四章、それぞれの道
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翌日、ネルファンディアたちは会議の間に集まって思案を練っていた。ウルク=ハイたちの進軍を目撃した民の証言を元に、セオデンは決断を迫られていた。そして、彼が出した答えは……
「ヘルム峡谷へ行く」
「ヘルム峡谷ですって?」
ネルファンディアは驚きで目を丸くした。そしてセオデンに食って掛かった。
「私はサルマンをよく知っていますが、これは明らかな罠です!ヘルム峡谷で皆殺しにされてしまう!」
だが、セオデンは大丈夫だと言う。彼の言い分はこうだった。
「以前、ヘルム峡谷で戦って勝利したことがあるのだ。エオウィン、民を導いてくれ」
「はい」
「しかし、陛下」
これには流石のアラゴルンも異を唱えた。だが、セオデンは鋭い視線で彼を見た。
「ローハンの王はそなたではない、アラソルンの息子、アラゴルン」
アラゴルンはそれきり何も言えなくなり、下を向いて黙りこんでしまった。ガンダルフもため息をついている。
セオデンが居なくなったあと、ガンダルフはアラゴルンとネルファンディアを呼び寄せて言った。
「わしは今から、急ぎ行かねばならん。5日目の朝、わしの帰りを待つのじゃ。良いな?」
「はい、ガンダルフ」
「……お気をつけて」
そう言って、ガンダルフは本当に行ってしまった。残された二人は、ヘルム峡谷へ向かう準備で慌ただしい黄金館を見回して再びため息をつくのだった。
ヘルム峡谷へ向かう道のりは、思っていた以上に楽だった。ネルファンディアは悠々と愛馬レヴァナントに乗りながら、エオウィンとアラゴルン、そしてギムリの話を聞いていた。
「ドワーフの女は、髭が生えていて男と見分けがつかんのだよ」
「あら、じゃあどうやって見分けるの?」
「我々ドワーフもよく間違うんだ!ははははは」
それを聞いてネルファンディアも吹き出した。すると、エオウィンは彼女にも話を振ってきた。
「ねぇ、ネルファンディア。その馬、綺麗ね」
「そう?実は、馬じゃないの。この子は、風のマイア──精霊なの」
一同は目を丸くしてレヴァナントを見た。馬の姿をした風の精霊は、皆に見られてどこか嬉しそうだ。
「言葉も理解できるのよ。意思疎通だってとれるわ。ね、レヴァナント」
レヴァナントは一鳴きすると、元気よく歩き出した。
「じゃあ、いつからこの子はあなたの馬なの?」
エオウィンの問いに、ネルファンディアは空を見上げた。そういえば、いつでも一緒にいるものの、いつから一緒なのかが思い出せない。
ネルファンディアがわからないと答えようとしたときだった。その耳に聞き覚えのある音が届いた。忘れようのない声。彼女は剣を抜くと、アラゴルンたちに告げた。
「ワーグよ!エオウィン、民たちを迂回させて。みんな、奇襲に備えて!」
ワーグ乗りのオーク。ネルファンディアたちは過去に何度も痛い目に遭わされている。特にトーリンは────
そう思っている間にも、ワーグたちが谷を真っ直ぐ駆け降りてきているのが見えた。アラゴルンが大声で警告を叫んだ。
「弓で倒せるところまで倒す」
「ワーグを狙って!弱点は眉間よ」
ネルファンディアはオルクリストを馬上で持ち直すと、レヴァナントに囁きかけた。
「風のように駆け抜け、嵐のように立ち向かうのよ」
承知したと言わんばかりに鳴き声をあげたレヴァナントは、兵士たちが応戦する方向に一閃の光のように走り出し始めた。
「ネルファンディア!」
ネルファンディアは自分の名前を呼ぶ人に驚いた。セオデン王も馬上で戦っていたのだ。
「お逃げください、陛下。危険です」
「民を捨てて逃げることなどできん」
会話しながらも、ネルファンディアは一体のワーグの眉間に切っ先を突き刺している。失速したオークが落ちる。
まだ何か言おうとしているセオデンだったが、その視界に別の方向から第二軍がやって来ていることが入った。慌てて馬を方向転換させて援護しにいこうとした王を止め、ネルファンディアが言った。
「私にお任せを。エオウィンと民は私が守ります」
ネルファンディアは返事を待たずしてレヴァナントを駆った。既に民たちは無抵抗のまま取り囲まれようとしており、エオウィンは悲鳴を上げる人々を落ち着かせることに必死になっていた。
「大丈夫!落ち着いて!進むのよ!」
「殺されてしまうわ!」
「早く逃げなきゃ!」
「兵士たちは何をしているの?私たちはお仕舞いだわ!」
混沌とした状況に死が迫るなか、エオウィンは終わりを覚悟した。あと数歩でワーグに食い殺されると思ったその時だった。
「間に合ったようね!」
ネルファンディアだった。馬上で身体を傾けてワーグを斬りつけ、怯んだ隙にオークの首を切り落とした。首領とおぼしきオークにその首を投げつけ、ネルファンディアはオルクリストを掲げて叫んだ。
「この剣がわかるか?これはグンダバドの主、穢れの王アゾグを撃ち取ったオルクリストだ!ここの民を血祭りにあげる気なら、まずは私が相手になろう!」
ネルファンディアはレヴァナントから降りてエオウィンに彼を託した。
「エオウィン、峡谷まで彼らを導いて。峡谷に着いたらこの子を縛らずに外へ出しておくのよ」
「でも、あなたは?」
「その子は私が呼べばすぐに来る!」
ネルファンディアはそう言うと、ワーグとオークの群れに走り込んでいった。加勢したくとも出来ないので、エオウィンは民に呼び掛けた。
「さあ、行きましょう!急ぐのよ」
レヴァナントに乗って歩き出したものの、エオウィンは心の中でネルファンディアの無事を祈るのだった。
孤軍奮闘するネルファンディアの様子は、アラゴルン達からも見えていた。遠距離からレゴラスの応援射撃があるが、それ以外はどうしようもない。だが彼女のお陰で、民たちはオーク達の脅威に晒されることなくヘルム峡谷へたどり着くことができた。エオウィンはネルファンディアに言われた通りにレヴァナントを離し、じっと彼が走り出すのを待った。
一方、ネルファンディアは限界を迎えていた。剣を振るう手には僅かに疲れが見え始めている。彼女は背中に背負っている杖を取り出すと、柄を地面に一閃させて辺りのオーク達を波動で弾き飛ばした。そして袋に入っている笛を一吹きした。
風の音のようにも聞こえるその音が、ローハンの平野にこだまする。レヴァナントはその音を聴いて耳をそばだてると、ネルファンディアのいる方向へ全力で走り出した。
程なくして、レヴァナントの姿が丘の上に見えた。彼女は剣を仕舞って杖を握りしめ、全力で走った。後ろから噛みついてこようとするワーグを魔力で叩き倒し、ネルファンディアは白馬に飛び乗った。
丁度その時にセオデンたちの援軍も到着したため、オークたちは形勢不利と見たのか、そのまま退却してしまった。ネルファンディアはほっと一息ついたが、アラゴルン達の様子が心配になってレヴァナントを走らせた。
アラゴルンたちも既にオークを片付けたあとだったが、肝心のアラゴルンの姿が見えない。ネルファンディアは胸騒ぎを抑えながらレゴラスに尋ねた。
「レゴラス、アラゴルンは……」
彼は無言でネルファンディアの手に何かを差し出した。それはアルウェンがアラゴルンに渡したペンダントだった。
「そんな……」
「谷から落ちて……行方は……」
「ド、ドゥネダインの子孫がそんなことで死んだりはしないわ。きっと大丈夫よ、見つかるはず!」
「僕のせいだ。僕が周りの敵に気を取られて……」
そう言って項垂れるレゴラスの肩を撫でながら、ネルファンディアは途方もない悲しみに暮れた。
「こんなのって……あんまりよ」
死ぬべきなのは、冥王サウロンなのに。ネルファンディアは怒りに打ち震えた。
その後は重い空気のまま、三人でヘルム峡谷へ帰還した。出迎えたエオウィンは、アラゴルンの凶報に絶句している。
その時にネルファンディアは気づいた。
「アラゴルン様……」
エオウィンが悲しむその表情が、キーリを失ったタウリエルと同じであることを。彼女はアラゴルンが好きなのか。ネルファンディアは無言で、エオウィンの肩を傷だらけの手で抱き締めた。その日は誰も、勝利の歌を歌うことはなかった。
傷の手当てを自ら行いながら、ネルファンディアはアイゼンガルドの方を見ていた。ファンゴルンの森を抜ければすぐそこにあったはずの家。今は帰る場所など、もうどこにもない。自分は故郷を取り戻す旅にさえ出ることが出来ないのだ。そう思うと急に悲しくなってきた。
ふと、フロドはどうしているのだろうと考える。今頃はどこにいるのだろうか────
フロド・バキンズは眠りから覚めて、滅びの裂け目の頂を見ていた。モルドールは近い。彼はため息をつきながら曇天の空を見上げた。すると、隣にサムがやって来た。
「フロド様」
「サム。どうしたんだい?」
「アラゴルンやレゴラス、ネルファンディアたちは元気なんでしょうか……」
フロドはこのような状況でも誰かを気遣うサムが誇らしかった。彼は笑うと、深くうなずいた。
「ああ、きっと大丈夫。それより、早く使命を終えて帰らないと」
彼は立ち上がると、ネルファンディアと交わした約束を思い出した。
────生きてまた再会する。これは約束ですから。
「サム、旅が終わったら皆でお茶会を開こうと思うんだ。そのときに、どの食器を使おうかなって考えているんだ」
「楽しそうですね!俺も一緒に考えます」
「でも、ビルボは勝手に食器を使ったら怒るだろうな……」
「そうですね、形見の食器だけはやめておきましょう」
二人は笑い合った。他愛もない話だが、とても遠く思えた。それでも進むしかない。道が続く限りは。フロドは折れそうになる心を再び強く持つと、モルドールへ続く道を一歩ずつ踏み出すのだった。
沈んでいるエオウィンの隣にやって来たネルファンディアは、黙ってその様子を眺めていた。
「……アラゴルン様が、好き?」
「え……?」
エオウィンの頬が赤らむ。ネルファンディアは目の前にある炊き出しのスープを器に入れながら続けた。
「帰ってこないと思うと、辛いでしょう。でも、彼は死んでいない。私にはわかるの」
「そうなの?どうしてわかるの?」
ネルファンディアにもよくわからなかった。だが、日に日に自分の魔力が強くなっていることだけは確かだった。
「わからない。でも、私の力が強くなってきているのかもしれないわ。そのうち白のネルファンディアって名乗る日が来る……なんてね」
ネルファンディアがそう言ってくれると、何故かエオウィンは安心できた。それは魔法使いだからなのか、それとも信頼を置いているからなのか。圧倒的に後者だと彼女は断言できた。
「ねぇ、ネルファンディア。私……あなたのこと、友達だと思ってもいい?」
耳慣れない言葉にネルファンディアは目を丸くした。この年になるまで、一緒に冗談を言って笑ったりできる友達は居なかったからだ。彼女は照れながら微笑んだ。
「……うん。私も、友達って思っても?」
「もちろん!」
ネルファンディアは嬉しさのあまり、器に入れたスープを一気飲みした。だが、その直後に表情が変わる。
────不味い!
舌に合わない味というのは、4000年も生きていればいくらでも味わってきた。特にトーリンが料理担当の日のスープは無味で最悪だった(もちろん、ネルファンディアを始めとした一行は全員、殺されたくなかったので笑顔で美味しいと言った)。だが、このスープはトーリンのスープを圧倒的に越えていた。無味とか臭みとかいう以前の問題で、形容する言葉さえ見当たらない。
ところが、エオウィンは嬉しそうに笑っている。
「そのスープ、美味しいでしょう?」
その言葉を聞いて、ネルファンディアは満面の笑みを浮かべる友に疑惑の目を向けた。そして予想通りの言葉が続いた。
「そのスープね、私が作ったの」
その後ネルファンディアがどう返事をしたかは覚えていない。だが、少なくとも不味かったと言わなかったことだけは確かだった。
見張りについていたレゴラスは、下が騒がしいことに気づいた。何事かと見に行くと、ネルファンディアの愛馬レヴァナントが暴れていた。ネルファンディアは引っ張って止めようとする兵士たちを慌てて押し退け、レヴァナントをなだめた。
「どうしたの?レヴァナント。落ち着くのよ」
だが、レヴァナントが落ち着く様子はない。何かを感じ取っている様子の彼を諌めることも出来ず、ネルファンディアはそのまま紐を解いて好きにさせてみようとした。
すると、レヴァナントは厩舎の扉から勢いよく飛び出してヘルム峡谷を後にしてしまった。
「レヴァナントが逃げたぞ!」
「……私にもわからないわ。でも、あの子の行動の全てに意味があるのも事実だから、気長に待ちましょう」
ネルファンディアは肩を竦めてレゴラスを見た。そしてレヴァナントの行方を見極めるべく、再び城壁へと戻るのだった。
レヴァナントがたどり着いた先は、ヘルム峡谷から少し離れた場所にある川岸だった。器用に岩を避けながら歩いていった彼は、ある場所で止まった。その足許には────
「う……」
アラゴルンがいた。レヴァナントは彼の耳をべろんと舐めると、鼻をならして起きろと催促した。だがアラゴルンが起きる様子はない。レヴァナントはやれやれと言うような素振りを見せると、自分の鼻をアラゴルンの額につけて目を閉じた。
夢の中で、アラゴルンは心地よい風に頬を撫でられていた。ふと目の前に、目映い光を帯びた若草色の衣を着ている青年がいることに気づいた。彼は目を凝らして青年の顔を見た。白い長髪に、鼻筋の通った顔立ちをしている。青年はゆっくりと口を開いて、一言ずつ言葉を紡ぎだした。
『アラソルンの息子よ、起きよ』
「あなたは誰ですか?」
『目を開ければ、すぐ側にいる。さぁ、起きよ。私がヘルム峡谷までそなたを連れ帰ろう。そなたには使命がある』
アラゴルンは物憂げな顔をして下を向いたものの、もう一度詳しい話が聞きたくて再び顔をあげた。
だが、そこに青年はいなかった。代わりにネルファンディアの愛馬、レヴァナントが楽しそうに鼻をならしている。
「レヴァナント……だったのか?」
そういえば、ネルファンディアは彼のことを風の精霊だと言っていたな。アラゴルンがそんなことを思い出している間にも、レヴァナントは身を屈めて乗れと指図しているように見える。アラゴルンは痛む身体を起こし、レヴァナントに乗った。
全ては仲間のもと、そして在るべき故郷ゴンドールヘ帰るため。
ネルファンディアはじっと目を凝らして峡谷の先を見ていた。すると、平原の向こうから一本の光が駆け抜けて来た。
「あれは……」
「城門を開けるんだ!アラゴルンがレヴァナントに乗って戻ってきた!」
レゴラスの声を聞いたエオウィンは、薪を床に捨てて走り出した。
────アラゴルン様……!ご無事だったのね!
「アラゴルン!」
レゴラスは満身創痍の友を支えながら椅子に座らせた。ネルファンディアはレヴァナントを撫でながら微笑んでいる。
「君の馬はとても、利口だよ」
「そうでしょう?」
「それに、とても男前のマイアだ」
「……え?」
当然だと言いたげにレヴァナントが鳴いた。ネルファンディアは何があったのかと首をかしげている。
レゴラスはアラゴルンにペンダントを返した。
「……あの人からもらった大切なものだろう?」
「ああ。もう、逃げたりしない。私は命あるかぎり、自分の使命に立ち向かう」
愛しそうにペンダントを撫でてそっと口づけするアラゴルンを見て、エオウィンは声をかけるのを止めた。言葉がなくとも、アラゴルンが自分以外の誰かを思っていることは確かだった。急に泣き出しそうになって、彼女はその場から静かに離れた。
一方、ネルファンディアは決意を固めて使命と向き合う道を選んだ若き王を眺め、物思いに耽っていた。
己の使命を見つけなさい。それがガラドリエルから託された道だった。ネルファンディアは一人で小さくうなずくと、階段を駆け上がって荷物をまとめ始めた。レゴラス達は驚いて狼狽している。
「ど、どうしたんだ。ネルファンディア」
「行かなきゃ。私が終わらせるの。この血塗られた闇の怨嗟を」
杖を携えて再び階段を駆け下り始めようとした彼女を、アラゴルンとギムリが止める。
「どこへ行く気なんだ」
「そうだ!俺たちに行き先を言わずに行くのか?」
ネルファンディアは空を仰いでため息をついた。ヘルム峡谷から見える空は、とても青かった。それは幼い頃に見た空の色と同じだった。
『お父様、お空は綺麗ね!』
『ああ。お主の瞳の色と同じじゃ』
『お雲はお父様のおひげと同じね!』
『あら、ネルファンディア。お母様は?』
『お母様は雪!雪みたいに綺麗な髪なの』
肩車をしてもらって見上げた空。とても遠くて、ネルファンディアは泣きそうになった。彼女は揺るがぬ意思を込めて、三人に向き直って告げた。
「行くわ。────アイゼンガルドに」
「でも、それじゃあお父上と相討ちに……」
「レゴラス、わかってる。だけど、私じゃないと出来ないことなの。これは、私が向き合わないといけない最初の使命」
アラゴルンを見て、ネルファンディアは微笑んだ。
「それに、ここに決意を固めて死の淵から舞い戻ってきた人が居るんだから、逃げてばかりじゃ仲間として顔向けできないわ」
冗談を言って空気をなごませると、ネルファンディアはレヴァナントの待つ階下へ向かった。そこにはエオウィンが立っていた。声をかけるかどうかを迷っていると、先に彼女の方が気づいて話しかけてきた。
「ネルファンディア……!どうして荷物をまとめているの?」
「エオウィン、私は父を止めにアイゼンガルドへ行く」
「そんな……」
たった一人で本陣に乗り込むというのか。それよりもエオウィンは、父親を討ちに行く友の心を案じた。だが決意は既に変えられないものだと、その瞳は語っていた。だからエオウィンは、敢えて何も否定的な意見を言わなかった。代わりに彼女は魔法使いの友を送り出した。
「必ず、戻ってきてね」
「ええ、きっと」
保証はない。そんなことは解りきっていた。ネルファンディアはレヴァナントを走り出させると、ヘルム峡谷を後にした。
「ご無事で、我が友よ!!」
遥か遠くの方で、エオウィンの声が聞こえる。けれどネルファンディアは振り返らなかった。彼女は鋭い眼差しでアイゼンガルドの方を見据え、胸元にかけてあるトーリンの指輪を握りしめた。
────トーリン。私、もう逃げないから。
こうしてネルファンディアは愛馬と共にローハンを発った。失われた故郷、アイゼンガルドを目指して。
「ヘルム峡谷へ行く」
「ヘルム峡谷ですって?」
ネルファンディアは驚きで目を丸くした。そしてセオデンに食って掛かった。
「私はサルマンをよく知っていますが、これは明らかな罠です!ヘルム峡谷で皆殺しにされてしまう!」
だが、セオデンは大丈夫だと言う。彼の言い分はこうだった。
「以前、ヘルム峡谷で戦って勝利したことがあるのだ。エオウィン、民を導いてくれ」
「はい」
「しかし、陛下」
これには流石のアラゴルンも異を唱えた。だが、セオデンは鋭い視線で彼を見た。
「ローハンの王はそなたではない、アラソルンの息子、アラゴルン」
アラゴルンはそれきり何も言えなくなり、下を向いて黙りこんでしまった。ガンダルフもため息をついている。
セオデンが居なくなったあと、ガンダルフはアラゴルンとネルファンディアを呼び寄せて言った。
「わしは今から、急ぎ行かねばならん。5日目の朝、わしの帰りを待つのじゃ。良いな?」
「はい、ガンダルフ」
「……お気をつけて」
そう言って、ガンダルフは本当に行ってしまった。残された二人は、ヘルム峡谷へ向かう準備で慌ただしい黄金館を見回して再びため息をつくのだった。
ヘルム峡谷へ向かう道のりは、思っていた以上に楽だった。ネルファンディアは悠々と愛馬レヴァナントに乗りながら、エオウィンとアラゴルン、そしてギムリの話を聞いていた。
「ドワーフの女は、髭が生えていて男と見分けがつかんのだよ」
「あら、じゃあどうやって見分けるの?」
「我々ドワーフもよく間違うんだ!ははははは」
それを聞いてネルファンディアも吹き出した。すると、エオウィンは彼女にも話を振ってきた。
「ねぇ、ネルファンディア。その馬、綺麗ね」
「そう?実は、馬じゃないの。この子は、風のマイア──精霊なの」
一同は目を丸くしてレヴァナントを見た。馬の姿をした風の精霊は、皆に見られてどこか嬉しそうだ。
「言葉も理解できるのよ。意思疎通だってとれるわ。ね、レヴァナント」
レヴァナントは一鳴きすると、元気よく歩き出した。
「じゃあ、いつからこの子はあなたの馬なの?」
エオウィンの問いに、ネルファンディアは空を見上げた。そういえば、いつでも一緒にいるものの、いつから一緒なのかが思い出せない。
ネルファンディアがわからないと答えようとしたときだった。その耳に聞き覚えのある音が届いた。忘れようのない声。彼女は剣を抜くと、アラゴルンたちに告げた。
「ワーグよ!エオウィン、民たちを迂回させて。みんな、奇襲に備えて!」
ワーグ乗りのオーク。ネルファンディアたちは過去に何度も痛い目に遭わされている。特にトーリンは────
そう思っている間にも、ワーグたちが谷を真っ直ぐ駆け降りてきているのが見えた。アラゴルンが大声で警告を叫んだ。
「弓で倒せるところまで倒す」
「ワーグを狙って!弱点は眉間よ」
ネルファンディアはオルクリストを馬上で持ち直すと、レヴァナントに囁きかけた。
「風のように駆け抜け、嵐のように立ち向かうのよ」
承知したと言わんばかりに鳴き声をあげたレヴァナントは、兵士たちが応戦する方向に一閃の光のように走り出し始めた。
「ネルファンディア!」
ネルファンディアは自分の名前を呼ぶ人に驚いた。セオデン王も馬上で戦っていたのだ。
「お逃げください、陛下。危険です」
「民を捨てて逃げることなどできん」
会話しながらも、ネルファンディアは一体のワーグの眉間に切っ先を突き刺している。失速したオークが落ちる。
まだ何か言おうとしているセオデンだったが、その視界に別の方向から第二軍がやって来ていることが入った。慌てて馬を方向転換させて援護しにいこうとした王を止め、ネルファンディアが言った。
「私にお任せを。エオウィンと民は私が守ります」
ネルファンディアは返事を待たずしてレヴァナントを駆った。既に民たちは無抵抗のまま取り囲まれようとしており、エオウィンは悲鳴を上げる人々を落ち着かせることに必死になっていた。
「大丈夫!落ち着いて!進むのよ!」
「殺されてしまうわ!」
「早く逃げなきゃ!」
「兵士たちは何をしているの?私たちはお仕舞いだわ!」
混沌とした状況に死が迫るなか、エオウィンは終わりを覚悟した。あと数歩でワーグに食い殺されると思ったその時だった。
「間に合ったようね!」
ネルファンディアだった。馬上で身体を傾けてワーグを斬りつけ、怯んだ隙にオークの首を切り落とした。首領とおぼしきオークにその首を投げつけ、ネルファンディアはオルクリストを掲げて叫んだ。
「この剣がわかるか?これはグンダバドの主、穢れの王アゾグを撃ち取ったオルクリストだ!ここの民を血祭りにあげる気なら、まずは私が相手になろう!」
ネルファンディアはレヴァナントから降りてエオウィンに彼を託した。
「エオウィン、峡谷まで彼らを導いて。峡谷に着いたらこの子を縛らずに外へ出しておくのよ」
「でも、あなたは?」
「その子は私が呼べばすぐに来る!」
ネルファンディアはそう言うと、ワーグとオークの群れに走り込んでいった。加勢したくとも出来ないので、エオウィンは民に呼び掛けた。
「さあ、行きましょう!急ぐのよ」
レヴァナントに乗って歩き出したものの、エオウィンは心の中でネルファンディアの無事を祈るのだった。
孤軍奮闘するネルファンディアの様子は、アラゴルン達からも見えていた。遠距離からレゴラスの応援射撃があるが、それ以外はどうしようもない。だが彼女のお陰で、民たちはオーク達の脅威に晒されることなくヘルム峡谷へたどり着くことができた。エオウィンはネルファンディアに言われた通りにレヴァナントを離し、じっと彼が走り出すのを待った。
一方、ネルファンディアは限界を迎えていた。剣を振るう手には僅かに疲れが見え始めている。彼女は背中に背負っている杖を取り出すと、柄を地面に一閃させて辺りのオーク達を波動で弾き飛ばした。そして袋に入っている笛を一吹きした。
風の音のようにも聞こえるその音が、ローハンの平野にこだまする。レヴァナントはその音を聴いて耳をそばだてると、ネルファンディアのいる方向へ全力で走り出した。
程なくして、レヴァナントの姿が丘の上に見えた。彼女は剣を仕舞って杖を握りしめ、全力で走った。後ろから噛みついてこようとするワーグを魔力で叩き倒し、ネルファンディアは白馬に飛び乗った。
丁度その時にセオデンたちの援軍も到着したため、オークたちは形勢不利と見たのか、そのまま退却してしまった。ネルファンディアはほっと一息ついたが、アラゴルン達の様子が心配になってレヴァナントを走らせた。
アラゴルンたちも既にオークを片付けたあとだったが、肝心のアラゴルンの姿が見えない。ネルファンディアは胸騒ぎを抑えながらレゴラスに尋ねた。
「レゴラス、アラゴルンは……」
彼は無言でネルファンディアの手に何かを差し出した。それはアルウェンがアラゴルンに渡したペンダントだった。
「そんな……」
「谷から落ちて……行方は……」
「ド、ドゥネダインの子孫がそんなことで死んだりはしないわ。きっと大丈夫よ、見つかるはず!」
「僕のせいだ。僕が周りの敵に気を取られて……」
そう言って項垂れるレゴラスの肩を撫でながら、ネルファンディアは途方もない悲しみに暮れた。
「こんなのって……あんまりよ」
死ぬべきなのは、冥王サウロンなのに。ネルファンディアは怒りに打ち震えた。
その後は重い空気のまま、三人でヘルム峡谷へ帰還した。出迎えたエオウィンは、アラゴルンの凶報に絶句している。
その時にネルファンディアは気づいた。
「アラゴルン様……」
エオウィンが悲しむその表情が、キーリを失ったタウリエルと同じであることを。彼女はアラゴルンが好きなのか。ネルファンディアは無言で、エオウィンの肩を傷だらけの手で抱き締めた。その日は誰も、勝利の歌を歌うことはなかった。
傷の手当てを自ら行いながら、ネルファンディアはアイゼンガルドの方を見ていた。ファンゴルンの森を抜ければすぐそこにあったはずの家。今は帰る場所など、もうどこにもない。自分は故郷を取り戻す旅にさえ出ることが出来ないのだ。そう思うと急に悲しくなってきた。
ふと、フロドはどうしているのだろうと考える。今頃はどこにいるのだろうか────
フロド・バキンズは眠りから覚めて、滅びの裂け目の頂を見ていた。モルドールは近い。彼はため息をつきながら曇天の空を見上げた。すると、隣にサムがやって来た。
「フロド様」
「サム。どうしたんだい?」
「アラゴルンやレゴラス、ネルファンディアたちは元気なんでしょうか……」
フロドはこのような状況でも誰かを気遣うサムが誇らしかった。彼は笑うと、深くうなずいた。
「ああ、きっと大丈夫。それより、早く使命を終えて帰らないと」
彼は立ち上がると、ネルファンディアと交わした約束を思い出した。
────生きてまた再会する。これは約束ですから。
「サム、旅が終わったら皆でお茶会を開こうと思うんだ。そのときに、どの食器を使おうかなって考えているんだ」
「楽しそうですね!俺も一緒に考えます」
「でも、ビルボは勝手に食器を使ったら怒るだろうな……」
「そうですね、形見の食器だけはやめておきましょう」
二人は笑い合った。他愛もない話だが、とても遠く思えた。それでも進むしかない。道が続く限りは。フロドは折れそうになる心を再び強く持つと、モルドールへ続く道を一歩ずつ踏み出すのだった。
沈んでいるエオウィンの隣にやって来たネルファンディアは、黙ってその様子を眺めていた。
「……アラゴルン様が、好き?」
「え……?」
エオウィンの頬が赤らむ。ネルファンディアは目の前にある炊き出しのスープを器に入れながら続けた。
「帰ってこないと思うと、辛いでしょう。でも、彼は死んでいない。私にはわかるの」
「そうなの?どうしてわかるの?」
ネルファンディアにもよくわからなかった。だが、日に日に自分の魔力が強くなっていることだけは確かだった。
「わからない。でも、私の力が強くなってきているのかもしれないわ。そのうち白のネルファンディアって名乗る日が来る……なんてね」
ネルファンディアがそう言ってくれると、何故かエオウィンは安心できた。それは魔法使いだからなのか、それとも信頼を置いているからなのか。圧倒的に後者だと彼女は断言できた。
「ねぇ、ネルファンディア。私……あなたのこと、友達だと思ってもいい?」
耳慣れない言葉にネルファンディアは目を丸くした。この年になるまで、一緒に冗談を言って笑ったりできる友達は居なかったからだ。彼女は照れながら微笑んだ。
「……うん。私も、友達って思っても?」
「もちろん!」
ネルファンディアは嬉しさのあまり、器に入れたスープを一気飲みした。だが、その直後に表情が変わる。
────不味い!
舌に合わない味というのは、4000年も生きていればいくらでも味わってきた。特にトーリンが料理担当の日のスープは無味で最悪だった(もちろん、ネルファンディアを始めとした一行は全員、殺されたくなかったので笑顔で美味しいと言った)。だが、このスープはトーリンのスープを圧倒的に越えていた。無味とか臭みとかいう以前の問題で、形容する言葉さえ見当たらない。
ところが、エオウィンは嬉しそうに笑っている。
「そのスープ、美味しいでしょう?」
その言葉を聞いて、ネルファンディアは満面の笑みを浮かべる友に疑惑の目を向けた。そして予想通りの言葉が続いた。
「そのスープね、私が作ったの」
その後ネルファンディアがどう返事をしたかは覚えていない。だが、少なくとも不味かったと言わなかったことだけは確かだった。
見張りについていたレゴラスは、下が騒がしいことに気づいた。何事かと見に行くと、ネルファンディアの愛馬レヴァナントが暴れていた。ネルファンディアは引っ張って止めようとする兵士たちを慌てて押し退け、レヴァナントをなだめた。
「どうしたの?レヴァナント。落ち着くのよ」
だが、レヴァナントが落ち着く様子はない。何かを感じ取っている様子の彼を諌めることも出来ず、ネルファンディアはそのまま紐を解いて好きにさせてみようとした。
すると、レヴァナントは厩舎の扉から勢いよく飛び出してヘルム峡谷を後にしてしまった。
「レヴァナントが逃げたぞ!」
「……私にもわからないわ。でも、あの子の行動の全てに意味があるのも事実だから、気長に待ちましょう」
ネルファンディアは肩を竦めてレゴラスを見た。そしてレヴァナントの行方を見極めるべく、再び城壁へと戻るのだった。
レヴァナントがたどり着いた先は、ヘルム峡谷から少し離れた場所にある川岸だった。器用に岩を避けながら歩いていった彼は、ある場所で止まった。その足許には────
「う……」
アラゴルンがいた。レヴァナントは彼の耳をべろんと舐めると、鼻をならして起きろと催促した。だがアラゴルンが起きる様子はない。レヴァナントはやれやれと言うような素振りを見せると、自分の鼻をアラゴルンの額につけて目を閉じた。
夢の中で、アラゴルンは心地よい風に頬を撫でられていた。ふと目の前に、目映い光を帯びた若草色の衣を着ている青年がいることに気づいた。彼は目を凝らして青年の顔を見た。白い長髪に、鼻筋の通った顔立ちをしている。青年はゆっくりと口を開いて、一言ずつ言葉を紡ぎだした。
『アラソルンの息子よ、起きよ』
「あなたは誰ですか?」
『目を開ければ、すぐ側にいる。さぁ、起きよ。私がヘルム峡谷までそなたを連れ帰ろう。そなたには使命がある』
アラゴルンは物憂げな顔をして下を向いたものの、もう一度詳しい話が聞きたくて再び顔をあげた。
だが、そこに青年はいなかった。代わりにネルファンディアの愛馬、レヴァナントが楽しそうに鼻をならしている。
「レヴァナント……だったのか?」
そういえば、ネルファンディアは彼のことを風の精霊だと言っていたな。アラゴルンがそんなことを思い出している間にも、レヴァナントは身を屈めて乗れと指図しているように見える。アラゴルンは痛む身体を起こし、レヴァナントに乗った。
全ては仲間のもと、そして在るべき故郷ゴンドールヘ帰るため。
ネルファンディアはじっと目を凝らして峡谷の先を見ていた。すると、平原の向こうから一本の光が駆け抜けて来た。
「あれは……」
「城門を開けるんだ!アラゴルンがレヴァナントに乗って戻ってきた!」
レゴラスの声を聞いたエオウィンは、薪を床に捨てて走り出した。
────アラゴルン様……!ご無事だったのね!
「アラゴルン!」
レゴラスは満身創痍の友を支えながら椅子に座らせた。ネルファンディアはレヴァナントを撫でながら微笑んでいる。
「君の馬はとても、利口だよ」
「そうでしょう?」
「それに、とても男前のマイアだ」
「……え?」
当然だと言いたげにレヴァナントが鳴いた。ネルファンディアは何があったのかと首をかしげている。
レゴラスはアラゴルンにペンダントを返した。
「……あの人からもらった大切なものだろう?」
「ああ。もう、逃げたりしない。私は命あるかぎり、自分の使命に立ち向かう」
愛しそうにペンダントを撫でてそっと口づけするアラゴルンを見て、エオウィンは声をかけるのを止めた。言葉がなくとも、アラゴルンが自分以外の誰かを思っていることは確かだった。急に泣き出しそうになって、彼女はその場から静かに離れた。
一方、ネルファンディアは決意を固めて使命と向き合う道を選んだ若き王を眺め、物思いに耽っていた。
己の使命を見つけなさい。それがガラドリエルから託された道だった。ネルファンディアは一人で小さくうなずくと、階段を駆け上がって荷物をまとめ始めた。レゴラス達は驚いて狼狽している。
「ど、どうしたんだ。ネルファンディア」
「行かなきゃ。私が終わらせるの。この血塗られた闇の怨嗟を」
杖を携えて再び階段を駆け下り始めようとした彼女を、アラゴルンとギムリが止める。
「どこへ行く気なんだ」
「そうだ!俺たちに行き先を言わずに行くのか?」
ネルファンディアは空を仰いでため息をついた。ヘルム峡谷から見える空は、とても青かった。それは幼い頃に見た空の色と同じだった。
『お父様、お空は綺麗ね!』
『ああ。お主の瞳の色と同じじゃ』
『お雲はお父様のおひげと同じね!』
『あら、ネルファンディア。お母様は?』
『お母様は雪!雪みたいに綺麗な髪なの』
肩車をしてもらって見上げた空。とても遠くて、ネルファンディアは泣きそうになった。彼女は揺るがぬ意思を込めて、三人に向き直って告げた。
「行くわ。────アイゼンガルドに」
「でも、それじゃあお父上と相討ちに……」
「レゴラス、わかってる。だけど、私じゃないと出来ないことなの。これは、私が向き合わないといけない最初の使命」
アラゴルンを見て、ネルファンディアは微笑んだ。
「それに、ここに決意を固めて死の淵から舞い戻ってきた人が居るんだから、逃げてばかりじゃ仲間として顔向けできないわ」
冗談を言って空気をなごませると、ネルファンディアはレヴァナントの待つ階下へ向かった。そこにはエオウィンが立っていた。声をかけるかどうかを迷っていると、先に彼女の方が気づいて話しかけてきた。
「ネルファンディア……!どうして荷物をまとめているの?」
「エオウィン、私は父を止めにアイゼンガルドへ行く」
「そんな……」
たった一人で本陣に乗り込むというのか。それよりもエオウィンは、父親を討ちに行く友の心を案じた。だが決意は既に変えられないものだと、その瞳は語っていた。だからエオウィンは、敢えて何も否定的な意見を言わなかった。代わりに彼女は魔法使いの友を送り出した。
「必ず、戻ってきてね」
「ええ、きっと」
保証はない。そんなことは解りきっていた。ネルファンディアはレヴァナントを走り出させると、ヘルム峡谷を後にした。
「ご無事で、我が友よ!!」
遥か遠くの方で、エオウィンの声が聞こえる。けれどネルファンディアは振り返らなかった。彼女は鋭い眼差しでアイゼンガルドの方を見据え、胸元にかけてあるトーリンの指輪を握りしめた。
────トーリン。私、もう逃げないから。
こうしてネルファンディアは愛馬と共にローハンを発った。失われた故郷、アイゼンガルドを目指して。