三章、時の拘束
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───ここはどこ。今日は何日。
ネルファンディアは虚ろな眼差しでトーリンの手を掴んだ。
「これ以上進んではだめ………迷うだけだわ」
「迷ったはずがない。そのうちつく」
彼女は幼い頃よくここに来たため、一行が完全に道から逸れていることを知っていた。皆の不安を煽るわけにもいかないため、彼女は声を潜めて話を続けた。
「道から完全に逸れてるわ」
「知っている」
「一体いつ間違えたのかしら…」
「…………たぶん、私が間違えた」
ネルファンディアのぼおっとする頭が一気に冴える。
───トーリンが?道を間違える?
「嘘でしょ?」
「………そのだな。方向感覚は元から苦手で…」
ネルファンディアは呆れたと言わんばかりの声でトーリンに尋ねた。
「今までこんなことは?」
「最近はない。いや……数ヶ月前、旅に出かける前にホビット庄でビルボの家に着くまでに2度迷った。」
彼女は流石に大きなため息をつくことしか出来なかった。完全無欠のように見えるこのドワーフの王子が方向音痴など、一体だれが想像できるだろうか。トーリンは気まずそうに地面を見ることしか出来なかった。
「私、見てくる。たぶん不快じゃない方向が道なんだと思う」
「な………はぐれたらどうするんだ!?」
彼は行かないで欲しいと言うようにネルファンディアの手を掴んだ。この手を振りほどくほど彼女は酷なことは知らなかった。
「大丈夫だよ。………これをあなたに預けるわ」
ネルファンディアはトーリンに首にかけているアメシストで出来たネックレスを手渡した。
「これがあれば、闇の森のエルフたちに出会っても私の知り合いだと言えば分かってくれるはずだから」
「………気を付けて行くがいい」
トーリンは渋々ネックレスを首にかけると、彼女の手を離した。立ち上がったネルファンディアはまるでトーリンが幻影でも見ていたかのように、跡形もなく森の奥深くに消えていった。
ネルファンディアは焦っていた。
───早くトーリンたちに道を見つけてあげないと……この森は危険だわ
自分の勘を信じて崖も斜面も問わず上に上に進み続けていると、ようやく空気が重苦しくない場所に上がった。そして、更に斜面を上がるとすっかり土だらけになった彼女の目の前にエルフの道が現れた。彼女は疲労感も忘れて歓喜の声を上げた。
「着いたわ!帰ってきた……」
しかし道は見つかったが、肝心のドワーフたちをどうやってここまで連れてくるかが問題だった。彼女は道の中央に座りながら杖にもたれかかって考えた。すると、目の前に一人の金髪の弓を構えたエルフが現れた。彼は怪訝そうな表情でネルファンディアを見ると、数分置いてあっと叫んだ。
「ネルファンディアか?」
「あ…………レゴラス!」
「ひどい顔だから一瞬誰か分からなかったよ」
ネルファンディアは幼馴染のエルフの王子にため息をつくと、疲れ果てた動きで立ち上がった。
「相変わらずその失礼な口は治ってないのね」
「君こそ、変わってない」
レゴラスはそう言っているが、なにやら警戒しているようで弓に手をかけたままついてくるようにとネルファンディアに指示した。彼は何故普段と違う格好でここを訪れたのかと尋ねた。もちろん、彼女は返事に困った。
「ええと………どうしてもここを通らなきゃいけない人がいるんだけど、同行しているうちに道に迷ったの。」
「ふぅん………誰だい、その人は」
「え………」
レゴラスはこの慣れ親しんだ幼馴染が何か隠していることをすぐに見抜いた。そしてその理由はすぐに判明した。
「レゴラス様!蜘蛛たちが暴れていたところ、駆除しました。それと……」
「何だ」
「ドワーフたちがいます」
「なんだと?」
一人の護衛のエルフがレゴラスにそう報告した。ネルファンディアはすぐにでもトーリンの安否を確かめたいと思い、慌ててレゴラスたちを追った。
「君の同行者は、ドワーフだね」
「………そうね」
レゴラスは道であった時よりも厳しい眼差しでネルファンディアを見た。ドワーフのことを嫌うのはサルマン以上であるレゴラス親子には、今のトーリンたちは邪魔でしかない。彼女は息を飲んで彼のあとをついて行くしかなかった。
エルフたちの元へたどり着くと、トーリンたちが拘束されていた。武器を取られ、無防備な彼らにネルファンディアは近寄って1人ずつ安否を確かめた。彼女は敢えてトーリンを最後に回すと、声をひそめて気遣った。
「トーリン……無事だったのね」
「ビルボが助けてくれた。今頃どこかに潜んでいる。」
「そう………スランドゥイル王と王子のレゴラスを怒らせないって約束して欲しいの。殺されるわ」
トーリンは憎しみのこもった目でレゴラスを睨みつけた。
「奴の何を知っている」
「幼馴染なの。心配しないで。あなたに渡したネックレスを見れば危害は加えられないはずよ」
「どうだかな。エルフの言葉は信用ならん」
「そこでこそこそ何を話しているのですか?ネルファンディア」
レゴラスが見かねて近づいてきたため、ネルファンディアはトーリンから距離を置くしか出来なかった。彼はトーリンを侮蔑たっぷりの目で見ると、彼が持っていた剣を取って眺めた。
「これはオルクリストだな。エルフが鍛えた剣だ。盗人か」
「違うわ」
トーリンが何か言う前にネルファンディアが間に割って入った。
「彼はドゥリンの一族、トーリン・オーケンシールド王子よ。あなたと同じ王子なんだから、少しは敬ったらどうかしら」
「君が連れてくる客人はろくな奴がいないな。君のお父さんも苦手だし、このドワーフの盗人なんて、苦手どころか虫唾が走る」
「この姫を侮辱するのは聞き捨てならん。彼女を侮辱するなら私のことを好きに罵るがよい!」
トーリンが両脇をエルフに抑えられた状態でレゴラスに食ってかかった。彼はトーリンがネルファンディアのことを想っていることにすぐ気づくと、鼻で笑ってこう耳元で囁いた。
「盗人だけではなく、永久に続く命の者を愛する愚か者か」
「貴様に言われたくはない。愚か者はそなたの方だ」
「連れていけ」
凄みのきいた声で言い返すトーリンに、レゴラスは説得の余地なしと見て父王の元へ連れていくことに決めた。彼は一緒に行こうとするネルファンディアを呼び止めると、説明を命じた。だが、彼女は連行されるトーリンの手を離そうとしない。
「トーリン……!」
「ネルファンディア、大丈夫だ。離し難い手だ……」
「早く連れていけ」
2人の手がどんどん離されていく。そしてついに指先が離れた。ネルファンディアは、初めてレゴラスを睨んだ。
「彼もあなたと同じ王子なのよ。何故そんなふうに」
「そうかもしれないな。でも、ドワーフだ」
幼いときはそこまで酷くなかった気がするが、彼女には性格が悪くなったように思えた。特に非社交的な父親の性格が影響して、ドワーフに対する偏見が増している。レゴラスはグローインの持ち物を取り上げると、一瞥した。
「なんだこれは。これは弟か?」
「違う。妻だ。」
「ふぅん。それで、これはゴブリンの息子か?」
グローインはむすっとしているが、なんとか怒りを堪えている。
「……………これは、息子のギムリだ。」
「ああ、そうか。醜いな」
グローインには気の毒だったが、ネルファンディアはまだ盗人と山賊呼ばわりされるトーリンのほうが幾らかましだなとつくづく思うのだった。
スランドゥイルの前にやってきたネルファンディアは、気まずさを覚えた。前々から苦手な相手であったが、特に今は苦手だった。
「…………お久しぶりでございます、闇の森の王、スランドゥイル様。」
「これは……ネルファンディアか。白の賢者様は元気かね?」
「ええ……」
スランドゥイルはネルファンディアを冷めた目で見ると、冷笑した。
「許嫁の件は、気にせずともよい」
彼女は笑って流すことさえ出来なかった。実はレゴラスとネルファンディアはガラドリエルたちの計らいというよりは大人の事情で婚約関係にあった。ただ、当の本人たちがあまりに嫌がったため自然と解消されたということが以前にあったのだ。だが、それを気にするスランドゥイルではなかった。彼が気にするのはトーリンを連れてきたことの方だった。彼はため息混じりにネルファンディアに言った。
「君の同行者のトーリンは、エレボールへ向かうらしいな」
「はい」
「………協力には、もちろん双方の合意が必要だな。それはわかるであろう?」
「……仰る意味がわかりません」
ネルファンディアは既に理解していた。だが、敢えてとぼけるふりをした。彼もそれは分かっているようで、賢しい娘なことだというと、衛兵隊長のタウリエルを呼びつけた。
「タウリエル。彼女をトーリンの牢まで案内してやれ。……目を離すなよ」
「承知しました。ついてきなさい」
「タウリエル。」
何も知らないタウリエルは他の人を扱うようにネルファンディアに口を聞いた。すかさずスランドゥイルが片手を上げて彼女を制止させた。
「……彼女はサルマンとエルミラエルの娘、ネルファンディア。蒼の姫だ」
「────!!これは失礼しました!お許しを」
「謝らなくていいわ……顔を上げて。トーリンのもとへ案内してちょうだい、タウリエル」
彼女はうなだれるタウリエルの肩に手を当てると、優しい表情で許した。
ネルファンディアは虚ろな眼差しでトーリンの手を掴んだ。
「これ以上進んではだめ………迷うだけだわ」
「迷ったはずがない。そのうちつく」
彼女は幼い頃よくここに来たため、一行が完全に道から逸れていることを知っていた。皆の不安を煽るわけにもいかないため、彼女は声を潜めて話を続けた。
「道から完全に逸れてるわ」
「知っている」
「一体いつ間違えたのかしら…」
「…………たぶん、私が間違えた」
ネルファンディアのぼおっとする頭が一気に冴える。
───トーリンが?道を間違える?
「嘘でしょ?」
「………そのだな。方向感覚は元から苦手で…」
ネルファンディアは呆れたと言わんばかりの声でトーリンに尋ねた。
「今までこんなことは?」
「最近はない。いや……数ヶ月前、旅に出かける前にホビット庄でビルボの家に着くまでに2度迷った。」
彼女は流石に大きなため息をつくことしか出来なかった。完全無欠のように見えるこのドワーフの王子が方向音痴など、一体だれが想像できるだろうか。トーリンは気まずそうに地面を見ることしか出来なかった。
「私、見てくる。たぶん不快じゃない方向が道なんだと思う」
「な………はぐれたらどうするんだ!?」
彼は行かないで欲しいと言うようにネルファンディアの手を掴んだ。この手を振りほどくほど彼女は酷なことは知らなかった。
「大丈夫だよ。………これをあなたに預けるわ」
ネルファンディアはトーリンに首にかけているアメシストで出来たネックレスを手渡した。
「これがあれば、闇の森のエルフたちに出会っても私の知り合いだと言えば分かってくれるはずだから」
「………気を付けて行くがいい」
トーリンは渋々ネックレスを首にかけると、彼女の手を離した。立ち上がったネルファンディアはまるでトーリンが幻影でも見ていたかのように、跡形もなく森の奥深くに消えていった。
ネルファンディアは焦っていた。
───早くトーリンたちに道を見つけてあげないと……この森は危険だわ
自分の勘を信じて崖も斜面も問わず上に上に進み続けていると、ようやく空気が重苦しくない場所に上がった。そして、更に斜面を上がるとすっかり土だらけになった彼女の目の前にエルフの道が現れた。彼女は疲労感も忘れて歓喜の声を上げた。
「着いたわ!帰ってきた……」
しかし道は見つかったが、肝心のドワーフたちをどうやってここまで連れてくるかが問題だった。彼女は道の中央に座りながら杖にもたれかかって考えた。すると、目の前に一人の金髪の弓を構えたエルフが現れた。彼は怪訝そうな表情でネルファンディアを見ると、数分置いてあっと叫んだ。
「ネルファンディアか?」
「あ…………レゴラス!」
「ひどい顔だから一瞬誰か分からなかったよ」
ネルファンディアは幼馴染のエルフの王子にため息をつくと、疲れ果てた動きで立ち上がった。
「相変わらずその失礼な口は治ってないのね」
「君こそ、変わってない」
レゴラスはそう言っているが、なにやら警戒しているようで弓に手をかけたままついてくるようにとネルファンディアに指示した。彼は何故普段と違う格好でここを訪れたのかと尋ねた。もちろん、彼女は返事に困った。
「ええと………どうしてもここを通らなきゃいけない人がいるんだけど、同行しているうちに道に迷ったの。」
「ふぅん………誰だい、その人は」
「え………」
レゴラスはこの慣れ親しんだ幼馴染が何か隠していることをすぐに見抜いた。そしてその理由はすぐに判明した。
「レゴラス様!蜘蛛たちが暴れていたところ、駆除しました。それと……」
「何だ」
「ドワーフたちがいます」
「なんだと?」
一人の護衛のエルフがレゴラスにそう報告した。ネルファンディアはすぐにでもトーリンの安否を確かめたいと思い、慌ててレゴラスたちを追った。
「君の同行者は、ドワーフだね」
「………そうね」
レゴラスは道であった時よりも厳しい眼差しでネルファンディアを見た。ドワーフのことを嫌うのはサルマン以上であるレゴラス親子には、今のトーリンたちは邪魔でしかない。彼女は息を飲んで彼のあとをついて行くしかなかった。
エルフたちの元へたどり着くと、トーリンたちが拘束されていた。武器を取られ、無防備な彼らにネルファンディアは近寄って1人ずつ安否を確かめた。彼女は敢えてトーリンを最後に回すと、声をひそめて気遣った。
「トーリン……無事だったのね」
「ビルボが助けてくれた。今頃どこかに潜んでいる。」
「そう………スランドゥイル王と王子のレゴラスを怒らせないって約束して欲しいの。殺されるわ」
トーリンは憎しみのこもった目でレゴラスを睨みつけた。
「奴の何を知っている」
「幼馴染なの。心配しないで。あなたに渡したネックレスを見れば危害は加えられないはずよ」
「どうだかな。エルフの言葉は信用ならん」
「そこでこそこそ何を話しているのですか?ネルファンディア」
レゴラスが見かねて近づいてきたため、ネルファンディアはトーリンから距離を置くしか出来なかった。彼はトーリンを侮蔑たっぷりの目で見ると、彼が持っていた剣を取って眺めた。
「これはオルクリストだな。エルフが鍛えた剣だ。盗人か」
「違うわ」
トーリンが何か言う前にネルファンディアが間に割って入った。
「彼はドゥリンの一族、トーリン・オーケンシールド王子よ。あなたと同じ王子なんだから、少しは敬ったらどうかしら」
「君が連れてくる客人はろくな奴がいないな。君のお父さんも苦手だし、このドワーフの盗人なんて、苦手どころか虫唾が走る」
「この姫を侮辱するのは聞き捨てならん。彼女を侮辱するなら私のことを好きに罵るがよい!」
トーリンが両脇をエルフに抑えられた状態でレゴラスに食ってかかった。彼はトーリンがネルファンディアのことを想っていることにすぐ気づくと、鼻で笑ってこう耳元で囁いた。
「盗人だけではなく、永久に続く命の者を愛する愚か者か」
「貴様に言われたくはない。愚か者はそなたの方だ」
「連れていけ」
凄みのきいた声で言い返すトーリンに、レゴラスは説得の余地なしと見て父王の元へ連れていくことに決めた。彼は一緒に行こうとするネルファンディアを呼び止めると、説明を命じた。だが、彼女は連行されるトーリンの手を離そうとしない。
「トーリン……!」
「ネルファンディア、大丈夫だ。離し難い手だ……」
「早く連れていけ」
2人の手がどんどん離されていく。そしてついに指先が離れた。ネルファンディアは、初めてレゴラスを睨んだ。
「彼もあなたと同じ王子なのよ。何故そんなふうに」
「そうかもしれないな。でも、ドワーフだ」
幼いときはそこまで酷くなかった気がするが、彼女には性格が悪くなったように思えた。特に非社交的な父親の性格が影響して、ドワーフに対する偏見が増している。レゴラスはグローインの持ち物を取り上げると、一瞥した。
「なんだこれは。これは弟か?」
「違う。妻だ。」
「ふぅん。それで、これはゴブリンの息子か?」
グローインはむすっとしているが、なんとか怒りを堪えている。
「……………これは、息子のギムリだ。」
「ああ、そうか。醜いな」
グローインには気の毒だったが、ネルファンディアはまだ盗人と山賊呼ばわりされるトーリンのほうが幾らかましだなとつくづく思うのだった。
スランドゥイルの前にやってきたネルファンディアは、気まずさを覚えた。前々から苦手な相手であったが、特に今は苦手だった。
「…………お久しぶりでございます、闇の森の王、スランドゥイル様。」
「これは……ネルファンディアか。白の賢者様は元気かね?」
「ええ……」
スランドゥイルはネルファンディアを冷めた目で見ると、冷笑した。
「許嫁の件は、気にせずともよい」
彼女は笑って流すことさえ出来なかった。実はレゴラスとネルファンディアはガラドリエルたちの計らいというよりは大人の事情で婚約関係にあった。ただ、当の本人たちがあまりに嫌がったため自然と解消されたということが以前にあったのだ。だが、それを気にするスランドゥイルではなかった。彼が気にするのはトーリンを連れてきたことの方だった。彼はため息混じりにネルファンディアに言った。
「君の同行者のトーリンは、エレボールへ向かうらしいな」
「はい」
「………協力には、もちろん双方の合意が必要だな。それはわかるであろう?」
「……仰る意味がわかりません」
ネルファンディアは既に理解していた。だが、敢えてとぼけるふりをした。彼もそれは分かっているようで、賢しい娘なことだというと、衛兵隊長のタウリエルを呼びつけた。
「タウリエル。彼女をトーリンの牢まで案内してやれ。……目を離すなよ」
「承知しました。ついてきなさい」
「タウリエル。」
何も知らないタウリエルは他の人を扱うようにネルファンディアに口を聞いた。すかさずスランドゥイルが片手を上げて彼女を制止させた。
「……彼女はサルマンとエルミラエルの娘、ネルファンディア。蒼の姫だ」
「────!!これは失礼しました!お許しを」
「謝らなくていいわ……顔を上げて。トーリンのもとへ案内してちょうだい、タウリエル」
彼女はうなだれるタウリエルの肩に手を当てると、優しい表情で許した。