序、憧憬のような勝利【!解説読んでください!】
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【今日は、記念すべき勝利の日だ。仲間は誰一人として欠けることなく、新しい王を離れ山に迎えることができた。けれど、一つだけ寂しいことが待っていた。
仲間との別れも、今日だった。そして、ネルファンディアとトーリン────陛下の別れもまた、今日だった。
いつかまた会えるといいな。みんなでお茶会でもしようよと僕は言った後に気づいた。また僕の家が荒らされるじゃないかって。でも、いいんだ。それも楽しいだろうから。
ビルボ・バキンズ】
近づく春の息吹と共に受ける祝福の賛辞。祝杯の空気に包まれるエレボール内では、既に国王の登場をよそに酒を開けている仲間たちで溢れ返っていた。
ガンダルフとバーリン、そしてビルボは一歩引いた場所で勝利を心の底から祝うドワーフたちを眺めていた。
「終わったんですね、戦いが」
「そうじゃ。エレボール奪還の旅も仕舞いじゃ」
長かった旅の余韻に浸るビルボの肩を掴んできたのは、既にかなり出来上がっているキーリだった。隣ではすっかりあきれ返っているタウリエルがいる。
「キーリ!呑みすぎよ。トーリン王子に叱られても知らないから」
「いいじゃないか!俺たちは勝ったんだ!しかも16人の旅の仲間、誰一人として欠けずに戻ってきたんだぞ?お前は嬉しくないのか?」
「当然です。嬉しいに決まってます!でも、昼間から呑むのは……」
「ドワーフが宴会するのに昼も夜も関係ねぇさ!踊ろうぜ!」
ボフールが堪りかねてビルボを強制的に宴会の場へ連れていった。その様子を見てバーリンはどこから持ってきたのか、ビールが並々に注がれたジョッキを差し出して微笑んだ。
「我らも、呑みましょう」
「そうじゃな。……ところで、トーリンはまだか?」
「あぁ……叔父上はもう少しかかるかと」
そう言って、フィーリは二人にウィンクを投げ掛けた。バーリンはすぐに意味を理解したのか、ガンダルフを置いて満面の笑みを浮かべている。
「何じゃ。お主ら、わしに隠し事か。賢者に隠し事か」
「わからないのですか?ガンダルフ」
何が起きているのかはさっぱりだが、少なくとも馬鹿にされていることはよくわかる。そしてドワーリンはその暖かい視線を、トーリンの部屋に向けるのだった。
エスガロスで貰った衣装とその辺に落ちていた飾りを交互にみながら、ネルファンディアはトーリンの服を選んでいた。
「トーリン、ひとまずはこれでいいかしら?」
「ああ。問題はないだろう」
頷いたのを見て、ネルファンディアは早速服の着替えを手伝い始めた。黙って言うとおりにしながらも、トーリンは近づいてきた彼女を抱き締めた。
「ト、トーリン……?」
「ネルファンディア……そなたと別れねばならぬことが、とても辛い」
彼女は少し返事に詰まると、その手から離れて最後の装飾品をつけた。
「手紙を書きます。ファンゴルンに住む、美しい鳥に結びつけてやり取りしましょう」
「私は、王として行う最初の勅令を決めている」
「トーリン……いえ、陛下。あなたはもう王子ではありません。これからはもっと、民を気遣わねばなりません。そして、中つ国の他の王たちのことも気にかけねば」
「そなたのことよりもか?」
「ええ、そうです。私のことよりももっと」
トーリンの手を引いて、ネルファンディアはバルコニーの入り口までやって来た。すでに外は新しい王の誕生を待ち望む民衆で溢れ帰っている。彼女は戸惑うトーリンの背中から、優しく声をかけた。
「さぁ、陛下。皆が待っております」
ネルファンディアはなかなか足を踏み出さないトーリンの背を思い切り押した。これが別れだ。
さようなら、トーリン。狼狽えながらもしっかりと君主らしく歓声に応える想い人の姿をしっかり焼き付けて、ネルファンディアは黙ってエレボールを後にしようとした。
だが、誰にも気づかれずにというわけにはいかなかった。荷造りをしていると、ドワーリンとバーリンがやって来て、彼女に深々と尊敬の念を込めて一礼した。
「姫様が居らねば、あの戦いで誰も欠けることなく勝つのは難しかったでしょう」
「そんな……どうか、頭を下げないでください」
「いいえ。陛下が姫様を妃にという悲願をお持ちなのはご存じでしょう?何故去るのですか?」
ネルファンディアは目を細めて群衆たちの声がする方に視線を向けると、ため息混じりに答えた。
「……私は、永遠の命に等しい時を生きる者です。それに、ドゥリンの血族に仲間入りできるような者ではありません。頑固な父と、お転婆エルフだった母を持つ、何でもない存在なのです。ましてやドワーフでもありません」
「しかし、陛下のご寵愛を受けるに値するお方だと……また、全ドワーフの国母として仰ぐに値するお方だと、我々は思っております」
それでもネルファンディアはかたくなに首を横に振り続けた。帰郷の意志が強いと悟った二人は、それ以上何も言わなかった。代わりに、荷物を全てまとめ終わったネルファンディアが、名残惜しそうに付け加えた。
「あの……陛下とお手紙をやり取りすることくらいは、お許しいただけますか?」
「勿論です。と言っても、陛下はあまり文筆家ではありませんが……」
「構いません。そのような形であれば、交友を続けとうございますとお伝えください。それでは」
ネルファンディアは本当に出口を目指して歩いていってしまった。慌てて後を追いかけたのは、意外にもお調子者のボフールだった。
「いつでもまたいらしてください!ネルファンディア殿!」
「ありがとう、ボフール」
結局、ネルファンディアはトーリンの姿をもう一度見ることなくエレボールを去ってしまった。もちろん、別に見たくないから去ったのではない。これから国を背負っていく人の重荷になりたくなくて去ったのだ。
────いい思い出として置いておきましょうね、トーリン・オーケンシールド……我らが王。
もう二度と会うことはないだろう。アイゼンガルドとエレボールは遠い。とても遠いのだから。
「さぁ、レヴァナント。行くわよ」
仕方がない。どうしようもないのだ。ネルファンディアは空を仰いで溢れそうな涙を抑えた。ふと馬の足音がもう一頭分増えた気がして、彼女は隣に目を向けた。そこには、相変わらず気難しげな表情を浮かべる父の姿があった。
「大人しく帰るのか?もっと駄々をこねると思っておったんじゃが……」
「お父様!」
「まぁ、良い。日常が戻ってきたわけじゃ……さて、アイゼンガルドに戻るとしよう」
ネルファンディアは目を丸くした。あれほどに裂け谷への永住を希望していた父が、突然アイゼンガルドへ戻るとは。彼女は聞き間違いなのではと、一瞬自分の耳を疑った。
「え?裂け谷ではなく?」
「ああ。アイゼンガルドの方がエレボールの見通しは良いじゃろうて」
毅然といつも通りに言い放ってから、娘の視線を受けたサルマンは、自分の言ったことがとても恥ずかしく思えて慌てて訂正した。
「べ、別にあのドワーフを交際相手として認めたわけではないからな!勘違いするでない!こら!何を笑うておる!おい、聞いておるのかネルファンディア!」
父の気持ちが嬉しくて、ネルファンディアはレヴァナントを急かした。例え遠くても、心はきっと繋がったままだ。どこかで彼女の母のエルミラエルがそう言って笑った気がした。
戴冠式を終え、慌てて戻ってきたトーリンはネルファンディアの姿を探して辺りを見回した。そんな彼に、ビルボが静かに告げる。
「……ネルファンディアは、帰ったよ。アイゼンガルドにお父上と一緒に」
「何?あの老いぼれ白髪の魔法使いに急かされてか?」
それがサルマンのことだと即座に気づいたガンダルフは、思わずその的確な皮肉にワインを吹いた。しかしトーリンが睨み付けたため、直ぐに真顔に戻る。
「そんな……私は……」
「陛下。姫様は、陛下に今はエレボール、デール、並びにエスガロスの再建を通してあなたの民を気遣うことをお望みなのです。その負担になりたくないと、あの方は仰せでした」
トーリンはそのドワーリンの言葉にしばらく返事をせずにいた。黙ってバルコニーに手をかけ、じっとアイゼンガルドの方を凝視してため息をもらす様子は、誰がみても心苦しかった。少し間を置いて、彼は毅然とした王としての声で言い放った。
「……では、再建を果たせばネルファンディアを正式にお父上と共にエレボールへ招待する」
彼は息を大きく吸って、皆が見守る中で最後の一言を付け加えた。
「──────我がトーリン・オーケンシールド、山の下の王の王妃として」
その決意はエレボールの山々よりも高くそびえ立つ壁であった。だが同時に彼にとって、揺るぎないものとなるのだった。
仲間との別れも、今日だった。そして、ネルファンディアとトーリン────陛下の別れもまた、今日だった。
いつかまた会えるといいな。みんなでお茶会でもしようよと僕は言った後に気づいた。また僕の家が荒らされるじゃないかって。でも、いいんだ。それも楽しいだろうから。
ビルボ・バキンズ】
近づく春の息吹と共に受ける祝福の賛辞。祝杯の空気に包まれるエレボール内では、既に国王の登場をよそに酒を開けている仲間たちで溢れ返っていた。
ガンダルフとバーリン、そしてビルボは一歩引いた場所で勝利を心の底から祝うドワーフたちを眺めていた。
「終わったんですね、戦いが」
「そうじゃ。エレボール奪還の旅も仕舞いじゃ」
長かった旅の余韻に浸るビルボの肩を掴んできたのは、既にかなり出来上がっているキーリだった。隣ではすっかりあきれ返っているタウリエルがいる。
「キーリ!呑みすぎよ。トーリン王子に叱られても知らないから」
「いいじゃないか!俺たちは勝ったんだ!しかも16人の旅の仲間、誰一人として欠けずに戻ってきたんだぞ?お前は嬉しくないのか?」
「当然です。嬉しいに決まってます!でも、昼間から呑むのは……」
「ドワーフが宴会するのに昼も夜も関係ねぇさ!踊ろうぜ!」
ボフールが堪りかねてビルボを強制的に宴会の場へ連れていった。その様子を見てバーリンはどこから持ってきたのか、ビールが並々に注がれたジョッキを差し出して微笑んだ。
「我らも、呑みましょう」
「そうじゃな。……ところで、トーリンはまだか?」
「あぁ……叔父上はもう少しかかるかと」
そう言って、フィーリは二人にウィンクを投げ掛けた。バーリンはすぐに意味を理解したのか、ガンダルフを置いて満面の笑みを浮かべている。
「何じゃ。お主ら、わしに隠し事か。賢者に隠し事か」
「わからないのですか?ガンダルフ」
何が起きているのかはさっぱりだが、少なくとも馬鹿にされていることはよくわかる。そしてドワーリンはその暖かい視線を、トーリンの部屋に向けるのだった。
エスガロスで貰った衣装とその辺に落ちていた飾りを交互にみながら、ネルファンディアはトーリンの服を選んでいた。
「トーリン、ひとまずはこれでいいかしら?」
「ああ。問題はないだろう」
頷いたのを見て、ネルファンディアは早速服の着替えを手伝い始めた。黙って言うとおりにしながらも、トーリンは近づいてきた彼女を抱き締めた。
「ト、トーリン……?」
「ネルファンディア……そなたと別れねばならぬことが、とても辛い」
彼女は少し返事に詰まると、その手から離れて最後の装飾品をつけた。
「手紙を書きます。ファンゴルンに住む、美しい鳥に結びつけてやり取りしましょう」
「私は、王として行う最初の勅令を決めている」
「トーリン……いえ、陛下。あなたはもう王子ではありません。これからはもっと、民を気遣わねばなりません。そして、中つ国の他の王たちのことも気にかけねば」
「そなたのことよりもか?」
「ええ、そうです。私のことよりももっと」
トーリンの手を引いて、ネルファンディアはバルコニーの入り口までやって来た。すでに外は新しい王の誕生を待ち望む民衆で溢れ帰っている。彼女は戸惑うトーリンの背中から、優しく声をかけた。
「さぁ、陛下。皆が待っております」
ネルファンディアはなかなか足を踏み出さないトーリンの背を思い切り押した。これが別れだ。
さようなら、トーリン。狼狽えながらもしっかりと君主らしく歓声に応える想い人の姿をしっかり焼き付けて、ネルファンディアは黙ってエレボールを後にしようとした。
だが、誰にも気づかれずにというわけにはいかなかった。荷造りをしていると、ドワーリンとバーリンがやって来て、彼女に深々と尊敬の念を込めて一礼した。
「姫様が居らねば、あの戦いで誰も欠けることなく勝つのは難しかったでしょう」
「そんな……どうか、頭を下げないでください」
「いいえ。陛下が姫様を妃にという悲願をお持ちなのはご存じでしょう?何故去るのですか?」
ネルファンディアは目を細めて群衆たちの声がする方に視線を向けると、ため息混じりに答えた。
「……私は、永遠の命に等しい時を生きる者です。それに、ドゥリンの血族に仲間入りできるような者ではありません。頑固な父と、お転婆エルフだった母を持つ、何でもない存在なのです。ましてやドワーフでもありません」
「しかし、陛下のご寵愛を受けるに値するお方だと……また、全ドワーフの国母として仰ぐに値するお方だと、我々は思っております」
それでもネルファンディアはかたくなに首を横に振り続けた。帰郷の意志が強いと悟った二人は、それ以上何も言わなかった。代わりに、荷物を全てまとめ終わったネルファンディアが、名残惜しそうに付け加えた。
「あの……陛下とお手紙をやり取りすることくらいは、お許しいただけますか?」
「勿論です。と言っても、陛下はあまり文筆家ではありませんが……」
「構いません。そのような形であれば、交友を続けとうございますとお伝えください。それでは」
ネルファンディアは本当に出口を目指して歩いていってしまった。慌てて後を追いかけたのは、意外にもお調子者のボフールだった。
「いつでもまたいらしてください!ネルファンディア殿!」
「ありがとう、ボフール」
結局、ネルファンディアはトーリンの姿をもう一度見ることなくエレボールを去ってしまった。もちろん、別に見たくないから去ったのではない。これから国を背負っていく人の重荷になりたくなくて去ったのだ。
────いい思い出として置いておきましょうね、トーリン・オーケンシールド……我らが王。
もう二度と会うことはないだろう。アイゼンガルドとエレボールは遠い。とても遠いのだから。
「さぁ、レヴァナント。行くわよ」
仕方がない。どうしようもないのだ。ネルファンディアは空を仰いで溢れそうな涙を抑えた。ふと馬の足音がもう一頭分増えた気がして、彼女は隣に目を向けた。そこには、相変わらず気難しげな表情を浮かべる父の姿があった。
「大人しく帰るのか?もっと駄々をこねると思っておったんじゃが……」
「お父様!」
「まぁ、良い。日常が戻ってきたわけじゃ……さて、アイゼンガルドに戻るとしよう」
ネルファンディアは目を丸くした。あれほどに裂け谷への永住を希望していた父が、突然アイゼンガルドへ戻るとは。彼女は聞き間違いなのではと、一瞬自分の耳を疑った。
「え?裂け谷ではなく?」
「ああ。アイゼンガルドの方がエレボールの見通しは良いじゃろうて」
毅然といつも通りに言い放ってから、娘の視線を受けたサルマンは、自分の言ったことがとても恥ずかしく思えて慌てて訂正した。
「べ、別にあのドワーフを交際相手として認めたわけではないからな!勘違いするでない!こら!何を笑うておる!おい、聞いておるのかネルファンディア!」
父の気持ちが嬉しくて、ネルファンディアはレヴァナントを急かした。例え遠くても、心はきっと繋がったままだ。どこかで彼女の母のエルミラエルがそう言って笑った気がした。
戴冠式を終え、慌てて戻ってきたトーリンはネルファンディアの姿を探して辺りを見回した。そんな彼に、ビルボが静かに告げる。
「……ネルファンディアは、帰ったよ。アイゼンガルドにお父上と一緒に」
「何?あの老いぼれ白髪の魔法使いに急かされてか?」
それがサルマンのことだと即座に気づいたガンダルフは、思わずその的確な皮肉にワインを吹いた。しかしトーリンが睨み付けたため、直ぐに真顔に戻る。
「そんな……私は……」
「陛下。姫様は、陛下に今はエレボール、デール、並びにエスガロスの再建を通してあなたの民を気遣うことをお望みなのです。その負担になりたくないと、あの方は仰せでした」
トーリンはそのドワーリンの言葉にしばらく返事をせずにいた。黙ってバルコニーに手をかけ、じっとアイゼンガルドの方を凝視してため息をもらす様子は、誰がみても心苦しかった。少し間を置いて、彼は毅然とした王としての声で言い放った。
「……では、再建を果たせばネルファンディアを正式にお父上と共にエレボールへ招待する」
彼は息を大きく吸って、皆が見守る中で最後の一言を付け加えた。
「──────我がトーリン・オーケンシールド、山の下の王の王妃として」
その決意はエレボールの山々よりも高くそびえ立つ壁であった。だが同時に彼にとって、揺るぎないものとなるのだった。
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