待ち人
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海。それはトーリンにとって珍しいものだった。ずっと山に囲まれて生きてきた彼は、恐らく生まれて初めて、ここマンドスの館で海を目にした。
さざ波の音が寄せては退いていく。彼は目を細めて砂浜に座った。この海は、ネルファンディアの居る場所へと続いているのだろうか。それとも全く別なる場所への入り口なのか。そもそも自分はここに来てからどれだけ待っているのだろうか。
父スラインと祖父スロール、更には母と弟のフレリンに会えたことは嬉しいことだ。だが、彼が逢いたい人はここにはまだ来ない。いや、来てはいけない。
そんなことを考えていると、突然隣に誰かが佇んだ。顔を上げると、ネルファンディアにそっくりな白銀の髪をした女性が居るではないか。一瞬トーリンはネルファンディアかと思ったが、よく見ると髪にはウェーブがかかっており、耳は尖っている。
エルフか。トーリンは立ち去ろうとした。だが、その人の方から声をかけてきた。
「────初めまして、ドワーフの方」
「……どうも」
トーリンは渋々再び座った。隣に行ってもいいかとも聞かず、その女性は彼の隣に座った。近くで見れば見るほど、その人はネルファンディアにそっくりだった。まるで────
「あなたは、誰かを待っているの?」
突然の質問に驚いたが、トーリンは静かに頷いた。女性は笑った。
「あなたもなのね。私も待っているの。ずっと……そうね、だいたい3000年くらいは待っているわ」
「そんなに待つ人とは、誰なのですか」
女性は哀しそうに微笑むと、水平線にネルファンディアと同じ色の目を向けて話し始めた。
「……夫と娘を待っているの。今は中つ国に居るわ。あなたの待ち人は?」
「私の待ち人は……」
アーケン石のように透き通った白銀の髪、無邪気に笑う口許、深く沈んだ蒼い瞳。抱き締めればいつも温かかったあの人。
「……中つ国に居る」
「そう。……あなたにとって、どんな人なの?」
どういう存在だったのか。そう言われるとトーリンは返答に困った。ネルファンディアは彼にとって、一言では言い表せない人だったからだ。いつでも共に戦い、笑い、泣いて、怒った。同時に様々な物事の師匠でもあった。そして何より、生涯で唯一、伴侶にしたいと思った恋人だった。
「戦友……いや、親友でもあり、師でもあり……恋人だった」
「へぇ……私は娘が物心付き始めた頃に死んだから、娘に貴方みたいな素敵な恋人が出来ていたらいいのになって、今思ったわ」
トーリンは笑った。今度は彼が質問をする番だ。
「……あなたの夫と娘は、どんな人でしたか?」
「そうねぇ……夫はとても頭の固い人だったけど、私のことを愛してくれていた。私のことをあれだけ理解できている人は、恐らくあの人以外には居ないと思う」
懐かしいあの人。千年以上の別離を経てようやく飛び込むことが出来た胸は、とても温かな場所だった。この人と一緒に、ずっと生涯を過ごしたい。
「あの人は、ずっと独りだった。誤解されて、傷ついて、いつも寂しい背中をしていた」
「……なら、その人はきっと幸せだ」
「どうして?」
トーリンはそう言って立ち上がった。きょとんとするエルフに、彼は微かに笑った。
「今は、あなたと娘さんが居るからな」
エルフは少し考えると、納得したように頷いた。そしてトーリンの背中に向かって呟いた。
「ありがとう、ドワーフの方」
その声は潮の満ち引きの音にかき消された。トーリンが去った後、エルフは立ち上がって砂を払った。
「────まだ来ちゃダメよ、クルニーア」
彼女────エルミラエルは砂浜から貝殻を一つ拾い上げ、手のひらに乗せて歩き始めた。
あと何個の貝殻を集めたら、あの人に会えるのかしら。
波の音が響く。エルミラエルは愛する人の髪色によく似た白い貝殻を撫でながら、哀しげに微笑むのだった。
さざ波の音が寄せては退いていく。彼は目を細めて砂浜に座った。この海は、ネルファンディアの居る場所へと続いているのだろうか。それとも全く別なる場所への入り口なのか。そもそも自分はここに来てからどれだけ待っているのだろうか。
父スラインと祖父スロール、更には母と弟のフレリンに会えたことは嬉しいことだ。だが、彼が逢いたい人はここにはまだ来ない。いや、来てはいけない。
そんなことを考えていると、突然隣に誰かが佇んだ。顔を上げると、ネルファンディアにそっくりな白銀の髪をした女性が居るではないか。一瞬トーリンはネルファンディアかと思ったが、よく見ると髪にはウェーブがかかっており、耳は尖っている。
エルフか。トーリンは立ち去ろうとした。だが、その人の方から声をかけてきた。
「────初めまして、ドワーフの方」
「……どうも」
トーリンは渋々再び座った。隣に行ってもいいかとも聞かず、その女性は彼の隣に座った。近くで見れば見るほど、その人はネルファンディアにそっくりだった。まるで────
「あなたは、誰かを待っているの?」
突然の質問に驚いたが、トーリンは静かに頷いた。女性は笑った。
「あなたもなのね。私も待っているの。ずっと……そうね、だいたい3000年くらいは待っているわ」
「そんなに待つ人とは、誰なのですか」
女性は哀しそうに微笑むと、水平線にネルファンディアと同じ色の目を向けて話し始めた。
「……夫と娘を待っているの。今は中つ国に居るわ。あなたの待ち人は?」
「私の待ち人は……」
アーケン石のように透き通った白銀の髪、無邪気に笑う口許、深く沈んだ蒼い瞳。抱き締めればいつも温かかったあの人。
「……中つ国に居る」
「そう。……あなたにとって、どんな人なの?」
どういう存在だったのか。そう言われるとトーリンは返答に困った。ネルファンディアは彼にとって、一言では言い表せない人だったからだ。いつでも共に戦い、笑い、泣いて、怒った。同時に様々な物事の師匠でもあった。そして何より、生涯で唯一、伴侶にしたいと思った恋人だった。
「戦友……いや、親友でもあり、師でもあり……恋人だった」
「へぇ……私は娘が物心付き始めた頃に死んだから、娘に貴方みたいな素敵な恋人が出来ていたらいいのになって、今思ったわ」
トーリンは笑った。今度は彼が質問をする番だ。
「……あなたの夫と娘は、どんな人でしたか?」
「そうねぇ……夫はとても頭の固い人だったけど、私のことを愛してくれていた。私のことをあれだけ理解できている人は、恐らくあの人以外には居ないと思う」
懐かしいあの人。千年以上の別離を経てようやく飛び込むことが出来た胸は、とても温かな場所だった。この人と一緒に、ずっと生涯を過ごしたい。
「あの人は、ずっと独りだった。誤解されて、傷ついて、いつも寂しい背中をしていた」
「……なら、その人はきっと幸せだ」
「どうして?」
トーリンはそう言って立ち上がった。きょとんとするエルフに、彼は微かに笑った。
「今は、あなたと娘さんが居るからな」
エルフは少し考えると、納得したように頷いた。そしてトーリンの背中に向かって呟いた。
「ありがとう、ドワーフの方」
その声は潮の満ち引きの音にかき消された。トーリンが去った後、エルフは立ち上がって砂を払った。
「────まだ来ちゃダメよ、クルニーア」
彼女────エルミラエルは砂浜から貝殻を一つ拾い上げ、手のひらに乗せて歩き始めた。
あと何個の貝殻を集めたら、あの人に会えるのかしら。
波の音が響く。エルミラエルは愛する人の髪色によく似た白い貝殻を撫でながら、哀しげに微笑むのだった。
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