六章、潰えぬ約束【エクステンデッド処理済】
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ネルファンディアが木から降りたことは、トーリンとビルボだけでなく全員の注目を集めた。────もちろん、アゾグも。炎の中央に降り立った彼女だが、その身体は全く炎に包まれていない。これがネルファンディアの母が遺したエンディアンの石の力なのだ。燃え盛る炎とそこらに飛び散る火の粉が、彼女の身体に移る前に空気に溶けていく。その様子はまるで炎が彼女に道を譲っているかのようだった。
「誰だ貴様は。"トーリンの女"か?」
臆することなくアゾグらに対峙するネルファンディアを、彼はモルドール語で嘲笑った。倒れているトーリンの顔がわずかに怒りの色に染まる。だが、彼女はそれでも動じなかった。むしろ、各言語に精通している彼女はモルドール語で返事をした。
「"穢れの王よ。そなたがモリアを支配するより以前よりそなたとその主人の名は知っておる"」
「な…………」
アゾグは驚いた。濁音の多いモルドール語だが、彼女が話せば古代エルフ語そのものに聞こえるからだ。
そして、一体この女は何者なのか。アゾグの疑問を払拭するかのように彼女は今度は共通語で続けた。
「我はこの王子に会った時より、彼の者の守護を全うしようと思っておった。故に、何びとたりともこの者を傷つけることは許さぬ」
「てめぇだれだ!質問に答えねぇか」
彼女の声は天に轟く竜の如く強さを秘め、また往年生きてきた賢者のように深く、その一方で地の底から湧き出る泉のような静寂さを持っていた。ガンダルフは木の上から、さすがはサルマンとガラドリエルの妹の娘であるなと感心していた。他のオークたちはすっかり弱腰になっている。彼女は杖を握り直し、アゾグの鼻先に向けると、ゆっくりと名乗った。
「我はアイゼンガルド、白の魔法使いサルマンが娘、蒼の魔法使いネルファンディア」
「サルマンって言いましたよね、お頭」
「ああ」
アゾグはいかにも父親譲りの頑固さを燃やしている瞳を見ながら不気味な笑顔を見せた。
────こやつがトーリンの守護とは、面白い。
彼はこの魔法使いの腕が如何程のものなのかを推し量るために手下を何人かけしかけた。意識朦朧なトーリンだったが、ビルボは微かに彼がネルファンディアを気遣っている言葉を耳にした。
「────やめろ……彼女は……」
「大丈夫だよ、トーリン。強いさ、だってあなたの守護者なんだもの」
「ネルファンディア………」
彼の心配とは裏腹に、ネルファンディアは1人で杖と細身の剣を使いながら器用にオークたちを倒していく。ある者は杖で足をすくわれたあと、背中からとどめを刺された。またある者は杖のてっぺんと下で二回殴られたあと、首を掻っ切られた者もいる。一人前の戦士でも倒すのに苦労するグンダバドのオークたちを、ネルファンディアはたった1人で倒したのだ。余興程度と侮っていたアゾグはワーグに乗ったまま彼女に近づいた。だが、彼女はひるまない。振り向くと、ガンダルフが蛾を捕まえているのが目に飛び込んできたため、むしろ時間を稼ぐために彼を挑発し始めた。
「降りて戦いなさいよ、白いワンちゃんに乗ってないで。それとも、降りたら負けそうだと思ってるのかしら?」
「望むならそうしてやろうぞ、蒼き魔法使い」
「ああ、トーリン、どうしよう」
ワーグから降りたアゾグがじりじりとネルファンディアと距離を縮めるのを見ていたビルボがトーリンに声をかけたが、既に彼は意識を失っていた。
アゾグはやはりほかの誰とも比較できないほど強かった。最初の一撃でネルファンディアの杖は吹き飛ばされ、ビルボの足元にも落ちた。杖がなければ何も出来ないことをガンダルフは知っていたため、死を覚悟して目を閉じた。アゾグもそれを知っていたので、部下に囲むよう指示をした。
だが、その時だった。ドワーフたちが立ち上がり、一斉に他のオークたちに飛びかかり、戦い始めたのだ。それをみたビルボは、トーリンの横に落ちているオルクリストという剣をとっさにネルファンディアの足元へ滑らせた。彼女は刹那にビルボへにこりと笑うと、長さも幅も重さも違う二本の剣でアゾグとの戦いを再開させた。
「トーリンを何故守ろうとする、魔法使い。限りある命の者は、お前がどう守ろうともそのうちに力尽きる」
「それでも構わない。お前達にはわからない何かが私を変えたのよ。私は誰の死も恐れない」
「ならば殺してやろう、主人もろともな!」
アゾグが手に持っていた重りを振り下ろした。彼女は寸でのところで後ろに避ける。だが、確実にトーリンの近くまで追い詰められていた。
「これで終わりだ、小娘」
足を払われた彼女が地面に叩きつけられる。ネルファンディアは目をつぶりたい思いで空を仰いだ。すると、オオワシの大群が飛んでくるのが見えた。彼女は横に素早く避けて立ち上がると、偶然足元に落ちていた自分の杖を取って魔法で彼の体を後ろに押し返した。
「それはどうかしら。"私たちの勝ちよ"、アゾグ」
「なんだと?」
アゾグが辺りを見回してみると、崖のあたりの空にはオオワシの大群が到着していた。彼らはワーグとオークたちを強靭な脚で掴むと、次々と倒していった。それから既に地面と平行になったガンダルフたちが乗っている木の上にいたドワーフたちを背中に載せると、大空へ次々と飛び立ち始めた。ガンダルフが蛾を使って呼んだのは彼らだったのだ。トーリンとビルボもオオワシにつかまれると、大空へ舞っていった。
最後に残ったネルファンディアも、オオワシが風を起こして更に大きくした炎を挟んでアゾグを一瞥すると、トーリンを載せたオオワシに上から飛び乗った。
「トーリン!しっかりして」
彼は意識を失っており、死んでいるように見えた。
───早く手当をしなければ、手遅れになる。
彼女の中で勝利と不安が入り交じった。
トーリンたちはややエレボールに近い高台に降ろされた。皆がトーリンを心配して駆け寄る。ネルファンディアはガンダルフを押し退け、トーリンの手を握った。とても冷たい手だった。早く治療をしなければ、手遅れになる。彼女は両目に涙を溜めながら、震える指先で彼の傷に触れた。
「" 我が守護者、ヴァラのアウレよ。我が受けし恩寵を、かの者に分け授けることをお許しください "」
生命の滴が恩寵と共にトーリンに分け与えられていく感覚を感じながら、ネルファンディアは目を閉じた。そして彼に語りかけた。
────トーリン、目を覚ますのよ。
一方、トーリンの方は暖かな声に導かれ、光の中を歩き続けていた。
『そなたは……その声は……』
──さぁ、目を覚ますのよ。あなたがいるべき場所はここではない。
その言葉に、トーリンは戻るべき場所を思い出した。
そして、彼の目が覚めた。
「ネルファンディア……?そなたの……声だったのか……?」
「ええ。お帰りなさい」
彼はネルファンディアに支えられてゆっくり立ち上がると、高台の北の方角に立って指を指した。朝日を浴びて輝く頂が見える。
「エレボールだ……」
「あれがエレボール……」
後ろにいたドワーフたちも数10年ぶりに見た故郷の姿に歓喜の声を上げた。それからトーリンは、ビルボに向き直った。
「…足でまといだと言ったはずだ。この旅には向いていないと。」
ビルボはトーリンに帰れと言われるだとうと予測して、本人だけでなく誰もが苦々しい顔をした。だが、予想とは裏腹に、トーリンはビルボを抱きしめた。
「…………私が間違っていた。済まなかった、ビルボ」
「トーリン……」
14人目の旅の仲間が、正式に認められた瞬間だった。
誰もが祝福の言葉を贈る中、ネルファンディアは意識が遠退く気分に引きずり込まれていた。そして、ガンダルフの隣で気絶した。
「ネルファンディア!?」
慌てて駆け寄ったトーリンは、ネルファンディアを抱き起こしてその名を呼んだ。ガンダルフは彼女の額に手を当て、先程の治療で力を一時的に使い果たしたことを悟った。
「しばらく寝かせておけば、また回復するじゃろう」
「ネルファンディア……」
「お主にこの子が与えたのは、己の命。危険な魔法じゃ」
トーリンは俯いて、己の無力さを恥じた。ビルボがガンダルフに尋ねる。
「じゃあ……寿命が縮んだってこと?」
「いいや、そうではない。普通の魔法使いが使えばそうなるが、この子は大丈夫」
その言葉にトーリンはほっと胸を撫で下ろした。だが、その後のガンダルフの言葉は誰にも聞こえていない。彼はぽつんと呟くようにこう言った。
「────この子は、恩寵と宿命を負わされた子じゃからな」
ネルファンディアの寝顔は、どこか幸せそうに見える。ガンダルフは彼女がこれから辿るであろう道を思い浮かべながら、哀しげに微笑むのだった。
「誰だ貴様は。"トーリンの女"か?」
臆することなくアゾグらに対峙するネルファンディアを、彼はモルドール語で嘲笑った。倒れているトーリンの顔がわずかに怒りの色に染まる。だが、彼女はそれでも動じなかった。むしろ、各言語に精通している彼女はモルドール語で返事をした。
「"穢れの王よ。そなたがモリアを支配するより以前よりそなたとその主人の名は知っておる"」
「な…………」
アゾグは驚いた。濁音の多いモルドール語だが、彼女が話せば古代エルフ語そのものに聞こえるからだ。
そして、一体この女は何者なのか。アゾグの疑問を払拭するかのように彼女は今度は共通語で続けた。
「我はこの王子に会った時より、彼の者の守護を全うしようと思っておった。故に、何びとたりともこの者を傷つけることは許さぬ」
「てめぇだれだ!質問に答えねぇか」
彼女の声は天に轟く竜の如く強さを秘め、また往年生きてきた賢者のように深く、その一方で地の底から湧き出る泉のような静寂さを持っていた。ガンダルフは木の上から、さすがはサルマンとガラドリエルの妹の娘であるなと感心していた。他のオークたちはすっかり弱腰になっている。彼女は杖を握り直し、アゾグの鼻先に向けると、ゆっくりと名乗った。
「我はアイゼンガルド、白の魔法使いサルマンが娘、蒼の魔法使いネルファンディア」
「サルマンって言いましたよね、お頭」
「ああ」
アゾグはいかにも父親譲りの頑固さを燃やしている瞳を見ながら不気味な笑顔を見せた。
────こやつがトーリンの守護とは、面白い。
彼はこの魔法使いの腕が如何程のものなのかを推し量るために手下を何人かけしかけた。意識朦朧なトーリンだったが、ビルボは微かに彼がネルファンディアを気遣っている言葉を耳にした。
「────やめろ……彼女は……」
「大丈夫だよ、トーリン。強いさ、だってあなたの守護者なんだもの」
「ネルファンディア………」
彼の心配とは裏腹に、ネルファンディアは1人で杖と細身の剣を使いながら器用にオークたちを倒していく。ある者は杖で足をすくわれたあと、背中からとどめを刺された。またある者は杖のてっぺんと下で二回殴られたあと、首を掻っ切られた者もいる。一人前の戦士でも倒すのに苦労するグンダバドのオークたちを、ネルファンディアはたった1人で倒したのだ。余興程度と侮っていたアゾグはワーグに乗ったまま彼女に近づいた。だが、彼女はひるまない。振り向くと、ガンダルフが蛾を捕まえているのが目に飛び込んできたため、むしろ時間を稼ぐために彼を挑発し始めた。
「降りて戦いなさいよ、白いワンちゃんに乗ってないで。それとも、降りたら負けそうだと思ってるのかしら?」
「望むならそうしてやろうぞ、蒼き魔法使い」
「ああ、トーリン、どうしよう」
ワーグから降りたアゾグがじりじりとネルファンディアと距離を縮めるのを見ていたビルボがトーリンに声をかけたが、既に彼は意識を失っていた。
アゾグはやはりほかの誰とも比較できないほど強かった。最初の一撃でネルファンディアの杖は吹き飛ばされ、ビルボの足元にも落ちた。杖がなければ何も出来ないことをガンダルフは知っていたため、死を覚悟して目を閉じた。アゾグもそれを知っていたので、部下に囲むよう指示をした。
だが、その時だった。ドワーフたちが立ち上がり、一斉に他のオークたちに飛びかかり、戦い始めたのだ。それをみたビルボは、トーリンの横に落ちているオルクリストという剣をとっさにネルファンディアの足元へ滑らせた。彼女は刹那にビルボへにこりと笑うと、長さも幅も重さも違う二本の剣でアゾグとの戦いを再開させた。
「トーリンを何故守ろうとする、魔法使い。限りある命の者は、お前がどう守ろうともそのうちに力尽きる」
「それでも構わない。お前達にはわからない何かが私を変えたのよ。私は誰の死も恐れない」
「ならば殺してやろう、主人もろともな!」
アゾグが手に持っていた重りを振り下ろした。彼女は寸でのところで後ろに避ける。だが、確実にトーリンの近くまで追い詰められていた。
「これで終わりだ、小娘」
足を払われた彼女が地面に叩きつけられる。ネルファンディアは目をつぶりたい思いで空を仰いだ。すると、オオワシの大群が飛んでくるのが見えた。彼女は横に素早く避けて立ち上がると、偶然足元に落ちていた自分の杖を取って魔法で彼の体を後ろに押し返した。
「それはどうかしら。"私たちの勝ちよ"、アゾグ」
「なんだと?」
アゾグが辺りを見回してみると、崖のあたりの空にはオオワシの大群が到着していた。彼らはワーグとオークたちを強靭な脚で掴むと、次々と倒していった。それから既に地面と平行になったガンダルフたちが乗っている木の上にいたドワーフたちを背中に載せると、大空へ次々と飛び立ち始めた。ガンダルフが蛾を使って呼んだのは彼らだったのだ。トーリンとビルボもオオワシにつかまれると、大空へ舞っていった。
最後に残ったネルファンディアも、オオワシが風を起こして更に大きくした炎を挟んでアゾグを一瞥すると、トーリンを載せたオオワシに上から飛び乗った。
「トーリン!しっかりして」
彼は意識を失っており、死んでいるように見えた。
───早く手当をしなければ、手遅れになる。
彼女の中で勝利と不安が入り交じった。
トーリンたちはややエレボールに近い高台に降ろされた。皆がトーリンを心配して駆け寄る。ネルファンディアはガンダルフを押し退け、トーリンの手を握った。とても冷たい手だった。早く治療をしなければ、手遅れになる。彼女は両目に涙を溜めながら、震える指先で彼の傷に触れた。
「" 我が守護者、ヴァラのアウレよ。我が受けし恩寵を、かの者に分け授けることをお許しください "」
生命の滴が恩寵と共にトーリンに分け与えられていく感覚を感じながら、ネルファンディアは目を閉じた。そして彼に語りかけた。
────トーリン、目を覚ますのよ。
一方、トーリンの方は暖かな声に導かれ、光の中を歩き続けていた。
『そなたは……その声は……』
──さぁ、目を覚ますのよ。あなたがいるべき場所はここではない。
その言葉に、トーリンは戻るべき場所を思い出した。
そして、彼の目が覚めた。
「ネルファンディア……?そなたの……声だったのか……?」
「ええ。お帰りなさい」
彼はネルファンディアに支えられてゆっくり立ち上がると、高台の北の方角に立って指を指した。朝日を浴びて輝く頂が見える。
「エレボールだ……」
「あれがエレボール……」
後ろにいたドワーフたちも数10年ぶりに見た故郷の姿に歓喜の声を上げた。それからトーリンは、ビルボに向き直った。
「…足でまといだと言ったはずだ。この旅には向いていないと。」
ビルボはトーリンに帰れと言われるだとうと予測して、本人だけでなく誰もが苦々しい顔をした。だが、予想とは裏腹に、トーリンはビルボを抱きしめた。
「…………私が間違っていた。済まなかった、ビルボ」
「トーリン……」
14人目の旅の仲間が、正式に認められた瞬間だった。
誰もが祝福の言葉を贈る中、ネルファンディアは意識が遠退く気分に引きずり込まれていた。そして、ガンダルフの隣で気絶した。
「ネルファンディア!?」
慌てて駆け寄ったトーリンは、ネルファンディアを抱き起こしてその名を呼んだ。ガンダルフは彼女の額に手を当て、先程の治療で力を一時的に使い果たしたことを悟った。
「しばらく寝かせておけば、また回復するじゃろう」
「ネルファンディア……」
「お主にこの子が与えたのは、己の命。危険な魔法じゃ」
トーリンは俯いて、己の無力さを恥じた。ビルボがガンダルフに尋ねる。
「じゃあ……寿命が縮んだってこと?」
「いいや、そうではない。普通の魔法使いが使えばそうなるが、この子は大丈夫」
その言葉にトーリンはほっと胸を撫で下ろした。だが、その後のガンダルフの言葉は誰にも聞こえていない。彼はぽつんと呟くようにこう言った。
「────この子は、恩寵と宿命を負わされた子じゃからな」
ネルファンディアの寝顔は、どこか幸せそうに見える。ガンダルフは彼女がこれから辿るであろう道を思い浮かべながら、哀しげに微笑むのだった。