ZINE[試し読み]
「俺にすれば」
約九十デシベル。これは、工事現場や、頭に血がのぼった人間が放つ怒鳴り声と同等。つまるところ、騒音である。
煙草の煙の所為だろうか、視界がはっきりしない。やや薄曇りのパチンコ店。それは、こちらを見向きをせず隣の席に浅く腰掛けた彼から、唐突に告げられたものだった。
「ごめん、訊こえなかったわ、なんて?」
「馬鹿、嘘こけ、訊こえてただろ」
ようやくこちらに視線を配べたと思えば、大口を開けた振動で、メビウスの燃えた先から、ころり、灰色が溢れてゆく。落ちた灰は彼の腿、ジーンズの上に乗った。
「熱ぃっ」
「いい加減、加熱式の煙草にしなさいよ」
「煩え、吸った気がしねえんだよ、バカバカ吸っちまって、コスパ悪い」
パチンコ店に足を運んでいる時点でコスパもなにもないと思うが。きっとそれを口にすれば、また「煩え」と返される事だ。私は喉奥から出かけた声を食道へ送り込み、台と向き合っては、ハンドルを回す。
昨日まで特に何の前触れもなく、いつも通り夜を共にした恋人に振られた。それは朝、ベッドで寝返りを打った際、瞳が合わさった時である。なにも互い、生まれたままの姿で告げなくとも、タイミングなら他にあったろうに。
一応別れの理由を訊いてはみたものの、それがとことん私利私欲の塊みたいな物だったので「別れたくない」なんて言葉は出るに及ばなかった。そうして耳が腐らないうちにと着替えを済ませては、“元”恋人の部屋をあとにして。今、この煙臭い彼の隣で、当たりの出ない台を回している。全く、こんな事なら簡単に大当たりを生む甘デジにすればよかった。———いつもそうだ、何故かこう、上手くいかない。
例えばだ。楽しみに足を運んだカフェが臨時休業だったり、一目惚れをしてネットで購入したピアスは不良品だったり、恋人に振られたり。思い返せば無意識、空気の悪い店内で深呼吸にも似た大きな溜息が漏れる。
「ねえ。もうやだ」
「飯でも行くか」
「ん」
返金ボタンを押すと、サンドに投入した残高が残って居た為、ICカードが出てきた。荷物をまとめカードを引っ張り、近くの精算機へ向かう。店内の騒音は、未だ工事現場の如く鳴り響き、脳内を圧縮。それでも、変に心地が良いのは。隣に煙臭い彼がいうからかも知れない。———いつもそうだ、何故が私の傍に居る。臨時休業のカフェの代わりに、脂っこいラーメン屋へ連れてくれたり、注文したピアスが不良品だった時は、イヤリングを預けてくれた。今朝、恋人に振られた時も、こうして傍に。傍に居てくれる。———おかしい。
「ねえ」
「ああ?」
「電子タバコにしてよ」
「嫌だよ、なんでだよ」
深呼吸をしたのに、どうしてこんなに息苦しいのだろう。
「息苦しいのよ、煙が。これじゃずっと隣になんて居れやしないわ」
「……わーった。飯の前にショップ行く」
「ん」
「なあ、そのあとは」
「え?」
「この前、臨時休業してたカフェ、予約取っといたけど、行く?」
「…………行く」
精算機から少しばかりの金銭を受け取る。彼は、ジーンズの後ろポケットからメビウスを取り出して、騒音鳴る店内のゴミ箱にそれを捨てた。まだ開けたばかりで、残り十七本はあったのに。

約九十デシベル。これは、工事現場や、頭に血がのぼった人間が放つ怒鳴り声と同等。つまるところ、騒音である。
煙草の煙の所為だろうか、視界がはっきりしない。やや薄曇りのパチンコ店。それは、こちらを見向きをせず隣の席に浅く腰掛けた彼から、唐突に告げられたものだった。
「ごめん、訊こえなかったわ、なんて?」
「馬鹿、嘘こけ、訊こえてただろ」
ようやくこちらに視線を配べたと思えば、大口を開けた振動で、メビウスの燃えた先から、ころり、灰色が溢れてゆく。落ちた灰は彼の腿、ジーンズの上に乗った。
「熱ぃっ」
「いい加減、加熱式の煙草にしなさいよ」
「煩え、吸った気がしねえんだよ、バカバカ吸っちまって、コスパ悪い」
パチンコ店に足を運んでいる時点でコスパもなにもないと思うが。きっとそれを口にすれば、また「煩え」と返される事だ。私は喉奥から出かけた声を食道へ送り込み、台と向き合っては、ハンドルを回す。
昨日まで特に何の前触れもなく、いつも通り夜を共にした恋人に振られた。それは朝、ベッドで寝返りを打った際、瞳が合わさった時である。なにも互い、生まれたままの姿で告げなくとも、タイミングなら他にあったろうに。
一応別れの理由を訊いてはみたものの、それがとことん私利私欲の塊みたいな物だったので「別れたくない」なんて言葉は出るに及ばなかった。そうして耳が腐らないうちにと着替えを済ませては、“元”恋人の部屋をあとにして。今、この煙臭い彼の隣で、当たりの出ない台を回している。全く、こんな事なら簡単に大当たりを生む甘デジにすればよかった。———いつもそうだ、何故かこう、上手くいかない。
例えばだ。楽しみに足を運んだカフェが臨時休業だったり、一目惚れをしてネットで購入したピアスは不良品だったり、恋人に振られたり。思い返せば無意識、空気の悪い店内で深呼吸にも似た大きな溜息が漏れる。
「ねえ。もうやだ」
「飯でも行くか」
「ん」
返金ボタンを押すと、サンドに投入した残高が残って居た為、ICカードが出てきた。荷物をまとめカードを引っ張り、近くの精算機へ向かう。店内の騒音は、未だ工事現場の如く鳴り響き、脳内を圧縮。それでも、変に心地が良いのは。隣に煙臭い彼がいうからかも知れない。———いつもそうだ、何故が私の傍に居る。臨時休業のカフェの代わりに、脂っこいラーメン屋へ連れてくれたり、注文したピアスが不良品だった時は、イヤリングを預けてくれた。今朝、恋人に振られた時も、こうして傍に。傍に居てくれる。———おかしい。
「ねえ」
「ああ?」
「電子タバコにしてよ」
「嫌だよ、なんでだよ」
深呼吸をしたのに、どうしてこんなに息苦しいのだろう。
「息苦しいのよ、煙が。これじゃずっと隣になんて居れやしないわ」
「……わーった。飯の前にショップ行く」
「ん」
「なあ、そのあとは」
「え?」
「この前、臨時休業してたカフェ、予約取っといたけど、行く?」
「…………行く」
精算機から少しばかりの金銭を受け取る。彼は、ジーンズの後ろポケットからメビウスを取り出して、騒音鳴る店内のゴミ箱にそれを捨てた。まだ開けたばかりで、残り十七本はあったのに。
