序、偶然の風に吹かれて
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心地よい風、澄んだ空気、混じりけのない白き力。
「うん─────最高」
ネルファンディアは最後の憩いの場とエルフたちから呼ばれている裂け谷のバルコニーでその雄大な景色を楽しんでいた。ただ、ここへ来てもう三年以上になる彼女にとって、目新しいものはもうとっくに失せていた。しかし、父親であるサルマンの
「外へ出てはならない」
という言いつけを律儀に守り続けているので、彼女は今更破る気にもなれない。
客人が来でもすれば少しは変わるかもしれない……彼女はため息をついて外に目をやった。裂け谷の外には再び息を吹き返した悪がいるが、その反面美しい高原があることを彼女は知っていた。
だが、不意にネルファンディアの魔力が些細な違いを捉えた。今までに感じたことのない違いを。それを確かめたいという衝動に駆られるのには、そう時間はかからなかった。
そして、それは彼女は長らく守ってきた父の言いつけをいともあっさりと破らせるのだった。
裂け谷近くの高原に、13人のドワーフと1人の魔法使いと1人のホビットが歩いていた。その中に、際立って品格の高そうな雰囲気を持つドワーフがいた。彼こそがトーリン・オーケンシールド王子であり、この一行は祖国エレボールを貪欲な竜スマウグより取り返すための旅の仲間なのだ。
「あとどれ程で着くのだ、ガンダルフ!」
「そう焦るでない、オーケンシールド。」
「もうずっと歩いているぞ!やはり裂け谷なんぞに向かったのが間違いだったわ」
ガンダルフはため息を密かに吐いた。品格も、血筋も、目鼻立ちも、何もかも完璧なトーリンだが、それ故の欠点もある。第一に、嫌った相手に一切曲げない敵意。第二に、そう遠くない将来に王の座を継ぐという部分から来る自尊心と高飛車さ。そして最後は、時に命取りになる程の短気さだ。それ故にガンダルフは彼が先王と同じ金銀財宝への所有欲に取り憑かれる"竜の病"を彼がいつか罹ってしまうのではないかという不安に常に駆られていた。幸いトーリンも分かっているようで、自制は随分きいている方だ。しかし、それでも時々言葉の端々が荒くなる。────今のように。
「ええい、わざわざ出向いてやったのだ!迎えにくらい来ぬか!!!エルフめ!!」
彼がそう憎まれ口を叩いたその時だった。1頭の純白の馬がものすごい勢いで走り抜けていった。彼はその上に乗っている人を見逃さなかった。
髪はエレボールの王である証と言われてきたアーケン石よりも美しい白銀で、透き通るような白い肌は、はなれ山に積もる雪のようだった。そして、それはエルフとは違って少し小柄な人間程の身長をした女性であることも彼は発見した。また、その女性が何かしきりに馬に囁いていることにも気づいた。直感的に彼は馬が暴走していることを悟り、ガンダルフが連れている最後の馬をひったくるとそのまま彼女の横に馬をつけた。彼の背丈には少々大きい馬だったが、そんなことは構っていられなかった。
「飛べ!受け止めてやる」
「 エイドニアン リッヒェ エンドゥ!!止まってよ!!ねぇ!!!」
「呪文など聞かん!!早く飛べ!こっちへ!」
銀色の髪の女性───ネルファンディアは声のする方向に少し目をやった。そこには凛とした気高い表情の男───トーリン王子がいた。彼女は名前も知らない彼に命を預けるのはいささか不安だったが、死ぬよりはましと思いタイミング良く彼の方向に身を投げた。
トーリンは彼女を受け止めた。程なくして馬は止まり、何故こんなに走っていたのだろうかというような顔をしてネルファンディアの横に並んだ。トーリンは彼女を下ろすと呆れた口調でこう言った。
「全く、馬の1頭も扱えぬのによくここまで乗ってきたな。………どこから来たのだ?」
「裂け谷です。」
「何………!?」
彼女は並んでこの男を改めて見て、すぐにドワーフと気づいた。そして裂け谷と答えたことに対して、エルフへの嫌悪感が顔に現れたことにも気づいた。故に彼女は敢えて耳にかかっている髪をわざわざトーリンの前でかきあげた。
「エルフではありません。同じ悠久の時を生きるものではありますが」
彼女はそう言って笑うと、随分遠くまで来すぎたことに驚き、そのまま馬に乗って裂け谷へ向けた。
「あら!いけない。それでは、ごきげんよう。」
それから彼女はどこかへ消えてしまった。
トーリンはただ呆気にとられていた。
─────名前も聞けなかった。
彼は一行の元へ戻った。
「裂け谷へ急ぐぞ」
「え、さっき間違いだったとか言ってたんじゃなくて?」
ビルボは首を傾げた。いつになく期待に満ちているトーリンが珍しかったからだ。
「…………今は正解だと思っているだけだ!行くぞ!」
バーリンはさっさと歩き出すトーリンの背中を見ながら、ほくそ笑んだ。
「何を喜んでいらっしゃるの??」
「決まっておるじゃろう。あの方にも、そういう感情がおありなのか………ふふふ」
そう言われても、よく分からないビルボは、トーリンとバーリンを交互に見て、また首を傾げるのだった。
「うん─────最高」
ネルファンディアは最後の憩いの場とエルフたちから呼ばれている裂け谷のバルコニーでその雄大な景色を楽しんでいた。ただ、ここへ来てもう三年以上になる彼女にとって、目新しいものはもうとっくに失せていた。しかし、父親であるサルマンの
「外へ出てはならない」
という言いつけを律儀に守り続けているので、彼女は今更破る気にもなれない。
客人が来でもすれば少しは変わるかもしれない……彼女はため息をついて外に目をやった。裂け谷の外には再び息を吹き返した悪がいるが、その反面美しい高原があることを彼女は知っていた。
だが、不意にネルファンディアの魔力が些細な違いを捉えた。今までに感じたことのない違いを。それを確かめたいという衝動に駆られるのには、そう時間はかからなかった。
そして、それは彼女は長らく守ってきた父の言いつけをいともあっさりと破らせるのだった。
裂け谷近くの高原に、13人のドワーフと1人の魔法使いと1人のホビットが歩いていた。その中に、際立って品格の高そうな雰囲気を持つドワーフがいた。彼こそがトーリン・オーケンシールド王子であり、この一行は祖国エレボールを貪欲な竜スマウグより取り返すための旅の仲間なのだ。
「あとどれ程で着くのだ、ガンダルフ!」
「そう焦るでない、オーケンシールド。」
「もうずっと歩いているぞ!やはり裂け谷なんぞに向かったのが間違いだったわ」
ガンダルフはため息を密かに吐いた。品格も、血筋も、目鼻立ちも、何もかも完璧なトーリンだが、それ故の欠点もある。第一に、嫌った相手に一切曲げない敵意。第二に、そう遠くない将来に王の座を継ぐという部分から来る自尊心と高飛車さ。そして最後は、時に命取りになる程の短気さだ。それ故にガンダルフは彼が先王と同じ金銀財宝への所有欲に取り憑かれる"竜の病"を彼がいつか罹ってしまうのではないかという不安に常に駆られていた。幸いトーリンも分かっているようで、自制は随分きいている方だ。しかし、それでも時々言葉の端々が荒くなる。────今のように。
「ええい、わざわざ出向いてやったのだ!迎えにくらい来ぬか!!!エルフめ!!」
彼がそう憎まれ口を叩いたその時だった。1頭の純白の馬がものすごい勢いで走り抜けていった。彼はその上に乗っている人を見逃さなかった。
髪はエレボールの王である証と言われてきたアーケン石よりも美しい白銀で、透き通るような白い肌は、はなれ山に積もる雪のようだった。そして、それはエルフとは違って少し小柄な人間程の身長をした女性であることも彼は発見した。また、その女性が何かしきりに馬に囁いていることにも気づいた。直感的に彼は馬が暴走していることを悟り、ガンダルフが連れている最後の馬をひったくるとそのまま彼女の横に馬をつけた。彼の背丈には少々大きい馬だったが、そんなことは構っていられなかった。
「飛べ!受け止めてやる」
「 エイドニアン リッヒェ エンドゥ!!止まってよ!!ねぇ!!!」
「呪文など聞かん!!早く飛べ!こっちへ!」
銀色の髪の女性───ネルファンディアは声のする方向に少し目をやった。そこには凛とした気高い表情の男───トーリン王子がいた。彼女は名前も知らない彼に命を預けるのはいささか不安だったが、死ぬよりはましと思いタイミング良く彼の方向に身を投げた。
トーリンは彼女を受け止めた。程なくして馬は止まり、何故こんなに走っていたのだろうかというような顔をしてネルファンディアの横に並んだ。トーリンは彼女を下ろすと呆れた口調でこう言った。
「全く、馬の1頭も扱えぬのによくここまで乗ってきたな。………どこから来たのだ?」
「裂け谷です。」
「何………!?」
彼女は並んでこの男を改めて見て、すぐにドワーフと気づいた。そして裂け谷と答えたことに対して、エルフへの嫌悪感が顔に現れたことにも気づいた。故に彼女は敢えて耳にかかっている髪をわざわざトーリンの前でかきあげた。
「エルフではありません。同じ悠久の時を生きるものではありますが」
彼女はそう言って笑うと、随分遠くまで来すぎたことに驚き、そのまま馬に乗って裂け谷へ向けた。
「あら!いけない。それでは、ごきげんよう。」
それから彼女はどこかへ消えてしまった。
トーリンはただ呆気にとられていた。
─────名前も聞けなかった。
彼は一行の元へ戻った。
「裂け谷へ急ぐぞ」
「え、さっき間違いだったとか言ってたんじゃなくて?」
ビルボは首を傾げた。いつになく期待に満ちているトーリンが珍しかったからだ。
「…………今は正解だと思っているだけだ!行くぞ!」
バーリンはさっさと歩き出すトーリンの背中を見ながら、ほくそ笑んだ。
「何を喜んでいらっしゃるの??」
「決まっておるじゃろう。あの方にも、そういう感情がおありなのか………ふふふ」
そう言われても、よく分からないビルボは、トーリンとバーリンを交互に見て、また首を傾げるのだった。