エメラルドの檻③ ─Albion─【オリジナル夢】
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──翌朝。
空は薄曇り。雲の切れ間からは微かに光が差し、冷えた空気の中に、どこか澄んだ気配が漂っていた。
村長ロルフに案内されて、レオとサリスは村のはずれにある祠へと向かっていた。
踏みしめる雪解けの草はしっとりと湿り、足元からかすかな命の香りが立ち上る。
石畳もない小道を、ふたりは静かに歩いていく。
サリスはレオのマントの裾をそっと掴んでいた。
その指先には緊張というよりも、風の中で迷わないようにと、互いの存在を確かめるような優しさがこもっていた。
「……ここですじゃ」
立ち止まったロルフが示したのは、苔むした小さな石の祠だった。
周囲には古木が風除けのように寄り添い、その姿はまるで、この場所を長く守ってきた“静かな番人”のようだった。
ロルフが重い扉を軋ませながらゆっくりと開く。
その奥――柔らかな薄明かりに照らされて、青白い水晶が静かに据えられていた。
「……これは……」
サリスの瞳が、その光に引き寄せられるように見開かれる。
どこか懐かしい光――深海の底で見た、かすかな記憶の残滓。
それは海の娘であった彼女にしか分からない“遠い呼び声”のようでもあった。
「これが、“命の水晶”です」
ロルフは祠の前で手を組み、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「遥か昔、この村で凍傷の少年を救った折、突如としてこの水晶が姿を現しました。それ以来、精霊の加護としてこの祠で守られてきました。……しかし、近頃では……」
彼の手が、水晶の前でそっと止まる。
その声には、どこか哀しみに近い静けさがあった。
「この水晶の光が日に日に弱まっておりましてな。精霊の声が聞こえない、と……子どもたちが口にするようになったのです」
「……まるで、村そのものが何かに閉ざされているみたいに」
サリスの声は、ほんの囁きだった。だがその響きは、水晶の静寂に溶けていくように澄んでいた。
「その通りです。
だからこそ……旅の途中で構いません。どうか、この水晶に再び光を取り戻す手がかりを探してはいただけませんか?」
レオは、水晶のほのかな光を見つめながら、ある記憶を思い出していた。
──かつて、サリスの命が尽きかけた夜。
風の精霊の導きに従い、海底王国アトランティスへと赴き、命の水を手にした旅。
あのときも、精霊の声は確かに存在していた。
「ねぇ、レオ」
サリスが静かに口を開く。彼女の瞳は水晶の奥、目に見えぬ彼方を見ていた。
「水はね……記憶を宿すの。知ってる?」
「記憶を……?」
「ええ。水はただ流れるだけじゃない。
生まれた場所も、触れたものも、すべてを覚えている。
海底には“静謐の泉”と呼ばれる場所があってね……そこに手を触れると、遠い昔の精霊たちの声が、夢みたいに流れ込んでくるのよ」
サリスはしゃがみ込み、水晶の前にそっと指先を差し出す。
その動きはまるで、古の記憶をなぞる祈りのようだった。
「だから、この水晶にもきっと――ここで過ごした命たちの記憶が、詰まっているはず」
彼女の指先が、水晶の表面にそっと触れた、その瞬間。
ぴたりと、空気が震える。
風の音が止み、祠の中がまるで深海のような静寂に包まれた。
レオは何かが変わったことに気づく。
言葉にできない“気配”が、静かに空間を満たしていた。
サリスのまつげが、そっと震える。
「……聴こえる……小さな……囁き……」
彼女の声は、どこか遠くから響くように透明だった。
「“どうして閉ざしたの?”……そんな声が、聞こえるの」
水晶は微かに淡く、しかし確かに光を灯していた。
だがその光は、命が蘇るにはあまりに脆く、まるで“答え”を待っているかのように、静かに、静かに脈動していた。
サリスは、目を伏せたままのロルフに向き直る。
「ロルフさん。この水晶が現れた場所……“そこ”へ行くことはできますか?」
老いた村長はゆっくりと顔を上げ、うねる白髭をなでた。
「はて……確か、記録には“森の聖域”で見つかったと……。ただ、あそこは今では獣すら近づかぬ場所になっておりましてな……」
「なら、行くしかないな」
レオの瞳が静かに燃える。
その瞳に映るのは、水晶の中に封じられた“過去”ではなく――その先にある“願い”だった。
「水晶の記憶が閉ざされたままなら、村の精霊たちもきっと沈黙したままだ。
俺たちで、それを開こう」
サリスが顔を上げ、まっすぐに頷いた。
「……ええ。きっとあの場所に、“何か”が眠っているわ。
精霊の声と、“忘れられた想い”が」
ロルフは深く、感謝の念を込めて頭を下げた。
「ありがとうございます……。森の聖域までの道は険しい。どうか、無理だけはなさらぬように……」
ふたりが祠を後にしようとしたとき。
空からひとひらの雪が舞い落ち、サリスの肩にふわりと降り立った。
それは冷たいはずなのに、不思議と懐かしい匂いがした。
──まるで遠い昔、精霊たちがまだ世界を見守っていた頃の記憶が、そっと触れてきたように。
その一歩は、静かに。けれど確かに、新たな扉を開こうとしていた。
