赤褐色の青年は何のために剣を握るのか
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その街に名前はあったが、少年にはなかった。
いや、あったはずなのだ。だが、覚えていない。思い出せない。呼ばれることも、呼んでくれる人もいなかったから。
レオ――そう名乗るようになるその少年は、最初からそんな名前ではなかった。
赤褐色のくせ毛と、濁った琥珀の瞳。汚れた布をまとった小さな体は、いつも空腹と怯えに包まれていた。
「こらぁ!またか、コソ泥め!」
市場の角。食べかけのパンを掴んだ手に、怒鳴り声が飛んできた。
人混みを縫って走る。角を曲がって、古びた桶を飛び越えて、屋根の下に滑り込む。
「……ふぅ……」
少年はようやく息をつき、食べ物にかぶりついた。
冷たくて、固くて、けれど胃に入ると涙が出そうになるほど嬉しかった。
街の名前は忘れていたが、匂いだけは覚えている。
排水溝の腐臭、香辛料の風、遠くの港の潮の香り。
そして、毎晩の孤独な眠りと、誰の目にも映らぬよう過ごす術を、少年は本能的に身につけていた。
誰も信じない。頼らない。
それが生きるための、唯一の術だった。
────
その日は、寒かった。
夜になると雪がちらつき、街の喧騒もどこか遠ざかったように感じた。
少年はいつものように、廃屋の一角に潜り込んで眠ろうとしていた。
だがその晩、運命は小さな足元を逃がさなかった。
「そこだな。隠れても無駄だ」
太く低い声が、背後から響いた。
振り返ると、そこには鉄の鎧を着た男が立っていた。
大柄で、無精髭に覆われた顎。瞳は冷たい鋼のように光っていた。
ベルトホルト――王国兵の一人。だが、その瞳にあるものは、ただの憎悪ではなかった。
少年は無言で立ち上がり、走り出した。
何度でも逃げてきた。殴られても、噛みついてでも、逃げてきた。誰にも捕まらずに、生き延びてきた。
だが――
「がっ……!」
転んだ。
足場が凍っていた。足首をひねり、膝を強く打ちつけた。
その隙に、男の腕が伸びた。がっしりと肩を掴まれる。
「離せっ!!はなせっ!!」
噛みつき、爪を立て、暴れる少年。
だが男は、無言で、そして乱暴にも抱き上げるようにして、背中に担ぎ上げた。
「……このままじゃ、いずれ犬に食われるな。骨だけになって」
ぽつりと呟いたその声に、なぜか――怒鳴り声ではない、静かなものを感じた。
