箱庭~話の花束~Episode1〜
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『キンモクセイ』
徐々に秋が深まってくると、オレンジ色の小さな花から香しい匂いが漂い始める。
「キンモクセイやな」
放課後のコートでひと息ついた四天宝寺の白石は、タオルで汗を拭いながら漂う香りに花の姿を探した。
「どこやろ……」
ゆっくりとフェンス沿いに歩いてみたが、それらしき花はない。
「どないしたん?」
コートの周りをただブラブラと歩く白石を不審に思ったのか、忍足謙也が声をかけてきた。
「ああ、いや、別に何でもあらへん」
「……ふうん」
ハッとしたような顔で首を振る白石に、謙也は少しだけ眉を寄せた。
「ほな、お先」
練習が終わり、部室から真っ先に出た白石は、夕暮れの茜雲と沈みかけて差し込む、今日最後の日差しに立ち止まった。
「遠回りしてみよか」
小さくつぶやくと、急ぎ足になり校門へと向かった。
「何やろ」
「何かありますやろか」
謙也と財前が、ロッカーの陰でコソコソと目配せをした。
「ああ、こないなとこにあったんか」
コートにほど近い民家の庭先や駐車場の生け垣に、あのオレンジ色の花があふれるように咲いていた。
「遠くからでも香るもんなんやな」
目を細めると、白石はオレンジ色の花にそっと触れた。
「花やね」
「花ですわ」
白石が立ち去った後に、キンモクセイに近寄った謙也と財前は、顔を見合わせた。
「ススキもぎょうさん出とるやん。金ちゃんやったら団子よりはたこ焼きや、言うやろな。まあ、同じ丸いもんやし、積み上げて月見たこ焼きもええかもやけど、風情は台無しやね」
自分で言いながら白石は笑った。
「何やろ、一人で笑っとるわ」
「思い出し笑いとちゃいますやろか」
尾行組の謙也と財前は、また顔を見合わせた。
「落ち葉ももうあるんか。もっと冷えてからやと思うてたけど……」
考えたらもう10月やしな、とすっかり日が落ちて、薄暗くなり、街灯の明かりに照らされた自分の影に微笑んだ。
「これ、好きやねんで」
わずかだが、道の脇に固まる落ち葉の群を白石は思いきり踏んでから蹴り上げた。
カサカサと乾いた音をたてながら、落ち葉は高く舞い上がり、白石の前に降ってきた。
白石はそれを見上げ、すべての葉が落ちるまで嬉しげに見入っていた。
「何やったんやろ……」
白石が、すっかり上機嫌になり駆け去った後の乱れた落ち葉の上に、謙也と財前がやって来た。
「まさか白石の奴……」
謙也が、白石に蹴り飛ばされた落ち葉を見て真剣な顔でつぶやいた。
「サッカー部に入る気やないやろな」
「……ちゃうと思います」
一瞬目が点になった財前だが、即座に否定した。
空の薄暗いところが濃い藍色へと変わり、一番星もくっきりと輝き始めた。
「おお! 今夜はおでんやて。早よ帰らな」
家からのメールに小躍りした謙也は
「ほなまたな、財前!」
さっと手を振ると一気に駆け出した。
「さすが、浪速のスピードスターですわ」
見る間に遠ざかる謙也の背中に、財前は褒めるようにつぶやいた。
「あ、この香り……何ちゅう花でしたやろ」
キンモクセイの淡いオレンジ色の花は、財前の横で静かに揺れた。
fin.
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