エメラルドの檻 ─番外編─【オリジナル夢】
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その日、街はまるで星空のように輝いていた。
石畳を飾る灯り、頭上で揺れる紙飾り、そして通りに立ち並ぶ露店。すべてが「星祭り」の到来を祝っているかのように、煌めいていた。
「レオ、見て。あれ、“星のかけら”ですって」
サリスが指さす先には、澄んだ青や淡い金色の小瓶が並ぶ店先。中には微細な鉱石の粒が光を受けてきらきらと輝いていた。
「それはラピスラズリっていう石さ」と、店の女性が微笑みながら応じた。「空と星を象徴する神聖な石でね、願いを込めて持ち歩けば、幸せが訪れるって言い伝えがあるのよ」
「へぇ…素敵ね」
ガラス越しにラピスを見つめるサリス。その瞳は宝石のように深く、青く、どこまでも澄んでいた。
レオはふと、その横顔に目をやる。
「サリスの瞳に似てるな、って思っただけ」
彼がそう呟くと、サリスは驚いたようにこちらを見て、次の瞬間にはふわりと微笑んだ。
「ふふ、ありがとう。なんだか、ちょっと照れるわね」
そんなやりとりを交わしながら、ふたりは星の飾りに満ちた街を歩き続けた。
けれど、その日一日、レオはどこか落ち着きがなかった。サリスが「どうかしたの?」と尋ねても、「んー…なんでもない」と曖昧に笑ってはぐらかす。
そして──
日が暮れた頃、彼はようやくその“理由”を口にした。
「今夜、見せたいものがあるんだ」
サリスは目を丸くしてから、にこりと笑った。「ええ。どこまでも、ついていくわ」
ふたりは街の灯を離れ、丘を目指した。
──静寂と星の息吹が満ちる、丘の上へ。
***
夜半、丘に立ったふたりを包むのは、ほのかに白く霞んだ息と、じんわりと沁みる寒さ。
サリスは用意していた毛布を広げ、ふたりで肩を寄せ合うようにして腰を下ろした。温かいココアの湯気が、鼻先をくすぐる。
「寒くないか?」
「ええ。くっついてるから、とてもあたたかいわ」
サリスが微笑むと、レオの胸にじんわりとした熱が灯る。それが寒さのせいではないことを、彼は知っていた。
「ねぇ、レオ。何が始まるの?」
その声に、レオが空を指さす。
「……そろそろだ」
そして──
夜空が、一筋の光に貫かれた。
それは始まりの合図のように。
「……!」
そのあとを追うように、次々と星々が流れ始めた。
大気を滑り落ちる無数の光の弧。まるで天空が、夢の破片を惜しげもなく零しているかのようだった。
「これが──流星群だよ。数十年に一度しか見られないやつだ」
「……流れ星、なんて、初めて見たわ……」
サリスは静かに息を呑んだまま、しばし空を見つめていた。彼女の栗色の髪が風に揺れ、瞳には流れゆく星の光が映っている。
「海の底からも月や星空は見えたけれど……今夜の方がずっとずっと綺麗」
その横顔は、どこか切なく、美しく──そして、どこまでも遠くを見つめていた。
─────
空から星々が降り注ぐような、奇跡のような時間だった。
ふたりは並んで毛布にくるまり、ただ静かに夜空を見上げていた。
流れ星は、音もなくいくつもいくつも空を横切り、まるで大切な記憶を一つひとつ描いていくように尾を引いて消えていく。
「ねぇ、レオ」
「ん?」
「流れ星には願い事をすれば叶うんでしょう?」
「そう言われてるな。三回唱えられたら願いが叶う、ってな」
サリスは毛布からそっと手を出して、冷たい夜風に触れながら、小さく息を吐いた。
「何を願ったの?」
「……内緒」
レオは言葉を濁すように笑った。けれどその笑みはどこか照れたようで、サリスにはわかってしまう。
「ふふ、きっと、優しい願いなのね」
「お前は? 願ったか?」
「……ええ。一つだけ、とても大切なことを」
「なんだ?」
「それも、秘密よ」
サリスはくすっと笑いながら、毛布の中でそっとレオの袖をつまんだ。
その手はほんのり温かくて、小さな灯火のようにレオの胸に灯る。
「でも、ね。きっともう、半分くらいは叶っている気がするの」
「……そうか」
レオは、隣にいる少女──いや、もう“少女”とは呼べないほどに強く、美しく、優しいひと──の横顔を見つめた。
サリスは瑠璃色の瞳で空を見上げていた。あの深い海のような瞳に、幾筋もの星の光が映り込み、まるでこの地上すべての奇跡を宿しているかのようだった。
──この人が隣にいてくれる。それだけで、今夜は星空に負けないくらい、美しい。
「なぁ、サリス」
「なぁに?」
「……会えてよかったよ。お前と、こうして星を見てる今が、俺には……一番の奇跡だ」
「……」
しばらく、サリスは何も言わずに肩を寄せた。
やわらかい髪がレオの肩に触れ、静かな鼓動が伝わってくる。
「レオ」
「ん?」
「私ね──もし、またどこかで生まれ変わることがあるのなら、もう一度、あなたに出会いたい」
「……俺もだよ。何度でも、お前を見つける」
風が通り過ぎた。どこまでもやさしく、ふたりを包むように。
流星群はまだ続いていた。
けれど、この時のふたりにとっては、もう星が流れていようと、止まっていようと──関係なかった。
静かに、深く、愛しさと祈りが交差して、時がゆっくりと流れていく。
毛布の中でふたりの手が、そっと触れあった。
「……ねぇ、レオ。願いが叶うのなら、あとひとつだけ、欲張ってもいいかしら」
「なんだ?」
「あなたがずっと、ここにいてくれますように」
「……そんなもん、願わなくても、俺はずっとお前のそばにいるよ」
月が雲間から顔を出した。
その光がふたりの上に降り注ぎ、丘の上はまるで星と月の祝福を受けているようだった。
──静かな夜だった。
けれど、その静けさの中に、ふたりだけの想いが確かに息づいていた。
そしてその夜空の下で、ひとつの願いが確かに結ばれた。
それは、星の流れる夜に交わされた、言葉よりも深い約束──
──Fin
