二章、闇の森
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朝起きると、ネルファンディアは新しい人が一人増えていることに気がついた。
「お早うございます、蒼の姫」
「あ!ビオルンさんね」
彼女はすぐに笑顔になった。父サルマンはビオルンのことをあまり快く思っていないが、彼女は彼のことが大好きだった。
「この前来た時は母も父も一緒だったわね」
「そうだな。………俺の家族もな」
ビオルンが急に悲しそうな顔に変わったので、ネルファンディアはそれ以上話すのをやめた。彼はトーリンに向き直ると、つま先からてっぺんまで睨みつけるような目で見た。ネルファンディアはすっかり忘れていたが、ビオルンはドワーフが嫌いなのだ。
「……トーリンオーケンシールドだ。」
「王子か。はなれ山へ向かう途中のようだな」
「アゾグに追われている」
「アゾグ?そういえば家の近くを取り囲んでなにやら探しているのを見たが、まさかお前か」
彼は眉を潜めてトーリンを見た。その言葉だけでもアゾグのことを嫌っていることが良くわかる。すぐにでも出て行けと言いそうなビオルンの前にネルファンディアはトーリンを庇うように立った。
「彼だけじゃないわ、私のことも探してる」
「何じゃと?お主もか?」
驚いたのはガンダルフの方だった。彼の表情は一気に青ざめた。彼の脳裏にガラドリエルが裂け谷を発つ前に教えてくれた言葉が蘇る。
『闇が、迫っています。ミスランディア』
『それは承知の上です、奥方様』
『この旅がその闇を蘇らせるでしょう。』
『それはどういう意味ですか』
『トーリンオーケンシールドが、ネルファンディアを愛すれば愛するほど、彼女の力と色褪せることのない美しさを求める冥王の所有欲は、トーリンに対する憎しみに変わるでしょう』
ガンダルフはガラドリエルの顔を見て、眉をひそめて子細を尋ねた。
『…………冥王───今はまだネクロマンサーであるあの者は、行方が度々分からなくなる力の指輪と自らの軍勢と魔力だけでは中つ国を支配できぬとオロドルインの戦いで悟ったのです。奴は強い魔力を生まれながらにして持っていたネルファンディアに初めから目をつけていました。彼女が力を増し、同時に美しさを増すほど、あの者は味方に引き入れたいと強く願い、興味を持つでしょう』
『それはサルマンも知っておるのでしょうか』
『いえ、恐らくは。ただ、我が妹は分かっていたようです』
ガラドリエルは亡き自分の妹を思い出し、少し悲しそうな顔をした。魔法使いと一生を添い遂げることは、苦難に満ちた人生を選ぶことと同じであると何度も止められた妹。それでもサルマンを愛し抜くという決意で、故郷を捨てアイゼンガルドに永住した妹。かつてはガラドリエルの方がそんな彼女が羨ましいと思っていた。けれど、それは間違いだった。彼女はやがて、エルフの加護を失った結果死に、残された一人娘は闇に手招きされている。
『ああ、私たちにはどうすることも出来ません』
「ガンダルフ!聞いているの?」
「ん、あ、ああ。聞いておる。」
ガンダルフを重い回想から引き戻したのはネルファンディアの声だった。
「大丈夫?考え事してたみたいだけど」
「大丈夫じゃ。それより、ビオルン。何かいい方法はないかの」
彼は窓の外の森を指さした。
「闇の森なら安全だろう」
「あそこへ行くのか?」
「嫌だ。断る。」
闇の森と聞いた途端にトーリンの表情が曇る。彼はそのまま部屋から出ていってしまい、ネルファンディアがあとを追いかける。
「………トーリン?」
トーリンは彼女の言葉にも返事をしなかった。
「ねぇ、トーリン!どうしたの?」
「そなたには関係ないことだ」
「そんなことないわよ。あなたが辛そうにしてたら心配する権利くらい持ってる」
トーリンはため息をついて彼女に向き合うと、苦々しそうに過去の話を始めた。
「闇の森のエルフの王、スランドゥイルとドワーフたちは対立している。竜に王国を奪われたとき、彼らは我らに背を向けて戻っていった。見殺しにしたのだ!!」
「でも今はその力に頼らないと。あなたの目的は何?」
語気荒く説明する彼に、ネルファンディアは語りかけるように尋ねた。彼の口調が元に戻る。
「…………エレボールを取り戻す、だ」
「じゃあ、こう考えましょうよ。エルフに助けを乞うのではなく、エルフの力を利用する、と」
彼は依然苦々しい表情のままだったが、静かにため息をつくと、闇の森へ向かうようにとドワーフたちに指示をした。
ビオルンは、1番美しい白い馬を撫でながらトーリンたちからは少し離れて立っていた。ネルファンディアは彼に近づくと、横にあった椅子に腰掛けた。
「ビオルンさん、奥さんと娘さんは……」
「死んだ。アゾグに殺された。他の仲間は見世物の奴隷として連れていかれた。」
いつになく悲しそうに答える彼に、ネルファンディアは質問してしまったことに対して罪悪感を覚えた。
「………ごめんなさい。」
「別にいい。だが、ドワーフたちの手助けはしない」
「どうして?」
「好きではない」
ネルファンディアはトーリンのためにもここで彼を説得しなければならないと思っていた。彼女は地面を見ながらぽつんと呟いた。
「─────彼だって、家族や帰る場所を失くしたの」
「………あのドワーフがか?」
「そうよ。竜に奪われただけじゃなくて、おじい様をアゾグに殺された。」
ビオルンはため息をつくと、腕を組んだまま天井を見上げた。
「……何故、ここまでトーリンに目をかける?」
「だって、彼は私が守護者になりたいと思った人だから。」
ネルファンディアは彼を見てにこりと笑った。だが、ビオルンはその瞳の奥深くに隠しようがないトーリンに対する淡い思慕の念が燻っていることに気づいていた。けれど彼は敢えて追求するのはやめた。物陰からトーリンが耳をそば立てて聞いていることを知っていたからだ。
「では、協力しよう。君が信じる人だからな」
「ありがとう、ビオルンさん」
トーリン一行は、こうして闇の森の入口へと安全に向かうことが出来た。そして、いよいよ森に入ろうとした時だった。突然ガンダルフが行かねばならないと言い出したのだ。これには流石のトーリンも驚いた。
「何故だ。用事でもあるのか」
「そういうことじゃな。」
「ガンダルフ、本当に……この森を通るしか道はないの?」
ネルファンディアが怯えた様子でガンダルフを見る。恐らく彼が感じ取った異変と同じものが伝わるのだろう。彼はネルファンディアに向き直って頼んだ。
「わしがおらん間、トーリンたちを頼んだぞ。ここは闇の森。エルフの作った道以外にそれればおしまいじゃ」
「ええ……でも、とっても寒い。前に来た時とは違う……」
「その原因を探りに行く。すぐ戻る故、エレボールに入るのは待つのじゃぞ」
突然のガンダルフの離脱はネルファンディアにとってより心細さを招くものだったが、彼女は静かに首を縦に振るしかなかった。ガンダルフはトーリンにも言葉を残した。
「闇の森に入る際は、決してネルファンディアの言うことに反してはならぬ。あの子が1番よくここを知っておるからな。それと……」
「それと?」
「あの子から離れるでないぞ。守ってやってくれ」
トーリンは彼の言葉を不思議に思ったが、快く承諾した。
ガンダルフが発ったあと、彼らは森に踏み込んだ。先頭を行くのはネルファンディアとトーリン。森の深層に入る度に酷く怯える彼女の手を、彼は不器用ながらも優しく握った。
「………大丈夫だ。ガンダルフと約束した。そなたを離さぬようにとな」
「トーリン………」
きっと大丈夫。
ネルファンディアの心に一縷の安心感が芽生えた。
一行は、森に呑まれるように進んでいくのだった。
既に、道から逸れていることも知らず。
「お早うございます、蒼の姫」
「あ!ビオルンさんね」
彼女はすぐに笑顔になった。父サルマンはビオルンのことをあまり快く思っていないが、彼女は彼のことが大好きだった。
「この前来た時は母も父も一緒だったわね」
「そうだな。………俺の家族もな」
ビオルンが急に悲しそうな顔に変わったので、ネルファンディアはそれ以上話すのをやめた。彼はトーリンに向き直ると、つま先からてっぺんまで睨みつけるような目で見た。ネルファンディアはすっかり忘れていたが、ビオルンはドワーフが嫌いなのだ。
「……トーリンオーケンシールドだ。」
「王子か。はなれ山へ向かう途中のようだな」
「アゾグに追われている」
「アゾグ?そういえば家の近くを取り囲んでなにやら探しているのを見たが、まさかお前か」
彼は眉を潜めてトーリンを見た。その言葉だけでもアゾグのことを嫌っていることが良くわかる。すぐにでも出て行けと言いそうなビオルンの前にネルファンディアはトーリンを庇うように立った。
「彼だけじゃないわ、私のことも探してる」
「何じゃと?お主もか?」
驚いたのはガンダルフの方だった。彼の表情は一気に青ざめた。彼の脳裏にガラドリエルが裂け谷を発つ前に教えてくれた言葉が蘇る。
『闇が、迫っています。ミスランディア』
『それは承知の上です、奥方様』
『この旅がその闇を蘇らせるでしょう。』
『それはどういう意味ですか』
『トーリンオーケンシールドが、ネルファンディアを愛すれば愛するほど、彼女の力と色褪せることのない美しさを求める冥王の所有欲は、トーリンに対する憎しみに変わるでしょう』
ガンダルフはガラドリエルの顔を見て、眉をひそめて子細を尋ねた。
『…………冥王───今はまだネクロマンサーであるあの者は、行方が度々分からなくなる力の指輪と自らの軍勢と魔力だけでは中つ国を支配できぬとオロドルインの戦いで悟ったのです。奴は強い魔力を生まれながらにして持っていたネルファンディアに初めから目をつけていました。彼女が力を増し、同時に美しさを増すほど、あの者は味方に引き入れたいと強く願い、興味を持つでしょう』
『それはサルマンも知っておるのでしょうか』
『いえ、恐らくは。ただ、我が妹は分かっていたようです』
ガラドリエルは亡き自分の妹を思い出し、少し悲しそうな顔をした。魔法使いと一生を添い遂げることは、苦難に満ちた人生を選ぶことと同じであると何度も止められた妹。それでもサルマンを愛し抜くという決意で、故郷を捨てアイゼンガルドに永住した妹。かつてはガラドリエルの方がそんな彼女が羨ましいと思っていた。けれど、それは間違いだった。彼女はやがて、エルフの加護を失った結果死に、残された一人娘は闇に手招きされている。
『ああ、私たちにはどうすることも出来ません』
「ガンダルフ!聞いているの?」
「ん、あ、ああ。聞いておる。」
ガンダルフを重い回想から引き戻したのはネルファンディアの声だった。
「大丈夫?考え事してたみたいだけど」
「大丈夫じゃ。それより、ビオルン。何かいい方法はないかの」
彼は窓の外の森を指さした。
「闇の森なら安全だろう」
「あそこへ行くのか?」
「嫌だ。断る。」
闇の森と聞いた途端にトーリンの表情が曇る。彼はそのまま部屋から出ていってしまい、ネルファンディアがあとを追いかける。
「………トーリン?」
トーリンは彼女の言葉にも返事をしなかった。
「ねぇ、トーリン!どうしたの?」
「そなたには関係ないことだ」
「そんなことないわよ。あなたが辛そうにしてたら心配する権利くらい持ってる」
トーリンはため息をついて彼女に向き合うと、苦々しそうに過去の話を始めた。
「闇の森のエルフの王、スランドゥイルとドワーフたちは対立している。竜に王国を奪われたとき、彼らは我らに背を向けて戻っていった。見殺しにしたのだ!!」
「でも今はその力に頼らないと。あなたの目的は何?」
語気荒く説明する彼に、ネルファンディアは語りかけるように尋ねた。彼の口調が元に戻る。
「…………エレボールを取り戻す、だ」
「じゃあ、こう考えましょうよ。エルフに助けを乞うのではなく、エルフの力を利用する、と」
彼は依然苦々しい表情のままだったが、静かにため息をつくと、闇の森へ向かうようにとドワーフたちに指示をした。
ビオルンは、1番美しい白い馬を撫でながらトーリンたちからは少し離れて立っていた。ネルファンディアは彼に近づくと、横にあった椅子に腰掛けた。
「ビオルンさん、奥さんと娘さんは……」
「死んだ。アゾグに殺された。他の仲間は見世物の奴隷として連れていかれた。」
いつになく悲しそうに答える彼に、ネルファンディアは質問してしまったことに対して罪悪感を覚えた。
「………ごめんなさい。」
「別にいい。だが、ドワーフたちの手助けはしない」
「どうして?」
「好きではない」
ネルファンディアはトーリンのためにもここで彼を説得しなければならないと思っていた。彼女は地面を見ながらぽつんと呟いた。
「─────彼だって、家族や帰る場所を失くしたの」
「………あのドワーフがか?」
「そうよ。竜に奪われただけじゃなくて、おじい様をアゾグに殺された。」
ビオルンはため息をつくと、腕を組んだまま天井を見上げた。
「……何故、ここまでトーリンに目をかける?」
「だって、彼は私が守護者になりたいと思った人だから。」
ネルファンディアは彼を見てにこりと笑った。だが、ビオルンはその瞳の奥深くに隠しようがないトーリンに対する淡い思慕の念が燻っていることに気づいていた。けれど彼は敢えて追求するのはやめた。物陰からトーリンが耳をそば立てて聞いていることを知っていたからだ。
「では、協力しよう。君が信じる人だからな」
「ありがとう、ビオルンさん」
トーリン一行は、こうして闇の森の入口へと安全に向かうことが出来た。そして、いよいよ森に入ろうとした時だった。突然ガンダルフが行かねばならないと言い出したのだ。これには流石のトーリンも驚いた。
「何故だ。用事でもあるのか」
「そういうことじゃな。」
「ガンダルフ、本当に……この森を通るしか道はないの?」
ネルファンディアが怯えた様子でガンダルフを見る。恐らく彼が感じ取った異変と同じものが伝わるのだろう。彼はネルファンディアに向き直って頼んだ。
「わしがおらん間、トーリンたちを頼んだぞ。ここは闇の森。エルフの作った道以外にそれればおしまいじゃ」
「ええ……でも、とっても寒い。前に来た時とは違う……」
「その原因を探りに行く。すぐ戻る故、エレボールに入るのは待つのじゃぞ」
突然のガンダルフの離脱はネルファンディアにとってより心細さを招くものだったが、彼女は静かに首を縦に振るしかなかった。ガンダルフはトーリンにも言葉を残した。
「闇の森に入る際は、決してネルファンディアの言うことに反してはならぬ。あの子が1番よくここを知っておるからな。それと……」
「それと?」
「あの子から離れるでないぞ。守ってやってくれ」
トーリンは彼の言葉を不思議に思ったが、快く承諾した。
ガンダルフが発ったあと、彼らは森に踏み込んだ。先頭を行くのはネルファンディアとトーリン。森の深層に入る度に酷く怯える彼女の手を、彼は不器用ながらも優しく握った。
「………大丈夫だ。ガンダルフと約束した。そなたを離さぬようにとな」
「トーリン………」
きっと大丈夫。
ネルファンディアの心に一縷の安心感が芽生えた。
一行は、森に呑まれるように進んでいくのだった。
既に、道から逸れていることも知らず。