二章、はなれ山の地図【エクステンデッド処理済】
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いつの間にか日は完全に沈み、夜になった。ネルファンディアはトーリンを願い通りエルロンド卿の元へ連れていき、帰ろうとした。すると、突然場の雰囲気が変化した。原因は、トーリンが持っている地図のようだった。彼女は黙って少し離れたところからその様子を見ていた。古ぼけてすっかり色あせてしまった地図には、古代ドワーフ語が書かれていた。その地図をエルロンドに見せるか見せないかでトーリンとバーリン、そしてガンダルフが揉めていた。
「なりませぬ、トーリン。この地図は我らが家宝!」
「じゃがこの地図はエルロンド卿にしか読めぬ!」
「エルフに渡すのは嫌だ!死んでも断る」
エルフを毛嫌いするドワーフたちは地図を死守していた。そんなに大切な地図ならば、少し見てみたいという思いに駆られ、ネルファンディアはトーリンに吸い寄せられるように近づいた。
「………それは何?」
「地図だ。エレボールのな」
「見せてくださるかしら」
「なっ…………いや………それは……」
流石のトーリンも地図を渡すことには躊躇った。彼女は彼の目を見て頼み込んだ。
「お願い、力になりたいの」
「………分かった。」
トーリンはしぶしぶ地図を彼女に手渡した。
ネルファンディアは地図の全容を見て、何かが欠けていることにすぐに気付いた。
─────まだ内容が足りない。
彼が横で心配そうにネルファンディアの顔を眺めている。不意に、彼女はその地図から月光の力を感じた。試しに地図を月明かりにかざして見ると、余白の部分に月文字が浮かび上がった。トーリンたちは息を飲んだ。
「なるほどな、そりゃあ見つからんわい」
ガンダルフはつくづくサルマンの娘だけあって、様々な文献に精通しているのだなと感心した。トーリンは月明かりに照らし出された地図ではなく、ネルファンディアの美しい横顔にしばしば見とれていたが、我にかえって内容を尋ねた。
「………何と書いてある?」
「うっすらとしか見えませんが、どうやらこれは月明かりに照らし出された時のみに読むことが出来る特別なインクで書かれたもののようです。エルロンド卿、私を月の間へ案内してくださりませんか?」
「ああ、いいだろう」
エルロンドは頷くと、一同を月の間へと案内した。
月の間は滝の外に張り出しており、その切り立った部分に水晶で出来た台座があった。月明かりを受けて光っているその台に、ネルファンディアはエレボールの地図を置いた。すると、先程よりも台座のお陰で強い光を集められたので、今度はくっきりとその文字が浮かび上がった。彼女は静かに朗読した。
「────ツグミが叩く時に、黒き岩の側に立て。ドゥリンの日の沈む最後の日の明かりが、鍵穴に差し入るを見よ。
と書いてあるわ、トーリン王子。」
彼女が読み終わると、横にいたバーリンが喜びの声をあげた。
「やりましたぞ、トーリン!これでエレボールを取り戻せます!」
「ドゥリンの日まではもうわずかしかない。急がねば」
喜ぶ二人と正反対に、エルロンドはしかめ面をした。
「やはり、はなれ山を取り戻そうとしているのか。………やめておけ、ろくなことは無い」
「何故止めるのです?エルロンド卿」
いつもなら誰かの考えを曲げようとしたりしないエルロンドにネルファンディアは疑問を抱いた。彼は苦々しい表情で答えた。
「竜───スマウグの話は知っておろう」
「ええ、黄金の好きな竜ですよね」
「奴が今はエレボールの主だ。」
彼に説明されて初めて、ネルファンディアはエレボール奪還の理由とその危険さを知った。そして、図らずともその方法を教えてしまった自分自身に後悔した。
エルロンドがガンダルフを連れていってしまい、バーリンも仲間の元へ戻った後、トーリンとネルファンディアは滝の見える美しい東屋で時を過ごした。故郷を取り戻す期日に焦るトーリンを、彼女は優しく諭した。
「ドゥリンの日まではもう時間が無い。早く向かわなくては………」
「トーリン王子、きっと大丈夫です。あなたがここに来たのは運命の導き。あの月文字は、決まった日の決まった月明かりでしか読めないものなのです。今日が偶然その日だったということは、あなたの旅は祝福されたものだという証拠ですよ」
「姫……」
トーリンは思わずその話の流れで、貴女とこうして出会ったのも運命なのか、と口にしてしまいそうになった。しかし、彼は既に決めていた。
「夜明けには、ここを密かに発つ」
「誰にもその意志を曲げることは出来ませんか」
トーリンは静かに首を縦に振った。その固い決意を知ったネルファンディアは、危険な旅であることを承知で出発する彼に、ただ"加護があらんことを"としか言うことができなかった。
ネルファンディアと別れの挨拶をしてから、トーリンは後ろ髪を引かれる思いを振りきるように回廊を歩いていた。すると、柱の影から威厳溢れる声が聞こえてきた。
「────白がね山の偉大なる王の子息、トーリン・オーケンシールド王子よ」
抗うことのできないその声の主が、姿を現した。白いローブに気難しげなしわの寄った顔。サルマンだった。トーリンは苦手な類いの男に呼び止められたと思い、顔をしかめた。
わしも嫌いじゃわと思いながらも、白の賢者は淡々と用件を告げた。
「単刀直入に言おう。……エレボールへどうしても行くというのなら、夜明けと共にここを去れ」
「……理由をお聞かせ願おう」
「娘を巻き込みたくない。これ以上長居され、旅に出るなどという変な気でも起こされたら、父親として堪ったものではない」
トーリンはため息をついて、ガンダルフよりもずっと背の高いサルマンを見上げた。
「私が見初めたことが、気に入らぬと?」
トーリンは当然だ、と言われると思った。だが、サルマンの答えは意外なものだった。
「────娘を気に入って頂けるのは、親として嬉しい。じゃが、貴殿にはまだ責任が足りん。真にあの子を寵愛したいと思うておるなら、然るべき場所に戻ってからにして頂きたい」
「つまり、王国を取り戻した暁にであれば娘を差し出すと?賢者であるあなたも、財宝目当ての諸侯と同じか」
ドワーフらしい言い方に、サルマンは鼻で笑った。
「愚鈍な小僧よ。財宝?この白のサルマンであるわしが、そのようなものを欲するとでも思うたか?この愚か者、大馬鹿者が。わしが真に望むのは、娘の幸せだけじゃ」
ホビット庄で道に迷うところからやり直してくるがいい、と続けようとしてサルマンは口を閉じた。彼もただの嫌味を言う老人ではない。賢者は相手の出方をじっと待った。トーリンが目を閉じながら答えた。
「……賢者殿の願いは、よくわかった。だが、一つだけ聞いておきたい。何ゆえドワーフ嫌いのあなたが、私が姫を慕うことを咎めない」
サルマンはなかなか鋭いところを突いてくる男だと感心しながら、表情では平静を装った。
「わしも、娘には甘いということよ」
そしてその言葉を置いて、サルマンは去っていってしまった。残されたトーリンは、賢者の伝えたいことは一体どういう意味なのかがさっぱり読めず、首をかしげてその背を見送ることしかできなかった。
ドワーフ一行が発ったことを、召集されたエルロンドら白の会議のメンバーが知ったのは、既に朝日に空が白みはじめた頃だった。 驚くエルロンドを除き、サルマンとガンダルフ、そしてガラドリエルは予期していたかのように頷くのだった。
「なりませぬ、トーリン。この地図は我らが家宝!」
「じゃがこの地図はエルロンド卿にしか読めぬ!」
「エルフに渡すのは嫌だ!死んでも断る」
エルフを毛嫌いするドワーフたちは地図を死守していた。そんなに大切な地図ならば、少し見てみたいという思いに駆られ、ネルファンディアはトーリンに吸い寄せられるように近づいた。
「………それは何?」
「地図だ。エレボールのな」
「見せてくださるかしら」
「なっ…………いや………それは……」
流石のトーリンも地図を渡すことには躊躇った。彼女は彼の目を見て頼み込んだ。
「お願い、力になりたいの」
「………分かった。」
トーリンはしぶしぶ地図を彼女に手渡した。
ネルファンディアは地図の全容を見て、何かが欠けていることにすぐに気付いた。
─────まだ内容が足りない。
彼が横で心配そうにネルファンディアの顔を眺めている。不意に、彼女はその地図から月光の力を感じた。試しに地図を月明かりにかざして見ると、余白の部分に月文字が浮かび上がった。トーリンたちは息を飲んだ。
「なるほどな、そりゃあ見つからんわい」
ガンダルフはつくづくサルマンの娘だけあって、様々な文献に精通しているのだなと感心した。トーリンは月明かりに照らし出された地図ではなく、ネルファンディアの美しい横顔にしばしば見とれていたが、我にかえって内容を尋ねた。
「………何と書いてある?」
「うっすらとしか見えませんが、どうやらこれは月明かりに照らし出された時のみに読むことが出来る特別なインクで書かれたもののようです。エルロンド卿、私を月の間へ案内してくださりませんか?」
「ああ、いいだろう」
エルロンドは頷くと、一同を月の間へと案内した。
月の間は滝の外に張り出しており、その切り立った部分に水晶で出来た台座があった。月明かりを受けて光っているその台に、ネルファンディアはエレボールの地図を置いた。すると、先程よりも台座のお陰で強い光を集められたので、今度はくっきりとその文字が浮かび上がった。彼女は静かに朗読した。
「────ツグミが叩く時に、黒き岩の側に立て。ドゥリンの日の沈む最後の日の明かりが、鍵穴に差し入るを見よ。
と書いてあるわ、トーリン王子。」
彼女が読み終わると、横にいたバーリンが喜びの声をあげた。
「やりましたぞ、トーリン!これでエレボールを取り戻せます!」
「ドゥリンの日まではもうわずかしかない。急がねば」
喜ぶ二人と正反対に、エルロンドはしかめ面をした。
「やはり、はなれ山を取り戻そうとしているのか。………やめておけ、ろくなことは無い」
「何故止めるのです?エルロンド卿」
いつもなら誰かの考えを曲げようとしたりしないエルロンドにネルファンディアは疑問を抱いた。彼は苦々しい表情で答えた。
「竜───スマウグの話は知っておろう」
「ええ、黄金の好きな竜ですよね」
「奴が今はエレボールの主だ。」
彼に説明されて初めて、ネルファンディアはエレボール奪還の理由とその危険さを知った。そして、図らずともその方法を教えてしまった自分自身に後悔した。
エルロンドがガンダルフを連れていってしまい、バーリンも仲間の元へ戻った後、トーリンとネルファンディアは滝の見える美しい東屋で時を過ごした。故郷を取り戻す期日に焦るトーリンを、彼女は優しく諭した。
「ドゥリンの日まではもう時間が無い。早く向かわなくては………」
「トーリン王子、きっと大丈夫です。あなたがここに来たのは運命の導き。あの月文字は、決まった日の決まった月明かりでしか読めないものなのです。今日が偶然その日だったということは、あなたの旅は祝福されたものだという証拠ですよ」
「姫……」
トーリンは思わずその話の流れで、貴女とこうして出会ったのも運命なのか、と口にしてしまいそうになった。しかし、彼は既に決めていた。
「夜明けには、ここを密かに発つ」
「誰にもその意志を曲げることは出来ませんか」
トーリンは静かに首を縦に振った。その固い決意を知ったネルファンディアは、危険な旅であることを承知で出発する彼に、ただ"加護があらんことを"としか言うことができなかった。
ネルファンディアと別れの挨拶をしてから、トーリンは後ろ髪を引かれる思いを振りきるように回廊を歩いていた。すると、柱の影から威厳溢れる声が聞こえてきた。
「────白がね山の偉大なる王の子息、トーリン・オーケンシールド王子よ」
抗うことのできないその声の主が、姿を現した。白いローブに気難しげなしわの寄った顔。サルマンだった。トーリンは苦手な類いの男に呼び止められたと思い、顔をしかめた。
わしも嫌いじゃわと思いながらも、白の賢者は淡々と用件を告げた。
「単刀直入に言おう。……エレボールへどうしても行くというのなら、夜明けと共にここを去れ」
「……理由をお聞かせ願おう」
「娘を巻き込みたくない。これ以上長居され、旅に出るなどという変な気でも起こされたら、父親として堪ったものではない」
トーリンはため息をついて、ガンダルフよりもずっと背の高いサルマンを見上げた。
「私が見初めたことが、気に入らぬと?」
トーリンは当然だ、と言われると思った。だが、サルマンの答えは意外なものだった。
「────娘を気に入って頂けるのは、親として嬉しい。じゃが、貴殿にはまだ責任が足りん。真にあの子を寵愛したいと思うておるなら、然るべき場所に戻ってからにして頂きたい」
「つまり、王国を取り戻した暁にであれば娘を差し出すと?賢者であるあなたも、財宝目当ての諸侯と同じか」
ドワーフらしい言い方に、サルマンは鼻で笑った。
「愚鈍な小僧よ。財宝?この白のサルマンであるわしが、そのようなものを欲するとでも思うたか?この愚か者、大馬鹿者が。わしが真に望むのは、娘の幸せだけじゃ」
ホビット庄で道に迷うところからやり直してくるがいい、と続けようとしてサルマンは口を閉じた。彼もただの嫌味を言う老人ではない。賢者は相手の出方をじっと待った。トーリンが目を閉じながら答えた。
「……賢者殿の願いは、よくわかった。だが、一つだけ聞いておきたい。何ゆえドワーフ嫌いのあなたが、私が姫を慕うことを咎めない」
サルマンはなかなか鋭いところを突いてくる男だと感心しながら、表情では平静を装った。
「わしも、娘には甘いということよ」
そしてその言葉を置いて、サルマンは去っていってしまった。残されたトーリンは、賢者の伝えたいことは一体どういう意味なのかがさっぱり読めず、首をかしげてその背を見送ることしかできなかった。
ドワーフ一行が発ったことを、召集されたエルロンドら白の会議のメンバーが知ったのは、既に朝日に空が白みはじめた頃だった。 驚くエルロンドを除き、サルマンとガンダルフ、そしてガラドリエルは予期していたかのように頷くのだった。