イタズラ妖精・パック
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朝の光が、薄いレースのカーテン越しに差し込んでいた。
レオは、ふと眉をしかめるように目を覚ました。
なんだか、ずいぶん長い夢を見ていた気がする。けれど──その内容が、ぼんやりしている。
(……ん、なんだ?やわらかい……?)
枕の感触が、いつもと違う。ふわふわしていて、ほんのり温かい。ゆっくりと目を開けると、そこにあったのは──サリスの胸元だった。
「……は?」
レオは固まった。
自分の頭は、栗色の髪をした彼女の腕の中に抱えられるようにして収まっており、サリスは穏やかな寝息を立てながら眠っていた。彼女の美しい横顔には、昨夜の疲れが少し残っているようだったが、それ以上に安堵の色が見て取れた。
「ちょっ……なんで、こうなってるんだ俺……!?」
声を殺して慌てるレオ。
だけど、体がふわふわとして重く、頭もまだすっきりしない。
昨夜のことを思い出そうとしても、霧がかかったように曖昧だ。
(確か……夕飯の支度して、サリスが皮むいて……それから……)
……それから?
レオは額を押さえた。ほんの断片的に、くすぐったい笑い声や、湯気に包まれた温もりの記憶が蘇る。
でも、それが本当に現実だったのか、夢だったのか──判然としない。
ただひとつだけ、胸の奥に残っているのは。
”「あなたは一人じゃない。ずっと、そばにいるわ」”
──そんな声だった。
「……サリス」
名前を呼ぶと、腕の中で彼女が微かに動いた。ゆっくりと瞼を開けると、瑠璃色の瞳がまっすぐレオを捉える。
「……おはよう、レオ」
「……あ、ああ。おはよう」
(うわ、やばい。すげぇ近い……!)
普段は冷静沈着で、どこか大人びた雰囲気のあるレオだったが、こういう時には年相応──いや、年齢よりもずっと“少年らしい”反応を見せるのだった。
顔を赤くしながら、体をずらそうとする。
「お、おれ、何か変なことしてないよな!?」
「……ふふ、安心して。子どもに戻ってたときのあなた、とっても可愛かったわよ」
「か、可愛かったぁ!?!?」
レオの顔が真っ赤になる。
その姿を見て、サリスはくすくすと楽しそうに笑った。
「ねぇ、レオ。覚えていないかもしれないけど──」
言いかけて、サリスはそっと手を彼の頬に添える。
「あなた、こんなふうに甘えてくれたの、初めてだったのよ?」
「……う」
どう返していいかわからず、レオは目を逸らした。心のどこかが、むず痒いようにざわめく。
「おれ……何か変なこと言ってたか?」
「ううん。ただ、ね」
サリスは微笑んだ。
まるで、母のように、姉のように──そして何より、彼の“かけがえのないひと”として。
「“また会える?”って聞かれたの。純粋な目で、まっすぐに」
「……っ!」
レオはふいに、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
あの頃の自分。
たったひとりで世界に抗って、誰の手も、声も届かない場所にいた自分。
それがきっと、昨日の夢に現れたのだと、なぜか自然に思えた。
──もう、二度と会えないかもしれないと思った。
でも、今は違う。もう、独りじゃない。
「……ありがとう、サリス」
ぽつりと呟いたレオの声に、サリスは「ふふ」と微笑んで。
「それじゃ、朝ごはん作りましょうか?今朝は私が作るわ。レオ、何かリクエストある?」
「お、おう…じゃあ、オムレツがいいな」
「ふふっ、りょーかい!」
ふたりは顔を見合わせて、ふわっと笑った。
窓の外には、澄んだハルシオンの青空が広がっていた。
────
コーヒーと、オムレツの優しい朝の香りが、まだ部屋の空気にふんわりと残っていた。
後片づけを終えたレオとサリスは、コーヒーカップを傾けながら、ゆるやかに流れる朝の時間を味わっていた。
そんな穏やかなひとときを、甲高い声がいきなり破る。
「ケケケッ! 昨日ぶりだねぇ、おふたりさ〜ん!」
宿の窓が勢いよく開いたかと思えば、くるりと宙返りして飛び込んできたのは──あのイタズラ好きの妖精・パックだった。
「パック……!」
レオが立ち上がるより早く、サリスが鋭く声を上げた。
「あなたのせいで、昨日レオがどれだけ大変だったか……!」
怒っているというよりは、どこか呆れを含んだ“お姉さん”のような瞳だった。
そんなサリスを見て、パックはけらけらと笑いながら、空中をくるくると回って逃げていく。
「おっとっと〜! 海姫さまは今日もこわいな〜。ごめんごめん、そんなに怒んないでよ〜」
「お前な……」
レオが眉をひそめ、ため息をついた。
「朝起きたら、目の前に彼女がいて……恥ずかしさで死ぬかと思ったぞ……」
「へぇ〜? それにしては、ちょっと顔がにやけてたけどね〜? ねぇ、気に入った?」
「気に入っては……ない……いや、ちょっと……複雑だ……」
珍しく語尾を濁らせるレオに、サリスがくすっと笑った。
「でも、パック──」
そう言って、サリスは一歩前へ出る。
その瑠璃の瞳はまっすぐに妖精を見つめ、美しさと優しさ、そして揺るぎない芯の強さを帯びていた。
「確かにあなたのイタズラには困ったけれど……でも、あの時のレオの姿を見られて、私はよかったと思ってるわ」
「……サリス?」
「あなたの中にある孤独や痛み、それを癒してあげたいって、改めて思ったの。……だから、ありがとう。少しだけ、ね」
パックは空中でぴたりと動きを止め、サリスをじっと見つめた。
ほんの一瞬だけ、くすぐったいような、でも真面目な顔になる。
「へぇ……。やっぱ、姫さまってのはすごいや。“ちゃんと気づいてくれる”んだなぁ……」
その目はどこか遠く、過ぎ去った時代を見つめているようにも思えた。
だが、次の瞬間にはまた、くるりと宙返りしておどけたように帽子を翻す。
「ま、それじゃあ──優しい姫さんと、ちょっぴり照れ屋なレオくんには!」
ぴょんっ、と音を立てて、パックはレオの肩に乗った。にやりと笑う。
「もうひとつ、プレゼントをあげようかね!」
「待て、その“プレゼント”ってのは──!」
身を引いて警戒するレオ。しかし、パックはくすくす笑いながら、ぽんっとレオの胸に小さな光の玉を当てた。
「あわてんぼうな君へ。これは“忘れない”っていう魔法さ。あったかい夢の記憶を、ちゃんと心の奥に残しておけるように、ね」
「……夢、か」
レオは小さく呟いた。
思い出そうとしても、はっきりとはしない。だけど、柔らかな歌声、湯気の立つ食卓、背中に触れた優しい手──それらは、確かに自分のなかにある。
「……あんがとな」
素直なその一言に、パックは嬉しそうにぱちぱちと手を打って飛び跳ねた。
「レオくんが“ありがとう”なんて言うなんて! 今日は記念日だねぇ!」
「うるせぇ……」
照れ隠しにレオがそっぽを向くと、サリスはそっと笑う。
朝の光が彼女の栗色の髪を透かして揺らし、瑠璃色の瞳に淡く優しい光が宿っていた。
「また会おうね、おふたりさ〜ん!」
キラキラと舞う光の粒を散らしながら、妖精パックは空へと飛び去っていった。
その後に残ったのは、やわらかな風と、微かな笑い声。
そしてもうひとつ──
レオの胸に、そっと灯された“魔法の灯火”だけが、静かに、確かに、残っていた。
──Fin
