ZINE[試し読み]
【タイトル】
線香花火が訊こえない
【あらすじ】
楽しみにしていた花火大会が雨天中止に。落ち込む彼女を目にした彼は、雨の中、外へと飛び出して。
______________
何度目の溜息だろう。それは彼が部屋を飛び出してから既、片手では収まり切らなくなって居た。―――真夜の上に、花が咲く予定だったのだ。赤、青、黄色、色とりどりの奇麗な光の花。浮かんで消える最中、艶やかなそれに、思わず言葉さえ失ってしまう程。
陽も長くなった夏。夕刻を過ぎても明るな空は幾分、時間の感覚を鈍らせる。体内時計も狂い易ければ、熔けてしまいそうな酷暑日続きで体調管理へも気を遣う。ようやく身体を休ませようと床に着くも、夜は時に寝苦しいし。早朝からご機嫌な蝉の鳴き声は、茹だる夏の暑さをさらに助長させてゆく。そんな日々の繰り返し。
「行きたかったな」
そんな日々の繰り返しだが、ひとつ、愉しみがあったのだ。夜に浮かぶ光の花である。規模はそれほど大きくはないが、街の催しで花火大会が予定され居た。打ち上げは二十時丁度から、出店もあると ポストに投函されたチラシで知った。酷暑の所為 、近頃は互いの休日が重なっても特段出掛ける事はせず。冷房を効かせた涼しい部屋で、熱の籠もった身体を冷やしていたのだが。よくよく考えれば、なにも出掛けるのは日中と言う決まりは無くて。暑いに変わりはないにしろ、日射しが無い分、夜の方が外だって歩き易い。何故、こんな簡単な事に気が付かなかったのか、暑さで頭が回らなくなっている証拠だと、小さく苦笑したものだ。
「花火大会、」
そうして、互いの休みが重なったこの日。たまたま例の花火大会とも予定が合わさったのである。拭っても拭っても、沸いた汗が邪魔だと言うのに、きつく。きつく、手を繋ぎ。彼と歩幅を合わせ、久しぶりのデートをするのだ。花火大会へ一緒にいくなんて、何年ぶりだろうか。着いたら何を食べよう、席はどの辺りにしよう。まるで初デートの如く、そう、浮足立っていたのがつい数時間前。
「延期、ね」
夕刻になった時、朝から怪し気だった分厚い雲からとうとう雫が落ちて来て。このくらいなら問題ないとも思った矢先。ぽつり、ぽつりと頼りなく窓を叩いてそれが、段々に大粒になるのだから、前述の希望は奇麗に消え去った。
真夜に咲く光の花は、今夜、その姿を魅せる事はないらしい。折角愉しみにしていた花火大会。延期との事だが、振替日は彼も私も予定がある。となれば、延期も中止も何ら変わりないではないか。部屋の窓より雨の降る様を視ては、何度目かの溜息をついた所で、―――彼が家を飛び出したのだった。
「何処行っちゃったのかしら、こんな土砂降りに」
隣で溜息を訊くのが厭になってしまったのだろうか。彼が手にして行ったのは、いつかの誕生日に私がプレゼントした革財布のみ。行き先を告げず、携帯も置いて出たのだから、連絡手段は無い。どうした事か。そうして、次の大きな溜息が喉奥へ控えた時である。玄関先から、ドアが開く音と同時、ビニール袋が重なる音が響くのだった。
「悪い、タオルだ、タオル持って来てくれ」
「あなた、」
慌て腰を上げ、彼の声がする玄関まで駆け寄ると。そこには両手にコンビニのビニールを下げ、体躯の良い身体をずぶ濡れにした恋人の姿が在った。
「やだ、ずぶ濡れじゃない」
「だからタオル持って来てくれって」
「傘は」
「途中、風で骨折れちまった」
「ほれ」と眼の前で視せられたそれは、見事、傘本来の機能をまるで失っていた。ふい、折れた傘は何ゴミだっけ、と頭に巡るも 今はそれどころではない。上から下まで水浴びをしたよう濡れ具合なのだ。夏風邪なんて特に長引いて仕方がない。
「シャワー浴びて来たら。タオルじゃなくって」
「………お前、天才だな」
「大袈裟なんだから」
「それじゃあその間、水張ったバケツ用意しといてくれ」
首を傾いていると、後、雫滴るその太い指先からコンビニのビニール袋を預けられるのだ。中を覗くと、思わず苦笑が漏れる。確かに、水の張ったバケツが必要だ。
(サンプル品のため、ここまでとなります)

線香花火が訊こえない
【あらすじ】
楽しみにしていた花火大会が雨天中止に。落ち込む彼女を目にした彼は、雨の中、外へと飛び出して。
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何度目の溜息だろう。それは彼が部屋を飛び出してから既、片手では収まり切らなくなって居た。―――真夜の上に、花が咲く予定だったのだ。赤、青、黄色、色とりどりの奇麗な光の花。浮かんで消える最中、艶やかなそれに、思わず言葉さえ失ってしまう程。
陽も長くなった夏。夕刻を過ぎても明るな空は幾分、時間の感覚を鈍らせる。体内時計も狂い易ければ、熔けてしまいそうな酷暑日続きで体調管理へも気を遣う。ようやく身体を休ませようと床に着くも、夜は時に寝苦しいし。早朝からご機嫌な蝉の鳴き声は、茹だる夏の暑さをさらに助長させてゆく。そんな日々の繰り返し。
「行きたかったな」
そんな日々の繰り返しだが、ひとつ、愉しみがあったのだ。夜に浮かぶ光の花である。規模はそれほど大きくはないが、街の催しで花火大会が予定され居た。打ち上げは二十時丁度から、出店もあると ポストに投函されたチラシで知った。酷暑の
「花火大会、」
そうして、互いの休みが重なったこの日。たまたま例の花火大会とも予定が合わさったのである。拭っても拭っても、沸いた汗が邪魔だと言うのに、きつく。きつく、手を繋ぎ。彼と歩幅を合わせ、久しぶりのデートをするのだ。花火大会へ一緒にいくなんて、何年ぶりだろうか。着いたら何を食べよう、席はどの辺りにしよう。まるで初デートの如く、そう、浮足立っていたのがつい数時間前。
「延期、ね」
夕刻になった時、朝から怪し気だった分厚い雲からとうとう雫が落ちて来て。このくらいなら問題ないとも思った矢先。ぽつり、ぽつりと頼りなく窓を叩いてそれが、段々に大粒になるのだから、前述の希望は奇麗に消え去った。
真夜に咲く光の花は、今夜、その姿を魅せる事はないらしい。折角愉しみにしていた花火大会。延期との事だが、振替日は彼も私も予定がある。となれば、延期も中止も何ら変わりないではないか。部屋の窓より雨の降る様を視ては、何度目かの溜息をついた所で、―――彼が家を飛び出したのだった。
「何処行っちゃったのかしら、こんな土砂降りに」
隣で溜息を訊くのが厭になってしまったのだろうか。彼が手にして行ったのは、いつかの誕生日に私がプレゼントした革財布のみ。行き先を告げず、携帯も置いて出たのだから、連絡手段は無い。どうした事か。そうして、次の大きな溜息が喉奥へ控えた時である。玄関先から、ドアが開く音と同時、ビニール袋が重なる音が響くのだった。
「悪い、タオルだ、タオル持って来てくれ」
「あなた、」
慌て腰を上げ、彼の声がする玄関まで駆け寄ると。そこには両手にコンビニのビニールを下げ、体躯の良い身体をずぶ濡れにした恋人の姿が在った。
「やだ、ずぶ濡れじゃない」
「だからタオル持って来てくれって」
「傘は」
「途中、風で骨折れちまった」
「ほれ」と眼の前で視せられたそれは、見事、傘本来の機能をまるで失っていた。ふい、折れた傘は何ゴミだっけ、と頭に巡るも 今はそれどころではない。上から下まで水浴びをしたよう濡れ具合なのだ。夏風邪なんて特に長引いて仕方がない。
「シャワー浴びて来たら。タオルじゃなくって」
「………お前、天才だな」
「大袈裟なんだから」
「それじゃあその間、水張ったバケツ用意しといてくれ」
首を傾いていると、後、雫滴るその太い指先からコンビニのビニール袋を預けられるのだ。中を覗くと、思わず苦笑が漏れる。確かに、水の張ったバケツが必要だ。
(サンプル品のため、ここまでとなります)

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