マンドスのティータイム
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午後。時間の概念というものが中つ国と異なるアマンの地────そしてマンドスの館にも、ティータイムの時間がやって来た。ビルボ・バキンズは離れ山へ旅した50歳のときの姿で、せっせと茶菓子の用意に励んでいる。隣ではオインが一緒にハーブティーを淹れていた。
「あら、ティータイムなんて粋なことしてくれるの?」
「粋って……あなた、エルフですよね?」
今までみてきたエルフと、この人────エルミラエルは全く違っていた。そしてビルボはいつも、この人の娘ならネルファンディアのような性格になるのもわかると納得させられている。エルミラエルは悪戯っ子のように笑いながら、ビルボが丁寧に積んだスコーンの山から、一個だけ取ってさっと口に頬張った。彼が文句を言おうとして口をぱくぱくさせている間に、スコーンはあっという間に食べられてしまった。エルミラエルは微笑みながら言った。
「ええ。偏屈の妻のね」
「誰が偏屈じゃ」
その言葉に、どこから湧いてきたのかサルマンが現れた。両手にはいかにも難解そうな書物が携えられている。
「サルマン!その本はどこで?」
「アマンの地には多くの書物がある。一度読んでみたかったんじゃよ」
「それ以上賢くなってどうするのよ、クルニーアったら」
「やかましい。知識というのは多い方がいいんじゃ」
マンドスの館へ来て、ビルボが最初に仲良くなったのがこの夫婦だった。特にサルマンとはかなり親しい。
「で、執筆の方は進んでいるんですか?」
「ああ、まぁな。一日中執筆して、少々腕が痛い」
サルマンは腕をさすりながら苦笑いした。中つ国でイルーヴァタールの恩寵に背いた彼には、マンドスの館に入る条件を満たす必要があった。それが中つ国とアマンで起きた出来事の執筆だった。膨大な量がある作業は、当分終わりそうにもない。エルミラエルはサルマンの肩を揉みながら、ビルボに尋ねた。
「ねぇ、ビルボさん。うちの娘はどこに行っちゃったのかしら?」
「あの方とご一緒でしょう」
答えたのは、つい最近やって来たドワーリンだ。彼がスコーンに手を伸ばそうとするのをガードしながら、ビルボは笑顔で付け足した。
「たぶんもうすぐ来ると思います。お二人とも、遅れるのは嫌いですから」
「どうだか。またどこかをほっつき歩いて、二人だけの世界になっておるに違いないわ」
「あら、そうかしら。二人だけの世界にのめり込む癖があるのは私たちもじゃない?」
エルミラエルの言葉にサルマンが黙る。よくみると、耳まで真っ赤だ。その様子を見て、オインのためにハーブを摘んできたバーリンが笑っている。
「わっ、笑うでない!」
「いえいえ。今日も楽しそうで何よりです」
むきになるサルマンに対して、マンドスの景色を描いていたオーリがスケッチブックから顔をあげてこう言った。
「サルマンさん。サルマンさんはエルミラエル様が大好きなんですから、あまり虐めて差し上げないでください」
「なっ────」
「あら!そうだったの?それは気づかなかったわ。ごめんなさいね、クルニーア」
わざとらしく驚くエルミラエルにため息をつき、サルマンはやれやれと首を横に振った。
マンドスで静かに過ごすつもりが、ここまで騒がしいとは……
彼は眉をひそめて書物に視線を落とした。ようやく静かになったと思っていると、今度は一際元気のよい声が響いてきた。
「ずるいぞ!俺にも食べさせろ!」
「お前の分はないさ。ほしいなら自分で採ってきな」
サルマンが顔をあげると、そこには予想通りにキーリとフィーリがいた。若いドワーフの二人はいつも元気一杯だ。そして騒々しさの原因の一つでもある。
「ビルボ!美味そうな果物採ってきたんだ。食べようぜ」
「本当だ!美味しそうだね。……食べかけのは要らないよ」
半分ほど齧られている分はキーリに返し、ビルボはフルーツナイフで丁寧に残りを切り分け始めた。
「……それにしても、遅いわね。二人とも何やってるのかしら」
「二人なら、さっき見かけましたよ!」
「どこで?」
「いつもの所です」
フィーリの返事に、エルミラエルは小さく微笑んだ。そして、噂の二人がついに現れた。
「そんなに花ばかり探してどうする気だ」
「花冠にしたり、魔法で館の飾り付けにするの」
「なるほど」
ネルファンディアは、花をいっぱい詰めた篭を持ちながらトーリンと手を繋いで歩いていた。トーリンの髪には恐らくネルファンディアが選んだであろう、見たこともない水色の美しい花が差されている。
「そなたはいつも楽しそうだな」
「ええ!だってあなたが居るから」
「そうか。……私も楽しい」
仲睦まじい雰囲気で登場した二人に、ティーポットを持って仁王立ちするビルボが苦言を呈した。
「二人とも。お茶は四時って言ったよね?」
「ビルボ。ネルファンディアはここの時差に慣れていないのだ。許してやってくれ」
「じゃあ、トーリン。ここにもう60年以上も居るあなたが遅刻するのはどうなんです?」
「それは……」
反論しようと必死に考えるトーリンに対して、キーリが横から茶々を入れた。
「叔父上はまた道に迷ったんだよ」
「たぶん二度ね」
ネルファンディアの付け足しにトーリンが吹き出す。サルマンは我慢ならんと言いたげに、本を閉じて立ち上がった。
「全く……どうせ時間を忘れておったんじゃろう。だからわしは言ったはずじゃ。交際は認めるが節度を持っ────」
「さ、お茶が冷めちゃうわ。ビルボ、私が花瓶にお花を飾るから用意を宜しく」
「了解」
父が言い終わるのを待たずして、ネルファンディアはいつもの事と言わんばかりにさらりと小言を流し、手伝いにとりかかった。ビルボもすっかり慣れているため、巻き込まれるより前に準備に戻っている。その横では何食わぬ顔のトーリンと、それを睨み付けるサルマンの視線が火花を散らしている。
「……相変わらずですな」
「ええ、全く。クルニーアは頑固だから」
バーリンとエルミラエルは、少し離れたところでその光景を眺めていた。彼らにとって、ネルファンディアを巡るトーリンとサルマンの密かな対立は、いつも通りの成り行きだった。二人の言葉に、ぴくりと眉毛を動かしてサルマンが声をあげた。
「何か?」
「いえ、何も」
バーリンが肩をすくめて去っていく。エルミラエルは拗ねている夫も愛しくて、思わずその背中から抱きついた。
「さ、クルニーア。そろそろお茶の時間よ」
「エルミラエル!そなたは一体どちらの味方だ」
「どちらでも」
妻の曖昧な返事に業を煮やしたサルマンが一言物申そうとしたときだった。突然、その場に新たな人物が現れた。
「我が子らよ!元気であったか?」
2メートル近い背丈を持つその人物は、ドワーフの見た目に近い男だった。おおらかな性格が伺い知れる笑顔は、空に昇る真夏の太陽よりも眩しい。彼の姿を見て、ネルファンディアが叫んだ。
「────アウレ様!」
「ネルファンディア!それにトーリン!その後は円満かな?」
「ええ、もちろんです」
「マハル様、恐縮です」
アウレ、あるいはドワーフ語でマハルと呼ばれた男は、サルマンもよく知る人物だ。それもそうである。アウレはヴァラールのうちの一人であり、サルマンの上司なのだから。
アウレは穏やかに微笑みながら、上からトーリンの頭を撫でた。創造物であるドワーフの中で、ネルファンディアが選んだトーリンはヴァラールたちにとっても特別な存在だった。
「トーリン!相変わらず無愛想だな」
「いえ、元からこの顔です」
「そうか!まぁ、良い。クルモと奥方様も、お変わりなく過ごしているかな?」
奥方様と呼ばれて嬉しそうなエルミラエルに対し、クルモ────サルマンは複雑そうな面持ちだ。そんな彼に、アウレは優しく声をかけた。
「クルモ。そなたのしたことは、きちんと償っておるのだ。エル様も分かっておられるはず」
「しかし……」
「その書物を楽しみに待っておられるのは、他でもないエル様とアイヌア達なのだ。私も完成が待ち遠しい」
「アウレ様……」
「クルモ。お帰り」
サルマンは、顔をあげてうっすら微笑んだ。そんなしみじみとした空気のなかで、突然エルミラエルが拍子抜けた声を上げた。
「うふっ!」
「何じゃ、エルミラエル。流石に夫のわしでも、その声は気色が悪いぞ」
サルマンの失礼すぎる言葉に、エルミラエルが口をへの字に曲げる。ビルボを含め、これほどに表情豊かなエルフを見るのが初めてだったドワーフたちは、最初の頃は彼女の性格に当惑していた。だが、最近になってきてようやく慣れてきたらしい。
「だって!奥方様って呼ばれるの、楽しみだったのよ」
「いくらでも呼んで差し上げますよ、アイゼンガルドの奥方様」
「あら!ありがとう、バーリン」
にこやかな面持ちのバーリンの背中に、サルマンの尖った視線が刺さる。それを見たアウレは、我が子のように思える部下の背中を強く叩いた。
「うぐっ……!!」
「羨ましいなら、そなたも素直さを心掛けよ」
アウレの苦言に続き、ビルボもケーキを切り分けながら会話に加わった。
「サルマンの悪い癖だ。素直じゃないんだから、全く……」
「こ、これ!ビルボ・バキンズ!今の言葉は取り消せ!今すぐ!わしは断じて素直でないとは──」
焦るサルマンに対し、ずっと下を向いて座っていたトーリンが呟いた。
「では、天の邪鬼か」
「トーリン・オーケンシールド。調子づくでない」
「ご存じなかったの?トーリンさん。うちの人は天の邪鬼よ」
「エルミラエル!!」
サルマンはついに立ち上がると、エルミラエルの方につかつかと歩み寄り始めた。流石に驚いた彼女は、慌てて娘の背中に隠れた。
「ちょっと!お母様!?」
「クルニーア、落ち着いて。クルニーア、クルニーア!!」
「今日こそは覚悟しておれ。一度その口を閉じてやらねばならんな」
「あらやだ、勘弁してちょうだい。ちょっと!ネルファンディア!何とか言ってやって!」
母親の顔を見て、ネルファンディアは吹き出しそうになった。父に母がちょっかいをかけ、その度に軽い追いかけ合いが始まる。それが幼い時の風景そのままだったからだ。だから敢えて母には何も言わず、ネルファンディアはトーリンに微笑みかけた。
「さて、お茶がそろそろ出来上がった頃かしら。ね、トーリン」
「ああ。楽しそうなお二方を邪魔しては無粋というものだ」
「では、頂きましょうか」
「クルニーア!私の分のケーキが無くなっていたら、あなたのせいだからね!覚悟しておきなさい!」
「覚悟するのはそっちの方じゃ!」
楽しそうなエルミラエルとサルマン夫婦のやり取りに耳を傾けながら、トーリンとネルファンディアは肩をすくめて笑うのだった。
こうしていつも通りに、マンドスの館でのティータイムが始まった。お茶はいつも午後四時。
ノックの要らない青空の下で、今日もビルボたちは仲間を待っている。
「あら、ティータイムなんて粋なことしてくれるの?」
「粋って……あなた、エルフですよね?」
今までみてきたエルフと、この人────エルミラエルは全く違っていた。そしてビルボはいつも、この人の娘ならネルファンディアのような性格になるのもわかると納得させられている。エルミラエルは悪戯っ子のように笑いながら、ビルボが丁寧に積んだスコーンの山から、一個だけ取ってさっと口に頬張った。彼が文句を言おうとして口をぱくぱくさせている間に、スコーンはあっという間に食べられてしまった。エルミラエルは微笑みながら言った。
「ええ。偏屈の妻のね」
「誰が偏屈じゃ」
その言葉に、どこから湧いてきたのかサルマンが現れた。両手にはいかにも難解そうな書物が携えられている。
「サルマン!その本はどこで?」
「アマンの地には多くの書物がある。一度読んでみたかったんじゃよ」
「それ以上賢くなってどうするのよ、クルニーアったら」
「やかましい。知識というのは多い方がいいんじゃ」
マンドスの館へ来て、ビルボが最初に仲良くなったのがこの夫婦だった。特にサルマンとはかなり親しい。
「で、執筆の方は進んでいるんですか?」
「ああ、まぁな。一日中執筆して、少々腕が痛い」
サルマンは腕をさすりながら苦笑いした。中つ国でイルーヴァタールの恩寵に背いた彼には、マンドスの館に入る条件を満たす必要があった。それが中つ国とアマンで起きた出来事の執筆だった。膨大な量がある作業は、当分終わりそうにもない。エルミラエルはサルマンの肩を揉みながら、ビルボに尋ねた。
「ねぇ、ビルボさん。うちの娘はどこに行っちゃったのかしら?」
「あの方とご一緒でしょう」
答えたのは、つい最近やって来たドワーリンだ。彼がスコーンに手を伸ばそうとするのをガードしながら、ビルボは笑顔で付け足した。
「たぶんもうすぐ来ると思います。お二人とも、遅れるのは嫌いですから」
「どうだか。またどこかをほっつき歩いて、二人だけの世界になっておるに違いないわ」
「あら、そうかしら。二人だけの世界にのめり込む癖があるのは私たちもじゃない?」
エルミラエルの言葉にサルマンが黙る。よくみると、耳まで真っ赤だ。その様子を見て、オインのためにハーブを摘んできたバーリンが笑っている。
「わっ、笑うでない!」
「いえいえ。今日も楽しそうで何よりです」
むきになるサルマンに対して、マンドスの景色を描いていたオーリがスケッチブックから顔をあげてこう言った。
「サルマンさん。サルマンさんはエルミラエル様が大好きなんですから、あまり虐めて差し上げないでください」
「なっ────」
「あら!そうだったの?それは気づかなかったわ。ごめんなさいね、クルニーア」
わざとらしく驚くエルミラエルにため息をつき、サルマンはやれやれと首を横に振った。
マンドスで静かに過ごすつもりが、ここまで騒がしいとは……
彼は眉をひそめて書物に視線を落とした。ようやく静かになったと思っていると、今度は一際元気のよい声が響いてきた。
「ずるいぞ!俺にも食べさせろ!」
「お前の分はないさ。ほしいなら自分で採ってきな」
サルマンが顔をあげると、そこには予想通りにキーリとフィーリがいた。若いドワーフの二人はいつも元気一杯だ。そして騒々しさの原因の一つでもある。
「ビルボ!美味そうな果物採ってきたんだ。食べようぜ」
「本当だ!美味しそうだね。……食べかけのは要らないよ」
半分ほど齧られている分はキーリに返し、ビルボはフルーツナイフで丁寧に残りを切り分け始めた。
「……それにしても、遅いわね。二人とも何やってるのかしら」
「二人なら、さっき見かけましたよ!」
「どこで?」
「いつもの所です」
フィーリの返事に、エルミラエルは小さく微笑んだ。そして、噂の二人がついに現れた。
「そんなに花ばかり探してどうする気だ」
「花冠にしたり、魔法で館の飾り付けにするの」
「なるほど」
ネルファンディアは、花をいっぱい詰めた篭を持ちながらトーリンと手を繋いで歩いていた。トーリンの髪には恐らくネルファンディアが選んだであろう、見たこともない水色の美しい花が差されている。
「そなたはいつも楽しそうだな」
「ええ!だってあなたが居るから」
「そうか。……私も楽しい」
仲睦まじい雰囲気で登場した二人に、ティーポットを持って仁王立ちするビルボが苦言を呈した。
「二人とも。お茶は四時って言ったよね?」
「ビルボ。ネルファンディアはここの時差に慣れていないのだ。許してやってくれ」
「じゃあ、トーリン。ここにもう60年以上も居るあなたが遅刻するのはどうなんです?」
「それは……」
反論しようと必死に考えるトーリンに対して、キーリが横から茶々を入れた。
「叔父上はまた道に迷ったんだよ」
「たぶん二度ね」
ネルファンディアの付け足しにトーリンが吹き出す。サルマンは我慢ならんと言いたげに、本を閉じて立ち上がった。
「全く……どうせ時間を忘れておったんじゃろう。だからわしは言ったはずじゃ。交際は認めるが節度を持っ────」
「さ、お茶が冷めちゃうわ。ビルボ、私が花瓶にお花を飾るから用意を宜しく」
「了解」
父が言い終わるのを待たずして、ネルファンディアはいつもの事と言わんばかりにさらりと小言を流し、手伝いにとりかかった。ビルボもすっかり慣れているため、巻き込まれるより前に準備に戻っている。その横では何食わぬ顔のトーリンと、それを睨み付けるサルマンの視線が火花を散らしている。
「……相変わらずですな」
「ええ、全く。クルニーアは頑固だから」
バーリンとエルミラエルは、少し離れたところでその光景を眺めていた。彼らにとって、ネルファンディアを巡るトーリンとサルマンの密かな対立は、いつも通りの成り行きだった。二人の言葉に、ぴくりと眉毛を動かしてサルマンが声をあげた。
「何か?」
「いえ、何も」
バーリンが肩をすくめて去っていく。エルミラエルは拗ねている夫も愛しくて、思わずその背中から抱きついた。
「さ、クルニーア。そろそろお茶の時間よ」
「エルミラエル!そなたは一体どちらの味方だ」
「どちらでも」
妻の曖昧な返事に業を煮やしたサルマンが一言物申そうとしたときだった。突然、その場に新たな人物が現れた。
「我が子らよ!元気であったか?」
2メートル近い背丈を持つその人物は、ドワーフの見た目に近い男だった。おおらかな性格が伺い知れる笑顔は、空に昇る真夏の太陽よりも眩しい。彼の姿を見て、ネルファンディアが叫んだ。
「────アウレ様!」
「ネルファンディア!それにトーリン!その後は円満かな?」
「ええ、もちろんです」
「マハル様、恐縮です」
アウレ、あるいはドワーフ語でマハルと呼ばれた男は、サルマンもよく知る人物だ。それもそうである。アウレはヴァラールのうちの一人であり、サルマンの上司なのだから。
アウレは穏やかに微笑みながら、上からトーリンの頭を撫でた。創造物であるドワーフの中で、ネルファンディアが選んだトーリンはヴァラールたちにとっても特別な存在だった。
「トーリン!相変わらず無愛想だな」
「いえ、元からこの顔です」
「そうか!まぁ、良い。クルモと奥方様も、お変わりなく過ごしているかな?」
奥方様と呼ばれて嬉しそうなエルミラエルに対し、クルモ────サルマンは複雑そうな面持ちだ。そんな彼に、アウレは優しく声をかけた。
「クルモ。そなたのしたことは、きちんと償っておるのだ。エル様も分かっておられるはず」
「しかし……」
「その書物を楽しみに待っておられるのは、他でもないエル様とアイヌア達なのだ。私も完成が待ち遠しい」
「アウレ様……」
「クルモ。お帰り」
サルマンは、顔をあげてうっすら微笑んだ。そんなしみじみとした空気のなかで、突然エルミラエルが拍子抜けた声を上げた。
「うふっ!」
「何じゃ、エルミラエル。流石に夫のわしでも、その声は気色が悪いぞ」
サルマンの失礼すぎる言葉に、エルミラエルが口をへの字に曲げる。ビルボを含め、これほどに表情豊かなエルフを見るのが初めてだったドワーフたちは、最初の頃は彼女の性格に当惑していた。だが、最近になってきてようやく慣れてきたらしい。
「だって!奥方様って呼ばれるの、楽しみだったのよ」
「いくらでも呼んで差し上げますよ、アイゼンガルドの奥方様」
「あら!ありがとう、バーリン」
にこやかな面持ちのバーリンの背中に、サルマンの尖った視線が刺さる。それを見たアウレは、我が子のように思える部下の背中を強く叩いた。
「うぐっ……!!」
「羨ましいなら、そなたも素直さを心掛けよ」
アウレの苦言に続き、ビルボもケーキを切り分けながら会話に加わった。
「サルマンの悪い癖だ。素直じゃないんだから、全く……」
「こ、これ!ビルボ・バキンズ!今の言葉は取り消せ!今すぐ!わしは断じて素直でないとは──」
焦るサルマンに対し、ずっと下を向いて座っていたトーリンが呟いた。
「では、天の邪鬼か」
「トーリン・オーケンシールド。調子づくでない」
「ご存じなかったの?トーリンさん。うちの人は天の邪鬼よ」
「エルミラエル!!」
サルマンはついに立ち上がると、エルミラエルの方につかつかと歩み寄り始めた。流石に驚いた彼女は、慌てて娘の背中に隠れた。
「ちょっと!お母様!?」
「クルニーア、落ち着いて。クルニーア、クルニーア!!」
「今日こそは覚悟しておれ。一度その口を閉じてやらねばならんな」
「あらやだ、勘弁してちょうだい。ちょっと!ネルファンディア!何とか言ってやって!」
母親の顔を見て、ネルファンディアは吹き出しそうになった。父に母がちょっかいをかけ、その度に軽い追いかけ合いが始まる。それが幼い時の風景そのままだったからだ。だから敢えて母には何も言わず、ネルファンディアはトーリンに微笑みかけた。
「さて、お茶がそろそろ出来上がった頃かしら。ね、トーリン」
「ああ。楽しそうなお二方を邪魔しては無粋というものだ」
「では、頂きましょうか」
「クルニーア!私の分のケーキが無くなっていたら、あなたのせいだからね!覚悟しておきなさい!」
「覚悟するのはそっちの方じゃ!」
楽しそうなエルミラエルとサルマン夫婦のやり取りに耳を傾けながら、トーリンとネルファンディアは肩をすくめて笑うのだった。
こうしていつも通りに、マンドスの館でのティータイムが始まった。お茶はいつも午後四時。
ノックの要らない青空の下で、今日もビルボたちは仲間を待っている。
1/1ページ