赤褐色の青年は何のために剣を握るのか
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あの夜から、レオは走り続けていた。
追手の気配は、風の中に、影の中に、ずっとつきまとっていた。
飢え、渇き、寒さ、痛み……すべてが彼の体を削っていく。
どれだけ走っても、どこまで歩いても、心の奥の痛みは癒えなかった。
――ベルトホルトが処刑されたらしい。
その風の噂は、山の中の小さな村で聞いた。
店先で囁かれる声。酒場の片隅で吐かれる憎しみと侮蔑。
「帝国の犬が、反逆者の子を庇って死んだそうだ」
「死にたがりの愚か者さ。信義なんざ、もう時代遅れなんだよ」
レオは拳を強く握り、耳を塞いだ。
体中にこびりついた泥と血。皮膚が裂けた傷口は熱を持ち、思考は霞んでいく。
それでも、歩いた。
生きろ――ベルトホルトの最後の言葉が、砂漠に落とされた小さな水滴のように胸の奥で揺れていた。
歩いて、歩いて、どれほどの月日が経ったのか。
季節はすでに変わりかけていた。
───
—シトロン村
柑橘の香りが風に漂い、小さな花が静かに咲く、のどかで美しい村だった。
レオが辿り着いた時、彼はもう立っているのがやっとだった。
「……たの、む……水……少し、で……いいから……」
崩れるように倒れ込んだ先で、彼を抱きとめたのは、年老いた男の腕だった。
「おい、大丈夫か! しっかりしろ、坊主!」
「ローレンス! こっちに毛布を! 急いで!」
女性の声も聞こえた。
薄れる意識の中、レオは初めて“温かさ”というものに触れた気がした。
ごわごわした毛布の感触。誰かの手が額に乗る。湯気のたつ粥の匂い。
───
やがて、意識を取り戻したのは、古びた木造の家の中。
窓の外では、柑橘の木々が穏やかに揺れていた。
「……ここは……」
「やっと目が覚めたな」
低く、穏やかな声が返ってくる。
男はローレンスと名乗った。元は旅の鍛冶師で、今はこの村で静かに暮らしているという。
その隣にいたのは、アンバーという名の、優しい笑みを浮かべる女性だった。
「あなた、名前は?」
「……レオ」
迷わず、そう名乗った。
それはかつて与えられた名前だった。けれど今は、たった一つ、自分が持つ“居場所”のような気がしていた。
───
レオは傷が癒えるまで、しばらくローレンス夫妻のもとで過ごすことになった。
体が動くようになると、畑仕事や薪割りを手伝った。黙々と働きながら、心の奥の罪と、喪失を抱えていた。
ある日、夕陽が差し込む縁側で、ローレンスがぽつりと言った。
「お前さん、昔は兵士だったな?」
レオの手が止まる。だが、否定はしなかった。
「戦場で人を斬りすぎた手は、どこかに残る。だが、それで誰かを守りたかったのなら、それは剣のせいじゃない」
ローレンスの言葉は、静かに心に染み渡った。
アンバーもそっと微笑みながら、言葉を添えた。
「ここに来る者には、過去を問わないのが私たちのやり方よ」
涙が、こぼれた。
何年ぶりか、わからない。
嗚咽のような呼吸とともに、すべての重荷が肩から零れていくようだった。
───
あの日、何も信じなかった少年は、ようやく人の優しさに触れた。
それは、まだ始まりだった。
だが、彼の心には、確かに小さな灯が灯ったのだった。
