エメラルドの檻③ ─Albion─【オリジナル夢】
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その晩、ミュローズの街は祭りの前夜として賑わい、町中のあちこちからリュートや笛の音が響いていた。
空は晴れて、月がくっきりと夜空に浮かんでいる。
レオは仕立て屋の控室の前で、壁にもたれながらぼんやりと夜空を仰いでいた。
祭りの中心――広場の特設舞台からは、リハーサルを終えた楽団の調律の音がかすかに届いてくる。
(……サリス、まだか)
扉の向こうでは、さっきから「もうちょっとよ〜!」「あら!ここの花飾りはもっと左ね!」と、婦人たちの楽しげな声がしている。
レオは、仕立て屋で一度だけ見た衣装の図案を思い出した。
白銀の布に薔薇の刺繍、肩から揺れる透明なヴェール。そして、胸元に一粒の真珠。
“女神に捧げる歌姫”の名にふさわしい、清らかでどこか神秘的な装いだった。
とはいえ、実際にサリスがそれを纏った姿はまだ見ていない。
(……似合わないわけがないが、なぜか……落ち着かない)
なんとなくソワソワと落ち着かない気持ちを抱えていたそのとき──
「お待たせしました〜! さあ、歌姫様のご登場!」
扉が開いた。
そして――
その先に立っていた彼女の姿に、レオは思わず息を呑んだ。
────
サリスは、月明かりに包まれたような純白のドレスに身を包み、ゆっくりと姿を現した。
ドレスの裾には淡いピンクの薔薇が刺繍され、動くたびに小さな光を反射して煌めく。
背中にかかるヴェールは羽のように軽やかで、風にふわりと揺れた。
そして何より、彼女の顔。
頬にはほんのりと緊張の朱が差し、瞳は不安と期待の間で揺れていた。
だが、そのすべてが――ただ、息をのむほど美しかった。
「……レオ?」
あまりにレオが黙っているものだから、サリスが首を傾げた。
レオはようやく言葉を探し、喉の奥から絞り出した。
「……似合いすぎだ。まるで……本物の女神みたいだ」
「そ、そんな……褒めすぎよ……っ」
サリスは慌てて視線を逸らすが、耳まで真っ赤だった。
それを見て、ようやくレオの口元にも微かな笑みが戻った。
「お前は今までいろんな顔を見せてくれたけど……今日のサリスは、格別だ」
「……なによ、それ」
照れくさそうに言いつつも、サリスはレオの言葉を大切に受け止めていた。
「さぁさぁ! 本番は明日のお昼!でも、広場のリハーサルは今夜よ!」
婦人の一人が勢いよく言って、サリスを外へと誘導する。
レオもその後を追いながら、胸の奥に残る余韻を静かに抱えていた。
────
夜の広場には、月の光と灯火が揺れていた。
観客席はまだ空だったが、楽団は舞台で調整を続けている。
舞台の中央に立つサリス。
音楽が静かに始まった。
風の音のように柔らかく、花びらが舞い上がるような前奏――
そして、彼女が歌い出した。
────
「”Soléra venílun, tharae endomé,
Valené mira, aurélien songa.”…」
────
その声は、まるで森の奥の精霊が耳元でささやくようだった。
優しくて、切なくて、でもどこか力強い。
歌の意味は古い神話の言葉で紡がれていて、正確に訳すことはできなかった。
だが、それでもレオはわかった。
その歌が、彼女自身の心の祈りだということを。
もう戻れない海への想い。
新たな土地、新たな仲間との出会い。
そして――今隣にいる、
世界でいちばん大切な、恋人への想い。
(……ああ、また、好きになった)
レオは自分の胸に静かに手を当てる。
心臓が、強く、確かに打っていた。
観客もいないリハーサルの舞台で、たった一人の歌姫が月夜に歌う。
それは誰よりも美しく、尊く、静かな奇跡のような時間だった。
────
歌い終わったサリスが、静かに舞台を降りてきた。
「……どうだった?…変、じゃなかった?」
不安げに問うサリスに、レオは一言だけ答えた。
「……そんなことない、最高だった」
その言葉だけで、サリスの瞳が潤んだ。
二人はそっと手を取り合い、まだ花の香りの残る広場をゆっくりと歩いて帰っていった。
祭りの本番は、明日。
ミュローズの音楽祭で、サリスは再び人々の前で歌うことになる。
だがこの夜。
たった二人きりの観客と歌姫の物語は、確かにこの月の下で刻まれていた。
