エメラルドの檻③ ─Albion─【オリジナル夢】
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音楽祭当日。
控え室の鏡台には、小さなランプが灯され、淡い光がサリスの頬を優しく照らしていた。
化粧師の手が滑らかに頬をなぞり、薄紅色のルージュが唇に差されていく。サリスは静かに目を伏せたまま、鏡の中の自分を見つめていた。
肩を出した純白のドレスは、花々の刺繍が施されたもので、まるで街に咲き誇る薔薇の女神のようだった。その髪には、あの日レオから贈られた真珠とアクアマリンのバレッタが、やわらかな栗色の髪をひと房まとめてきらりと光っていた。
バレッタが揺れるたび、まるで海の記憶が優しく囁くように、心の奥がふるえた。
(本当に……私が、歌姫を務めていいのかしら)
サリスの胸の奥には、まだ不安の小さな波が残っていた。
華やかな衣装に身を包んだ自分。見知らぬ街の祭りで、大勢の前に立つということ。
海の王国では、声を発するたびに波が揺れた。
だが今、自分はただのひとりの人間。
それでも、誰かの心に届く歌を歌えるのだろうか。
鏡に映る自分の姿を見つめながら、小さく息を吐いたそのとき――
「よ、準備できたか?」
その声に、サリスが驚いて振り向く。
控え室の扉を開けて入ってきたのは、見慣れない――けれどとても見慣れた人だった。
「レオ……?」
「俺、こんなの着たことないよ」
肩をすくめるようにして、レオは白の礼装を指先でつまんだ。いつもの旅人の装いとは打って変わって、清廉な白のシャツとシルバーの飾りをあしらったベストが眩しいほどだった。
普段は風のように無骨で、泥を踏んで歩いてきた男が、今は光に包まれて立っている。
「……似合ってるわ、レオ」
サリスの口から、自然とその言葉がこぼれた。
レオは少し照れくさそうに目を逸らしながら、ひとつ小さく咳払いをした。
「そうか? なら……よかった」
彼の頬がうっすらと赤く染まる。
そんなレオを見て、サリスの胸の不安が少しだけ和らいだ。
「でも……緊張してるの、わかるのね」
「そりゃ、顔を見ればな」
レオはサリスの側に歩み寄り、彼女の前に立つ。そして、そっと手を差し出した。
「お前の歌は……きっと誰よりも美しい。俺は知ってる」
その声は静かで、けれど確かだった。
「お前が歌うなら、どんな祭りでも、どんな女神でもきっと微笑むよ」
サリスはその言葉に、そっと頷く。
「ありがとう、レオ」
小さな手が、彼の手に重なった。
サリスのバレッタが、ランプの光を受けて再びきらりと輝いた。
まるでその光が、ふたりを見守るように――
その瞬間、控え室の外から軽やかな楽の音が聴こえてきた。
祭りの幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。
(私は歌うわ。レオと出会って、旅して、笑って、泣いた……そのすべての想いを、この声に込めて)
彼女の瞳には、もう迷いはなかった。
そしてレオは、彼女の横でそっと微笑んでいた。
――こうして、運命の舞台へとふたりは歩き出す。
次の幕が、静かに開かれるのを待ちながら。
