エメラルドの檻 ─番外編─【オリジナル夢】
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〜 オスカー・カインデルの日記より 〜
本日、空は見事な青。
私のような貴族が散歩などしていると、「どうしたのですか、ご当主」と執事たちに首を傾げられるのだが、まあいい。理由は単純、暇だったのだ。
私はオスカー・カインデル。名門カインデル家の三男である。
学問に通じ、剣の稽古もひと通りこなす。領地の管理も兄に任せて自由気ままに生きてきたが──最近、母上が口うるさい。
「そろそろ身を固めなさい。お見合いを二件ほどご用意しましたよ」などと、やたら鼻息が荒い。
うんざりだ。
「私は愛のある結婚がしたいのだ、母上」と真顔で訴えたが、「それは会ってからでも遅くありません」と軽くあしらわれた。
そんな折、私は出会ってしまったのだ。
運命に──いや、美の化身に。
────
その日、私はいつものように城下町を気ままに散策していた。
通りの花屋、その店先に、ひときわ目を引く光があった。
銀糸のようにきらめく栗色の髪。
瞳は群青の夜空を閉じ込めたような、深く澄んだ瑠璃色。
肌は春の月明かりのように白く、細い指先が、花に触れた瞬間、それすらも恵まれた祝福のように思えた。
言葉を失った。
まるで、絵画の中から抜け出してきた女神だった。
「これは……まさか幻?」
いや、違う。あれは現実の少女だ。私は、はじめて「一目惚れ」というものを知った。
思わず前髪を整え、声をかけようと一歩踏み出した──その瞬間だった。
ぐわっ、と胃のあたりに冷たい風が吹いたような感覚が走った。
鋭い、鋭い視線。
殺気、といっても過言ではない。
ふと横を見ると、赤褐色の髪に琥珀の瞳をもつ精悍な青年が、こちらをじっと見ていた。
その目は完全に獣だ。縄張りに踏み込んだ外敵を見るような目。
(……これは、よくない。)
私の危機管理能力は、それなりに鍛えられている。
花屋の前に立っているだけで命を狙われるなど、貴族人生で初めてだった。
そのとき、女神──いや、少女がふわりと微笑み、獣のような青年に駆け寄った。
「レオ、早かったのね!」
その瞬間、彼女の表情がやわらかくほどけた。
それを見て、獣もまた人間らしい顔に戻った。
「あぁ、待たせてごめん。行こうかサリス」
そして彼は、ちらりとこちらを見てこう言った。
「……あんたもな。せいぜい夜道には気をつけろよ」
ヒュッ、と息が詰まった。
” こ い つ に 手 出 し た ら 殺 す ”
無言の圧力。
獣…いや、まさに火炎竜に睨まれたウサギのように動けなかった。
これが俗に言う、宣戦布告というものか?
違う。もう戦は終わっていたのだ。
───
私は、しばらく花の前でぼんやり立ち尽くしていた。
「ふ……ふふ……まさか、こんな……美しき敗北があるとは……」
まるで恋に敗れた騎士のような気分だった。
そうだ、恋とは戦である。勝者がいて、敗者がいるのだ。
彼女が選んだのは、赤褐色の旅人。鋭い目と、優しい手をもった青年。
彼の背中越しに、少女── サリスという名だったか──が一度だけ、振り返って笑ったように見えた。
ああ、これこそ恋の終わりだ。
───
その夜、私は日記にこう記した。
【本日の記録】
サリス嬢──
出会った瞬間、私の世界に光が差した。
だが同時に、影も生まれた。
愛とは刹那。失恋とは祝福。
彼女が幸せならば、それでよい。
……でも、少しくらい嫉妬してもいいだろう?
オスカー・カインデル
****
私は翌朝、母上に見合いの件を素直に受け入れることにした。
「理想の女性は見つけました。でも、彼女はもう誰かのものなのです」と。
母は涙を流して喜んだ。
……でも本当は、ちょっとだけ、未練がある。
─Fin
