エメラルドの檻①【オリジナル夢】
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海底神殿の大広間———
天井の高いドームは青い光に満ち、巨大な水晶が天の星のように煌めいていた。その中心に浮かび上がる、円形の魔法陣。無数の文字が渦を巻き、静かに光を放っている。
海王・オーケアノスが玉座から立ち上がり、重く荘厳な口調で宣言した。
「これより、お前を人間にする儀式を始める。悔いはないな、サリスティア」
サリスは静かに頷き、凛とした声で答えた。
「えぇ、大丈夫よ。お父様」
彼女はちらりと後ろを振り返る。レオの姿を目にして、微笑んだ。
(大丈夫、私はひとりじゃない。レオとずっと一緒に生きる、そう決めたもの)
レオは頷き返し、強く彼女の名を心の中で呼んだ。
――サリス。
(少しも、怖くなんてないわ。)
王が腕を掲げると、空気が震え始めた。海水がまるで呼応するように天井から渦を巻き、大広間の空間そのものが揺らいでいく。
「我が血を引く者よ、いにしえより王家に伝わる秘術をもって、その呪縛を解き放つ。神々の名において……今ここに、人魚の鎖を断ち切らん!」
ドォン……!
床が光に包まれた。魔法陣の中心に立つサリスの足元から、光の帯が彼女を包み込む。
「我が声につづけ、サリスティア!」
王の声が空間を震わせた瞬間、サリスが胸に手を当てる。
ゆっくりと目を閉じ、彼女の唇から旋律が紡がれ始めた。
それはまるで水面を滑る風のような、澄んだ歌声だった。
歌は母なる海への別れを告げる詩(うた)。
生まれ育った場所に背を向け、新たな命を歩むための決意の響き。
レオの胸が熱くなった。
まるで魂に触れるようなその歌は、いつか彼女が森で精霊と交わしていた歌にも似ていた。いや、それ以上に美しく、切なく——そして力強かった。
光がさらに強まり、サリスの身体を淡い青から金色に包み変える。足元に流れる鱗が剥がれ落ち、滑らかな肌へと変わっていく。尾は消え、やがて人間の脚が現れた。
その光景は、美しさと痛みを併せ持った生まれ変わりの儀式。
サリスは歌いながら、微かに涙を流していた。
それは悲しみではなく、感謝と決意の涙だった。
王は最後の詠唱を唱え、儀式の光が収束する。
「……これにて、儀式は完了した」
静寂が広がる。
数秒の後、サリスはふらりと前へ倒れかけた。
「サリス!」
レオが駆け寄り、その身体を抱きとめた。
彼女の呼吸は静かで、安定している。
少し時間が経ち、ゆっくりとまぶたを開けたサリスの瞳は、まぎれもなく人間のものだった。
「…… レオ……」
「…… サリス、お前、……本当に……」
彼は何も言えなくなり、ただ彼女の頬に手を添えた。
サリスは微笑む。
「うん……ちゃんと人間になれたみたい。ね、レオ……これから、あなたと同じ道を歩ける……」
レオは、答える代わりに彼女を抱きしめた。
「……ありがとう。戻ってきてくれて。生きていてくれて……ありがとう」
神殿の中で、静かに潮の音だけが響いていた。
───────
儀式が終わり、神殿内に一時の静寂が訪れていた。
オーケアノス王はその場に静かに立ち尽くし、娘が無事に人間となったことを、そしてこれから彼女が地上の世界へ旅立つという事実を、ただ静かに受け止めていた。
その時だった。
「お父様……!」
サリスが駆け寄り、思わず父の胸に飛び込んだ。
その身体はもう以前のように冷たくなく、確かに地上の温もりを帯びていた。
人間となった娘の抱擁に、オーケアノス王の表情が微かに揺れる。
「……おぉ、サリスティアよ……」
サリスは小さな肩を震わせながら、父の胸の中で嗚咽を漏らした。
「ごめんなさい……勝手なことばかりして……でも……でもね、どうしても、レオと一緒に生きていきたかったの」
オーケアノスは何も言わず、静かにその細い背中に大きな手を添えた。
「お前は…母を亡くしてからずっと、寂しさに耐えて強くあろうとした。わしはそれを、父としてずっと見ていたよ」
彼の声は低く、しかしどこまでも優しかった。
「お前が選んだ道ならば、もはやわしに異を唱えるつもりはない。だがな……」
オーケアノスはゆっくりとサリスを抱きしめたまま、レオの方へと視線を移す。
「よいか、レオよ。娘を傷つけたら容赦はせん。それを、ゆめゆめ忘れるな。そなたがどれほどの勇者であろうとも、海は我が手中にある」
その言葉には威厳と、そして本物の父親の覚悟が込められていた。
レオは一歩進み出て、真っ直ぐに王を見つめる。
「……承知しております、オーケアノス王。命をかけてでも、サリスを幸せにします」
その返答に、オーケアノス王は満足げに頷いた。
「お父様……愛してるわ。ずっとずっと、この先も、永遠に」
オーケアノスは娘の頬に手を添え、大きな指で彼女の涙をそっと拭った。
「わしもだ、サリスティア……。例え遠くの地に行こうとも、心は繋がっておる。辛い時には海に向かい、語りかけるがよい」
父の声には、言葉では尽くせぬほどの愛と誇りが込められていた。
しばしの沈黙ののち、オーケアノス王が右手を掲げると、床が淡く光を放ち始めた。
「さぁ、地上まで送って行こう。お前たちの未来が光に満ちていることを祈っている」
精霊たちが現れ、静かに周囲を舞い始める。潮の流れが逆巻き、光の柱がふたりを包み込んだ。
サリスは最後にもう一度、父の方を振り返った。
オーケアノスもまた、小さく手を振る。
「行け。新たなる世界へ——我が娘よ」
そして次の瞬間、光とともにサリスとレオの姿は神殿から消えた。
海の底には、静かな余韻だけが残された。
王は独り、静かに玉座へ戻り、そっと目を閉じた。
「……よき旅を……」
その言葉は、父から娘への最後の祈りだった。
