箱庭~話の花束~Episode1〜
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『雲の峰』
ふと見上げた山の稜線から、真夏の雲、入道雲がくっきりと真っ青な空に浮き立っている。
自分の足元には短い影が、これもくっきりと地面に映る。
人通りのない、山あいの道だが、車は通る。
「……暑いな……」
ふう、とひと息つくと、手塚は道端の木陰に入った。
流れる汗に、緑陰を吹き抜ける風が心地いい。
思えば遠くに来た、もう一度見上げた青空に手塚の想いが去来する。
今頃、青学の仲間達は全国へ向けて毎日練習に明け暮れているだろう。
無意識に自分の左ひじを握り、何かを考えようと、眉を寄せた。
だが、浮かんだのは仲間より一人の少女の姿だった。考えまいとしても考えている自分に微苦笑してしまう。
「何も言わずに来てしまったな……」
入道雲から足元の石へと視線を移してつぶやいた。
関東大会の一回戦、利き腕を潰してもいいとさえ思えた戦いだった。
あの時も少女は見ていてくれただろうか。
試合中は相手コートと跡部の繰り出すボールしか見ていなかった。
思い出すように吹く風に目を閉じる。
そよぐ風と蝉の声が幾重にも聴こえる。
静かに目を開けたが、手塚は試合後の少女の姿を思い出せずにいた。
「……」
逢いたい、などと口にするには遠くに来てしまった。
仲間からは毎日、定時連絡と称して順番に電話が入り、その日の練習内容や部員の様子がわかる。
だが、誰も少女の話には触れない。
多分、自分から連絡をすればいいのだろうが、それが出来ない。何度も、今でさえ携帯を手に取り、少女の番号を画面に出すまではする。
その先の通話ボタンが押せない。何かしたわけでもない。
「……」
木陰で、ただじっと携帯画面を見つめる。
遠く、近くと蝉時雨が降る。
「……っ!」
いきなり手塚の足元を犬が走り抜けていき、それを追って幾人かの子供達もはしゃぎながら駆けて行った。
『もしもし、あれ? 手塚先輩ですよね?』
「……え……」
画面がいつの間にか通話中に切り替わっている。
ひたすら驚く手塚。
『もしもし?』
「あ、ああ、すまない。そうだ」
ぎこちない言葉とは裏腹に、耳に届く穏やかさはどうだろう。
風がいっそう爽やかに手塚の身体を通り抜けた。
fin.