一章、束の間の安息地
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トーリン一行はワーグとオークたちの追跡から逃れることが出来ず、立ち往生していた。ビルボが偵察へ向かったものの、周りはオークだらけだという好ましくない報告だけがもたらされる。そこでガンダルフはあることを提案した。
「この近くに頼りになるやつが住んでおる。そやつの家にはまじないがかかっておる故、オーク共もそこまでは入ってこれん」
「なるほど。でも、このままじゃ見つかるわ」
恐らく今動けば間違いなくアゾグたちに捕まってしまう。ネルファンディアとトーリンたちもそのことは承知だった。結局、トーリンは一行を2人ずつのグループに分けることにし、木々の隙間を縫って移動することにした。ネルファンディアはトーリンとペアを組み、最後に行動を始めた。
「大丈夫か、ネルファンディア」
「ええ、ただ奴らはあなたがいないことをわかっていて動いていないのかも」
「そうだったとしても、そなたと私だ。何とかなろう」
二人はいかなる音も聞き逃さないように集中して移動した。そして、ついに視界に例の家が飛び込んできた。だがアゾグは狡猾で、その時を見逃さなかった。彼は不意打ちでネルファンディアとトーリンを既に部下で囲んでいたのだ。ワーグたちの荒い息が聞こえてきたのでトーリンはオルクリストを抜いた。ネルファンディアも剣と杖を構えたが、二人は既に囲まれていることに気づいていた。
「………困ったな、ネルファンディア」
「ええ、すごく"いい状況"ね」
「またお会いできたな、守護者殿。だがここでその役目も終わりだ」
アゾグがネルファンディアたちの目の前に姿を表した。トーリンはあのときの約束を破るまいと彼女を背中で庇うように立った。
「彼女には貴様の穢れた指一本触れさせん」
「トーリン………」
「威勢のいいことだ。仲睦まじく共に死ぬがよい!」
アゾグが部下をけしかけようとした時だった。突然おおきな熊が茂みから現れた。ネルファンディアはとんでもなくでかいその熊を見てトーリンに笑いながら話した。
「ビヨルンさんだよ、トーリン!」
「ビヨルンさん?誰だそれ、熊か?」
「まぁ、熊かな」
二人は静かにその場から立ち去ると、ガンダルフたちの待つ家に到着した。
家にはたくさんの動物や花々が溢れていて、彼女はその花の一つを手に取った。
「うん、いい匂い……」
「なんの花だ?」
「これはね、アセラスっていうの。王の葉よ」
「いい匂いとは程遠いな」
トーリンはどんな可愛らしく女らしい花なのかと思ったが、薬草を手に取って嬉しそうにしている彼女を見て、改めて魔法使いの娘なのだなと再認識した。
どこか普通と違うネルファンディア。その美しさと知恵と感性一つとっても並の生き物とは比較できないほどに優れている。だが、傍からみれば普通の人間と変わらないこの不思議な女性を、何故自分は愛しているのか。トーリンは今度はハリネズミを触って針に刺されているネルファンディアを見ながら自分自身に問いかけた。ハリネズミに刺されながらも動物と心を通わせ、彼女はトーリンの元へ持ってきた。
「みて!トーリン。可愛いでしょ?」
「お前は刺されても可愛いというのか……」
ハリネズミがトーリンを不思議そうに見上げる。彼は生まれて初めて、ハリネズミが可愛いと思った。それは彼女が可愛いと言ったからなのか。それとも元からこのハリネズミが可愛いのか。恐らく前者なのだろうなと彼は笑った。
彼女がハリネズミを放すと、トーリンはすぐにその傷を心配した。
「先ほど刺されていたな。見せてみろ」
「大丈夫だよ、ヤマアラシよりましだって」
「だめだ。みせてみろ」
彼は半ば強引に彼女の手を取った。少しだけ血が滲んでいる。彼は自分のハンカチを裂くと、彼女の指に巻いた。
「………そなたの指は、綺麗だ。その指を傷つけた先ほどのハリネズミがまことに恨めしいことよ」
「トーリン………」
珍しく素直なトーリンがネルファンディアには不思議に思えた。まるでいつもの厳しい彼は、今日だけはどこかに隠れてしまったようだった。
その二人の姿を見ていたのは動物たちだけではなかった。一行は物陰からその二人の様子をしっかりと見ていた。
「叔父上が女性の手に触れてる……」
「信じられない」
「トーリンが笑ってる……」
「怖い……」
仲睦まじく微笑ましい様子だったが、普段のトーリンを知っている彼らからすればある種の戦慄を起こす瞬間だった。バーリンは驚く彼らを見ながら笑った。
「何がおかしいのですか、兄上」
「あの二人はそのうちに同じ心を持つのじゃろうかな」
「え、それってつまり……トーリンがネルファンディアのことを好きってこと?」
「そうじゃ、ビルボ。」
ビルボはトーリンが最初からネルファンディアのことを気にかけていたのは知っていたが、まさかそのまま心を奪われていたとまでは気づいていなかった。ますますざわつく中で、ガンダルフが突然提案した。
「そうじゃ。この旅を通してあの二人がひっつくかひっつかないかで一つ賭けをして見んかな?」
「そりゃあいい!!俺は引っ付くに賭けるぜ」
「俺は自然消滅に賭けようかな」
「ひっついて欲しいけど、結果は微妙だな……」
一行が好き勝手に賭け始めているのも知らず、トーリンとネルファンディアは陽が落ちるまで庭で語り合っていた。
「私の父は本当に頑固なの」
「見ればわかる。だが、娘への愛情で溢れている素晴らしい方だ」
「愛情表現が下手なの。お母様も言っていたわ」
「そなたのお母様はよくわかっていらっしゃる。では、そなたは誰に似たのだ?」
ネルファンディアは眉毛をすこしひそめるとトーリンを横目で見た。
「それはどういう意味ですか?トーリン」
「そなたは人を見透かすところもあるし、賢いがたまに頑固だからな。故にどちらに似たのかなとおもってな」
「まぁ!失礼な人ね!」
ネルファンディアは側にあった杖を掴むと、今にも殴りかかりそうな体制をとった。トーリンがとっさに手で顔を庇いながら謝る。
「わかったわかった!謝る!謝る故に殴るな」
「殴りませんとも。お好きな動物を選んでくださいな」
「それはもっと勘弁してくれ」
二人は顔を見合わせ、声を上げて無邪気に笑った。いつまでもこの時が続いてほしいと願ったのは、二人だけではなかった。バーリンははなれ山の方角を見ながら愁いを帯びた表情でガンダルフに呟いた。
「………トーリンは無事に旅を終えられるでしょうか、ガンダルフ殿」
「……わからん。じゃがネルファンディアならば、きっと大丈夫だろう」
「お互いの想いが通じあうこともなく引き裂かれるのだけは避けたいものです」
バーリンはそれを危惧していたが、ガンダルフは違っていた。
「それよりももっと辛いことは、想いが通じ合ってから引き裂かれることじゃ」
限りある命のドワーフ族であるトーリンが、いつかは先に死んでしまうことをネルファンディアは承知しているだろうが、彼はこの旅がいかに彼にとって危険なものなのかは理解していないと踏んでいた。それは死だけではないトーリンという人の人格の死でもあった。竜の病にもしトーリンが罹り、その心が死んでいく姿を見るのは何よりもネルファンディアにとって辛いことだからだ。それ故に、ガンダルフはサルマンに山を取り戻したら即刻に彼女を連れて帰還するようにと言われていた。
けれど、今改めて楽しそうにしている二人を見て、連れ戻すなどという酷なことは到底出来そうもなかった。
────悩んでもしょうがない。あの二人が今同じ時をを精一杯生きていることだけで良しとしよう。
彼はパイプをくゆらせながらため息混じりに割り切ることしかできなかった。
「この近くに頼りになるやつが住んでおる。そやつの家にはまじないがかかっておる故、オーク共もそこまでは入ってこれん」
「なるほど。でも、このままじゃ見つかるわ」
恐らく今動けば間違いなくアゾグたちに捕まってしまう。ネルファンディアとトーリンたちもそのことは承知だった。結局、トーリンは一行を2人ずつのグループに分けることにし、木々の隙間を縫って移動することにした。ネルファンディアはトーリンとペアを組み、最後に行動を始めた。
「大丈夫か、ネルファンディア」
「ええ、ただ奴らはあなたがいないことをわかっていて動いていないのかも」
「そうだったとしても、そなたと私だ。何とかなろう」
二人はいかなる音も聞き逃さないように集中して移動した。そして、ついに視界に例の家が飛び込んできた。だがアゾグは狡猾で、その時を見逃さなかった。彼は不意打ちでネルファンディアとトーリンを既に部下で囲んでいたのだ。ワーグたちの荒い息が聞こえてきたのでトーリンはオルクリストを抜いた。ネルファンディアも剣と杖を構えたが、二人は既に囲まれていることに気づいていた。
「………困ったな、ネルファンディア」
「ええ、すごく"いい状況"ね」
「またお会いできたな、守護者殿。だがここでその役目も終わりだ」
アゾグがネルファンディアたちの目の前に姿を表した。トーリンはあのときの約束を破るまいと彼女を背中で庇うように立った。
「彼女には貴様の穢れた指一本触れさせん」
「トーリン………」
「威勢のいいことだ。仲睦まじく共に死ぬがよい!」
アゾグが部下をけしかけようとした時だった。突然おおきな熊が茂みから現れた。ネルファンディアはとんでもなくでかいその熊を見てトーリンに笑いながら話した。
「ビヨルンさんだよ、トーリン!」
「ビヨルンさん?誰だそれ、熊か?」
「まぁ、熊かな」
二人は静かにその場から立ち去ると、ガンダルフたちの待つ家に到着した。
家にはたくさんの動物や花々が溢れていて、彼女はその花の一つを手に取った。
「うん、いい匂い……」
「なんの花だ?」
「これはね、アセラスっていうの。王の葉よ」
「いい匂いとは程遠いな」
トーリンはどんな可愛らしく女らしい花なのかと思ったが、薬草を手に取って嬉しそうにしている彼女を見て、改めて魔法使いの娘なのだなと再認識した。
どこか普通と違うネルファンディア。その美しさと知恵と感性一つとっても並の生き物とは比較できないほどに優れている。だが、傍からみれば普通の人間と変わらないこの不思議な女性を、何故自分は愛しているのか。トーリンは今度はハリネズミを触って針に刺されているネルファンディアを見ながら自分自身に問いかけた。ハリネズミに刺されながらも動物と心を通わせ、彼女はトーリンの元へ持ってきた。
「みて!トーリン。可愛いでしょ?」
「お前は刺されても可愛いというのか……」
ハリネズミがトーリンを不思議そうに見上げる。彼は生まれて初めて、ハリネズミが可愛いと思った。それは彼女が可愛いと言ったからなのか。それとも元からこのハリネズミが可愛いのか。恐らく前者なのだろうなと彼は笑った。
彼女がハリネズミを放すと、トーリンはすぐにその傷を心配した。
「先ほど刺されていたな。見せてみろ」
「大丈夫だよ、ヤマアラシよりましだって」
「だめだ。みせてみろ」
彼は半ば強引に彼女の手を取った。少しだけ血が滲んでいる。彼は自分のハンカチを裂くと、彼女の指に巻いた。
「………そなたの指は、綺麗だ。その指を傷つけた先ほどのハリネズミがまことに恨めしいことよ」
「トーリン………」
珍しく素直なトーリンがネルファンディアには不思議に思えた。まるでいつもの厳しい彼は、今日だけはどこかに隠れてしまったようだった。
その二人の姿を見ていたのは動物たちだけではなかった。一行は物陰からその二人の様子をしっかりと見ていた。
「叔父上が女性の手に触れてる……」
「信じられない」
「トーリンが笑ってる……」
「怖い……」
仲睦まじく微笑ましい様子だったが、普段のトーリンを知っている彼らからすればある種の戦慄を起こす瞬間だった。バーリンは驚く彼らを見ながら笑った。
「何がおかしいのですか、兄上」
「あの二人はそのうちに同じ心を持つのじゃろうかな」
「え、それってつまり……トーリンがネルファンディアのことを好きってこと?」
「そうじゃ、ビルボ。」
ビルボはトーリンが最初からネルファンディアのことを気にかけていたのは知っていたが、まさかそのまま心を奪われていたとまでは気づいていなかった。ますますざわつく中で、ガンダルフが突然提案した。
「そうじゃ。この旅を通してあの二人がひっつくかひっつかないかで一つ賭けをして見んかな?」
「そりゃあいい!!俺は引っ付くに賭けるぜ」
「俺は自然消滅に賭けようかな」
「ひっついて欲しいけど、結果は微妙だな……」
一行が好き勝手に賭け始めているのも知らず、トーリンとネルファンディアは陽が落ちるまで庭で語り合っていた。
「私の父は本当に頑固なの」
「見ればわかる。だが、娘への愛情で溢れている素晴らしい方だ」
「愛情表現が下手なの。お母様も言っていたわ」
「そなたのお母様はよくわかっていらっしゃる。では、そなたは誰に似たのだ?」
ネルファンディアは眉毛をすこしひそめるとトーリンを横目で見た。
「それはどういう意味ですか?トーリン」
「そなたは人を見透かすところもあるし、賢いがたまに頑固だからな。故にどちらに似たのかなとおもってな」
「まぁ!失礼な人ね!」
ネルファンディアは側にあった杖を掴むと、今にも殴りかかりそうな体制をとった。トーリンがとっさに手で顔を庇いながら謝る。
「わかったわかった!謝る!謝る故に殴るな」
「殴りませんとも。お好きな動物を選んでくださいな」
「それはもっと勘弁してくれ」
二人は顔を見合わせ、声を上げて無邪気に笑った。いつまでもこの時が続いてほしいと願ったのは、二人だけではなかった。バーリンははなれ山の方角を見ながら愁いを帯びた表情でガンダルフに呟いた。
「………トーリンは無事に旅を終えられるでしょうか、ガンダルフ殿」
「……わからん。じゃがネルファンディアならば、きっと大丈夫だろう」
「お互いの想いが通じあうこともなく引き裂かれるのだけは避けたいものです」
バーリンはそれを危惧していたが、ガンダルフは違っていた。
「それよりももっと辛いことは、想いが通じ合ってから引き裂かれることじゃ」
限りある命のドワーフ族であるトーリンが、いつかは先に死んでしまうことをネルファンディアは承知しているだろうが、彼はこの旅がいかに彼にとって危険なものなのかは理解していないと踏んでいた。それは死だけではないトーリンという人の人格の死でもあった。竜の病にもしトーリンが罹り、その心が死んでいく姿を見るのは何よりもネルファンディアにとって辛いことだからだ。それ故に、ガンダルフはサルマンに山を取り戻したら即刻に彼女を連れて帰還するようにと言われていた。
けれど、今改めて楽しそうにしている二人を見て、連れ戻すなどという酷なことは到底出来そうもなかった。
────悩んでもしょうがない。あの二人が今同じ時をを精一杯生きていることだけで良しとしよう。
彼はパイプをくゆらせながらため息混じりに割り切ることしかできなかった。