
「レオ。……なんだか、こうしてると“普通の幸せ”みたいね」
レオはピーターにクッションで押されながらも、ちらりと彼女を見る。
「……普通じゃねえよ。俺にはお前がいれば十分だったのに」
「……え?」
「いや、なんでもない。チョコついてるぞ、ほら」
サリスの口元を指さして、レオは話をそらした。
けれど、彼女の頬はそっと染まり、何も言わずに微笑んだ。
春風が、窓からそっと吹き込んでくる。
三人の笑い声が、ふんわりとカフェの空気に溶けていった。
────
カフェを出ると、午後の陽射しはますます柔らかくなり、街全体が春のヴェールに包まれているようだった。
小さな鐘の音が遠くで鳴り、鳥たちのさえずりが高い空を渡ってゆく。
石畳の通りを、サリスとピーター、そしてその後ろを少し離れて歩くレオ。
この構図が、レオの心に微妙なひっかかりを残していた。
──サリスは俺の恋人なのに。
心の中で呟いてはみたものの、そんな嫉妬心を子ども相手にぶつけるわけにもいかない。
彼はため息をひとつ吐いて、前を歩くふたりを見つめた。
ピーターは相変わらずサリスの手を握りながら、屈託のない笑顔で何かを話し続けていた。
時折、サリスが優しく頷いて、頭を撫でる。
(まったく、調子いいガキだな……)
レオは心の中でぼやきながらも、彼の小さな背中を見つめていた。
擦り切れたシャツの裾、まだ汚れの残る靴。言葉には出さなかったが、最初に会ったときの表情には、孤独が滲んでいた。
気がつけば、足が自然とふたりの傍へと向いていた。
「ねえ、レオ。こっちにアイス屋さんがあるって聞いたんだけど、行ってみない?」
サリスが振り返り、声をかける。
レオはちょっとだけ口を尖らせながら答えた。
「……行くのはいいけど、ピーターが食べすぎて腹壊してもしらねえぞ」
「うん!大丈夫!ボク、お腹、鉄でできてるから!」
「はあ、なら安心だな。……冗談だろうけど」
小さな笑いが生まれた。
レオは無意識にピーターの頭に手を乗せて、くしゃっと髪をかき回した。
「わっ……なにすんのさ!」
「お返しだ。ママだのパパだの、勝手に言いやがって」
「えへへ〜、だって本当にそうだったらいいのになって思って……」
その言葉に、レオは思わず手を止めた。
振り返ると、ピーターはサリスの横で笑っていたが、どこか遠くを見るような、寂しげな目をしていた。
(……こいつ、もしかして──)
その時、レオの胸に、静かに何かが流れ込んできた。
それは怒りでも苛立ちでもない、もっと違う、温かくて不器用な感情。
言葉にするなら──
(……ああ、めんどくせえな)
そう、思いながらも。
「……よし。アイス、奢ってやるよ」
「えっ!ほんと!?」
「ひとつだけな。腹壊すから一番小さいサイズしろ」
「やった〜!」
はしゃぎながら駆け出していくピーターを、レオは目で追う。
その隣で、サリスが静かに笑っていた。
「……何だよ」
レオが顔を向けると、サリスは柔らかな表情のまま言った。
「ううん、なんでも。……ただ、ちょっと意外だっただけ」
「なにが」
「レオにも、そういう“顔”があるんだなって。……お父さんの顔」
「やめろ、二度と言うな……!」
レオはそっぽを向いて耳まで赤くした。
でも、サリスはその横顔が愛おしくてたまらなかった。
彼は誰よりも優しい。気づかないふりをして、いつも他人を思ってる。
そんな彼が、少しずつ誰かを“守りたい”と思い始めているその様子が、胸にしみてくる。
「……サリス」
レオが小さな声で呟いた。
「ん?」
「たまに思うんだ。お前と、もし……」
そこで言葉が止まる。
代わりに、サリスが微笑んで続けた。
「もし、こんな風に家族になったらって?」
「……ああ」
小さく息を吐くと、レオは自分でも知らなかったような優しい目で、ピーターの背中を見つめた。
「ま、今は“お試し体験”ってことでいいか」
「それにしては、結構楽しんでるように見えるけど?」
「やめろ」
再び耳を赤くするレオに、サリスは小さく笑いながら歩み寄った。
手が、そっと彼の手に触れる。
それは恋人同士の穏やかなぬくもりであり、未来を見つめるための、一歩でもあった。
そして、噴水広場の向こうでアイスを掲げているピーターが叫んだ。
「パパー!見てー!これ、ボクのアイスー!!」
「……あーもう、やかましい!!」
そう言いながらも、レオの声はどこか和らいでいた。
春の陽射しの中、小さな“家族”のような三人は、また歩き出した──。
