二章、距離は遠く 想いは近く
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エレボールには既に雪が降っており、ネルファンディアが外に出る頃には身を切るような寒さに、体を縮めて歩かなければいけない程だった。
「………振り返らないんだから、もう」
段々と吹雪に変わる、方向すら分からない白い世界の中で、ネルファンディアが考えるのはかならずトーリンのことだった。思い出せば思い出すほど、こんな別れ方はしたくなかったと後悔の念が彼女を襲った。そしてそれは過去の後悔にまで遡りだす。
あの時、彼の唇に自分の想いを重ねなければ良かったのか。あの時、彼の想いに気づいていなければ。あの時、その手の温もりを知らなければ。
そして、あの時出会っていなければ。
「…………出会っていなければ、良かったのに………!!!」
想いの逡巡に疲れたネルファンディアは、その場に座り込んだ。流す涙は既に愛想を尽かしており、ただやり場のないその悲しみとやるせなさは、地面に降り積もった雪を両手で握っては地面にまた叩きつけるという方法でしか表すことが出来なかった。それから表すことさえ諦めてしまった彼女は、雪のせいで灰色に染まった空を仰いで、呟いた。
「─────あなたを忘れる魔法を、教えて下さい……」
「物忘れの魔法など使うものではないぞ、ネルファンディア」
声のする方を振り向くと、懐かしい人物が立っていた。彼女はすぐに駆け寄ると、そのまま抱きついた。
「────ガンダルフ…………トーリンが…………」
「竜の病、か」
彼は眉をひそめてやはりなというように頷いた。
「そうです。今のあの人はあの人ではありません。早く皆に説明しなければ。」
「もう遅いんじゃよ、ネルファンディア」
「ですが!」
ネルファンディアはふらつく足元を気にも留めず、人々が仮宿としているデールの街の廃墟へ歩き始めた。ガンダルフはため息をつくと、静かに現実を突きつけた。
「─────スランドゥイルがエレボールに総攻撃を仕掛ける。」
「彼が?エルフまでもがこの黄金を巡って愚かな戦いに参加するのですか?」
「奴らだけではない。グンダバドのアゾグ率いるオークたちがやって来て、一網打尽にする気じゃ。ここは戦場となろう」
それを聞いた彼女の心に一筋の良心が差し込んだ。だが、どうせ知らせてもありがちな皮肉で返されるだけだと思った彼女は、エレボールに向いていた足を再び何も無かったかのようにデールへと向けた。
「………どちらにせよ、今の状況を説得でき、止められるのはお主だけじゃろう。わしの言うことはまったく聞いてもらえんかった。あの阿呆エルフに聞く耳を持ってもらおうと思うなら魔法使いでは駄目じゃ。」
「私も魔法使いです」
「いいや、違う。お主の身体の半分には、奴が思う"高貴な上方エルフの血"、そしてもう半分には白の賢者の血が流れておる。お主の言うことならば少しは耳を貸すじゃろうて。」
「………上方エルフでも、心が汚れている者もいるはずです。しかし、状況はわかりました。お手伝いさせていただきます、ガンダルフ」
ネルファンディアは、自分の複雑な生い立ちを利用して交渉することは初めての経験だったので少々戸惑ったが、陣地へ着く頃にはいつもの落ち着きを取り戻していた。
バルドは外がやけに騒がしいことに気が付き、何かと思って外へ出た。
「わぁ………なんて美しい方だ……」
「エルフか?」
「いいや違う。耳が尖ってないぞ」
「でも人間にしちゃあ、変わった杖を持ってらっしゃる」
「魔法使いか?」
「いや、俺が聞いた魔法使いにはこんな綺麗なのは居ねぇぞ」
外に出たバルドは言葉を失った。なんとエレボールへ行ったはずのネルファンディアが居るのだから。
「な、何をしておられる!?トーリン王子一行に付いていったのでは?」
「色々ありまして、アイゼンガルドへ戻る途中です。それよりも、あなたが手を組んだ眉毛の濃いエルフ王と話があります」
「余のことをそう呼ぶのはそなたの父と母だけだったが、どうも悪い癖が写ってしまったようだな。ネルファンディア」
スランドゥイルもそれを聞きつけて陣から姿を現した。ネルファンディアは彼の元へ近寄ると、はっきりと告げた。
「今すぐ兵をエレボールへ。」
「な、何!?ネルファンディア、お主は戦いを止めるために説得したいと言っておったのではないのか?」
これには流石のガンダルフも驚いた。彼はネルファンディアが戦いを止めるために説明と説得をするとばかり思っていたのだ。彼女は続ける。
「トーリン・オーケンシールド王子は既に竜の病に冒されておいでです。従って、聞く耳は既に持っていないと思われます。ですが、彼は戦争をするにしてもたった13人程度の兵力しか持ち合わせていません。あの愚かな王子を思い知らせてやれるのはあなたの兵隊のみです。」
「…………つまり、余にエレボールを攻め落とせと?」
「攻め落とすのではありません。降伏させるだけで結構です。さすれば彼も目を覚ますでしょう」
あまりに淡々と語るネルファンディアのことが心配になったガンダルフは彼女に尋ねた。
「………トーリンと何かあったのか?」
「いいえ、何も。ただこのままではトーリンの命令で仲間が死んでしまいます。それだけは避けたいのです……」
痛々しげに顔を背ける彼女の言葉の裏に、彼ははっきりと何かがあったことを感じ取った。しかし、あえて語らぬ者からは無理に聞き出さない主義の彼は、それ以上追求することはしなかった。
その日の夕暮れ前に、ネルファンディアはトーリンと初めてであった時に乗っていた馬を呼び寄せ、そのまま引き止める声も聞かずに去ることとなった。
「アイゼンガルドではお父上が大変お怒りだと思うが良い、ネルファンディアよ」
ガンダルフはネルファンディアの愛馬、レヴァナントの頭を撫でながら言った。
「覚悟の上です。………さようなら、ガンダルフ。決して楽しいと言えない旅でしたが、私にとっては一生で一度きりの体験でした。」
彼女はエレボールを肩越しに見ると、そのまま空を見上げ、目を細めた。無理なこと分かってはいるのに、いつかまた元に戻ったトーリンと再会できることを願ってしまう自分を心の中で笑いながらも、彼女はまだ彼を愛していることにまた気付かされた。その度に彼を見捨てたという罪の意識に苛まれる辛さから逃れたいがために、エレボールから逃げ帰るような気がして、ネルファンディアは自分の選択は本当に正しかったのだろうかと悩んだ。
アイゼンガルドへの道は、エスガロスを南下し、ローハンを抜ければすぐそこだった。かなりの遠さだが、今の彼女は呆然とただ馬上で何も考えずにひたすら景色を眺めている方が良かった。だが、一刻も早く帰りたいと思う気持ちとは裏腹に、珍しくのろのろと歩くレヴァナントが気になり、彼女は馬から降りた。
「何やってるの、レヴァナント。早く走ってアイゼンガルドへ帰らなきゃ。ここは5軍が衝突する戦になるのだから」
しかしこの、人の言葉を介する馬は首を横に振るばかりでなかなか先に進まない。既に朝と言うのに、まだエレボールが見えるし、縦の湖にさえ着いていない。彼女はため息をつくと、無理にこの馬を走らせた。渋々主人の言うことを聞いたこの白馬は、気だるそうに走り始め、あっという間に彼女はエスガロスの湖の岸を遠回りしつつも渡りきった。
───本当は、彼が今すぐに追いついてくれて、仲直りをして、ずっと一緒に暮らして欲しいと言ってくるのを待っているんだわ、私。
ネルファンディアは自分の淡い期待がまだ消えていないことに気づいていた。そしてこの駿馬はそのことを知っていた。だからなかなか走り出さなかったのだ。ネルファンディアがレヴァナントの頭を撫でてやろうと手を伸ばした時だった。彼女の背中の方向───エレボールから角笛の音が響き渡った。彼女は馬を止めると、神妙な顔つきでエレボールの頂を見守った。
ふと、誰かの気配に気が付いたネルファンディアが振り返ると、そこには珍しく馬に乗った父の姿があった。
「────開戦したの?」
「ああ、そうじゃ。早く帰ろう。お主を迎えに来たところだ」
早くこちらに来いと言いたげな顔をする父に、懐かしさと喜びを覚えたネルファンディアはすぐに駆け寄りたい気分になった。けれど、エレボールを気にかけないようにすることは出来なかった。ため息をついたサルマンはこう言った。
「………負ける。今や竜の病を脱し、勇敢に戦っておるトーリン王子たちも、あそこにいる5軍皆負ける」
「どうしてですか?何故、分かるのですか?教えて下さい!お父様!」
馬上から降りたサルマンに、彼女は詰め寄ると、真剣な眼差しで尋ねた。彼は烏ヶ丘の方に目をやると、吐き捨てるように答えた。
「北からアゾグの息子のボルグ率いる新手の援軍がわんさかやってくるのを見たものがおる。………烏ヶ丘を目指して、な」
「そんな。トーリンが………彼が死んでしまう!」
「いずれは死すべき定めであろうに。今更何を申すか。永久の命を保証されておったそなたの母でさえも命を落としたのだ。ドワーフなど尚更のこと」
「それでも…………」
そんなの、おかしい。
彼女は拳を握りしめ、地面を睨みつけた。トーリンは戦っている。なのに、守ると約束した自分は今、ここにいる。
「死んでもいい命なんて、どこにもないわ。お父様」
次に父を見上げたネルファンディアの表情は驚くほどしっかりしており、彼はこの旅がいかに娘を変えたのかを悟った。彼女はレヴァナントの背中に飛び乗ると、エレボールに向きを戻して走らせた。風の馬と呼ばれているこの馬はあっという間に目を見張るほど加速し、来た道を颯爽と戻り始めた。
そんな娘の背中を見ながらサルマンは目を細め、悲しげな表情をした。
「…………全く。お前と似ておることよ、エルミラエル。………本当に。」
彼はかつて何より愛していた妻の名前を愛おしそうに呟くと、南からラダガストが呼んだグアイヒアを待つことにした。
「………振り返らないんだから、もう」
段々と吹雪に変わる、方向すら分からない白い世界の中で、ネルファンディアが考えるのはかならずトーリンのことだった。思い出せば思い出すほど、こんな別れ方はしたくなかったと後悔の念が彼女を襲った。そしてそれは過去の後悔にまで遡りだす。
あの時、彼の唇に自分の想いを重ねなければ良かったのか。あの時、彼の想いに気づいていなければ。あの時、その手の温もりを知らなければ。
そして、あの時出会っていなければ。
「…………出会っていなければ、良かったのに………!!!」
想いの逡巡に疲れたネルファンディアは、その場に座り込んだ。流す涙は既に愛想を尽かしており、ただやり場のないその悲しみとやるせなさは、地面に降り積もった雪を両手で握っては地面にまた叩きつけるという方法でしか表すことが出来なかった。それから表すことさえ諦めてしまった彼女は、雪のせいで灰色に染まった空を仰いで、呟いた。
「─────あなたを忘れる魔法を、教えて下さい……」
「物忘れの魔法など使うものではないぞ、ネルファンディア」
声のする方を振り向くと、懐かしい人物が立っていた。彼女はすぐに駆け寄ると、そのまま抱きついた。
「────ガンダルフ…………トーリンが…………」
「竜の病、か」
彼は眉をひそめてやはりなというように頷いた。
「そうです。今のあの人はあの人ではありません。早く皆に説明しなければ。」
「もう遅いんじゃよ、ネルファンディア」
「ですが!」
ネルファンディアはふらつく足元を気にも留めず、人々が仮宿としているデールの街の廃墟へ歩き始めた。ガンダルフはため息をつくと、静かに現実を突きつけた。
「─────スランドゥイルがエレボールに総攻撃を仕掛ける。」
「彼が?エルフまでもがこの黄金を巡って愚かな戦いに参加するのですか?」
「奴らだけではない。グンダバドのアゾグ率いるオークたちがやって来て、一網打尽にする気じゃ。ここは戦場となろう」
それを聞いた彼女の心に一筋の良心が差し込んだ。だが、どうせ知らせてもありがちな皮肉で返されるだけだと思った彼女は、エレボールに向いていた足を再び何も無かったかのようにデールへと向けた。
「………どちらにせよ、今の状況を説得でき、止められるのはお主だけじゃろう。わしの言うことはまったく聞いてもらえんかった。あの阿呆エルフに聞く耳を持ってもらおうと思うなら魔法使いでは駄目じゃ。」
「私も魔法使いです」
「いいや、違う。お主の身体の半分には、奴が思う"高貴な上方エルフの血"、そしてもう半分には白の賢者の血が流れておる。お主の言うことならば少しは耳を貸すじゃろうて。」
「………上方エルフでも、心が汚れている者もいるはずです。しかし、状況はわかりました。お手伝いさせていただきます、ガンダルフ」
ネルファンディアは、自分の複雑な生い立ちを利用して交渉することは初めての経験だったので少々戸惑ったが、陣地へ着く頃にはいつもの落ち着きを取り戻していた。
バルドは外がやけに騒がしいことに気が付き、何かと思って外へ出た。
「わぁ………なんて美しい方だ……」
「エルフか?」
「いいや違う。耳が尖ってないぞ」
「でも人間にしちゃあ、変わった杖を持ってらっしゃる」
「魔法使いか?」
「いや、俺が聞いた魔法使いにはこんな綺麗なのは居ねぇぞ」
外に出たバルドは言葉を失った。なんとエレボールへ行ったはずのネルファンディアが居るのだから。
「な、何をしておられる!?トーリン王子一行に付いていったのでは?」
「色々ありまして、アイゼンガルドへ戻る途中です。それよりも、あなたが手を組んだ眉毛の濃いエルフ王と話があります」
「余のことをそう呼ぶのはそなたの父と母だけだったが、どうも悪い癖が写ってしまったようだな。ネルファンディア」
スランドゥイルもそれを聞きつけて陣から姿を現した。ネルファンディアは彼の元へ近寄ると、はっきりと告げた。
「今すぐ兵をエレボールへ。」
「な、何!?ネルファンディア、お主は戦いを止めるために説得したいと言っておったのではないのか?」
これには流石のガンダルフも驚いた。彼はネルファンディアが戦いを止めるために説明と説得をするとばかり思っていたのだ。彼女は続ける。
「トーリン・オーケンシールド王子は既に竜の病に冒されておいでです。従って、聞く耳は既に持っていないと思われます。ですが、彼は戦争をするにしてもたった13人程度の兵力しか持ち合わせていません。あの愚かな王子を思い知らせてやれるのはあなたの兵隊のみです。」
「…………つまり、余にエレボールを攻め落とせと?」
「攻め落とすのではありません。降伏させるだけで結構です。さすれば彼も目を覚ますでしょう」
あまりに淡々と語るネルファンディアのことが心配になったガンダルフは彼女に尋ねた。
「………トーリンと何かあったのか?」
「いいえ、何も。ただこのままではトーリンの命令で仲間が死んでしまいます。それだけは避けたいのです……」
痛々しげに顔を背ける彼女の言葉の裏に、彼ははっきりと何かがあったことを感じ取った。しかし、あえて語らぬ者からは無理に聞き出さない主義の彼は、それ以上追求することはしなかった。
その日の夕暮れ前に、ネルファンディアはトーリンと初めてであった時に乗っていた馬を呼び寄せ、そのまま引き止める声も聞かずに去ることとなった。
「アイゼンガルドではお父上が大変お怒りだと思うが良い、ネルファンディアよ」
ガンダルフはネルファンディアの愛馬、レヴァナントの頭を撫でながら言った。
「覚悟の上です。………さようなら、ガンダルフ。決して楽しいと言えない旅でしたが、私にとっては一生で一度きりの体験でした。」
彼女はエレボールを肩越しに見ると、そのまま空を見上げ、目を細めた。無理なこと分かってはいるのに、いつかまた元に戻ったトーリンと再会できることを願ってしまう自分を心の中で笑いながらも、彼女はまだ彼を愛していることにまた気付かされた。その度に彼を見捨てたという罪の意識に苛まれる辛さから逃れたいがために、エレボールから逃げ帰るような気がして、ネルファンディアは自分の選択は本当に正しかったのだろうかと悩んだ。
アイゼンガルドへの道は、エスガロスを南下し、ローハンを抜ければすぐそこだった。かなりの遠さだが、今の彼女は呆然とただ馬上で何も考えずにひたすら景色を眺めている方が良かった。だが、一刻も早く帰りたいと思う気持ちとは裏腹に、珍しくのろのろと歩くレヴァナントが気になり、彼女は馬から降りた。
「何やってるの、レヴァナント。早く走ってアイゼンガルドへ帰らなきゃ。ここは5軍が衝突する戦になるのだから」
しかしこの、人の言葉を介する馬は首を横に振るばかりでなかなか先に進まない。既に朝と言うのに、まだエレボールが見えるし、縦の湖にさえ着いていない。彼女はため息をつくと、無理にこの馬を走らせた。渋々主人の言うことを聞いたこの白馬は、気だるそうに走り始め、あっという間に彼女はエスガロスの湖の岸を遠回りしつつも渡りきった。
───本当は、彼が今すぐに追いついてくれて、仲直りをして、ずっと一緒に暮らして欲しいと言ってくるのを待っているんだわ、私。
ネルファンディアは自分の淡い期待がまだ消えていないことに気づいていた。そしてこの駿馬はそのことを知っていた。だからなかなか走り出さなかったのだ。ネルファンディアがレヴァナントの頭を撫でてやろうと手を伸ばした時だった。彼女の背中の方向───エレボールから角笛の音が響き渡った。彼女は馬を止めると、神妙な顔つきでエレボールの頂を見守った。
ふと、誰かの気配に気が付いたネルファンディアが振り返ると、そこには珍しく馬に乗った父の姿があった。
「────開戦したの?」
「ああ、そうじゃ。早く帰ろう。お主を迎えに来たところだ」
早くこちらに来いと言いたげな顔をする父に、懐かしさと喜びを覚えたネルファンディアはすぐに駆け寄りたい気分になった。けれど、エレボールを気にかけないようにすることは出来なかった。ため息をついたサルマンはこう言った。
「………負ける。今や竜の病を脱し、勇敢に戦っておるトーリン王子たちも、あそこにいる5軍皆負ける」
「どうしてですか?何故、分かるのですか?教えて下さい!お父様!」
馬上から降りたサルマンに、彼女は詰め寄ると、真剣な眼差しで尋ねた。彼は烏ヶ丘の方に目をやると、吐き捨てるように答えた。
「北からアゾグの息子のボルグ率いる新手の援軍がわんさかやってくるのを見たものがおる。………烏ヶ丘を目指して、な」
「そんな。トーリンが………彼が死んでしまう!」
「いずれは死すべき定めであろうに。今更何を申すか。永久の命を保証されておったそなたの母でさえも命を落としたのだ。ドワーフなど尚更のこと」
「それでも…………」
そんなの、おかしい。
彼女は拳を握りしめ、地面を睨みつけた。トーリンは戦っている。なのに、守ると約束した自分は今、ここにいる。
「死んでもいい命なんて、どこにもないわ。お父様」
次に父を見上げたネルファンディアの表情は驚くほどしっかりしており、彼はこの旅がいかに娘を変えたのかを悟った。彼女はレヴァナントの背中に飛び乗ると、エレボールに向きを戻して走らせた。風の馬と呼ばれているこの馬はあっという間に目を見張るほど加速し、来た道を颯爽と戻り始めた。
そんな娘の背中を見ながらサルマンは目を細め、悲しげな表情をした。
「…………全く。お前と似ておることよ、エルミラエル。………本当に。」
彼はかつて何より愛していた妻の名前を愛おしそうに呟くと、南からラダガストが呼んだグアイヒアを待つことにした。