箱庭~話の花束~Episode1〜
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『千年の藍』
花火が始まるのは夜の7時からだが、柳蓮二と乾貞治がその少女と待ち合わせをしたのは、まだ昼過ぎのかなり早い時刻だった。
「早くからすまないな」
乾と少女が改札口から並んで出て来ると、柳がすっと傍へ近づいて言った。
「いえ、屋台の準備が出来るのを見ているのも好きですから」
少女も屈託なく笑う。
その少女の小柄な身体を包むのは、昔ながらの白地に紺色の柄の浴衣だった。
今は紺地や黒地、赤や青、色とりどりの華やかな柄や色合いの浴衣が主流で白地に紺柄は滅多に見ない。
「とても華やかで美しい浴衣だな。似合っている」
柳が少女の浴衣を褒めた。
「え……」
来る途中に会った友達には地味だと言われたばかりだった。それが、柳にまったく反対のことを言われ少なからず驚いた。
「確かに昼の日の中では、周りの色に消されるかもしれない。だが、涼やかで優しい色調は暑さの中の打ち水のように和む」
少女の歩調に合わせるようにゆっくりと柳は歩き出した。
「それに、その浴衣が本領を発揮するのは暗くなってからだ」
「そうなんですか?」
柳と乾、背の高い二人に挟まれ、少女は頭を反らせるほどにして柳を見上げた。
「街中で暗くなれば明かりがつくが、花火会場では薄暗い。薄暗さの中では紺地や黒地の浴衣は色が完全に沈んでしまい、待ち合わせの目印にすると非常に困難になる」
確かに……と少女も思った。以前、夏祭りではぐれた友達を浴衣の色で探すのはとても大変だった。
「だが、白地に紺色は、何よりも目立つ。これは50万人の人出の中でも実証済みだ」
「他に着る人がいない、という利点もあるがな」
柳の言葉を受け、乾も楽しそうに言った。
「そうなんだ……」
少女は改めて自分の浴衣を眺めた。地味だと言われても、祖母の手縫いの浴衣だ。とても気に入っている。
「嬉しいです、柳さん」
浴衣を褒められ、満面の笑みで柳を振り仰いだ。
柳も静かに微笑んだ。
「それに昔からある藍染めは、ひと言に藍色と言っても様々な色合いを醸し出し、染め上げた職人ですらそうそう同じ色は出せないものだ」
場所取りに訪れた河川敷は、まだ広々と空いている。日差しが強く、日陰がまるでないため、ここで日没まで陣取るにはなかなか厳しいせいかもしれない。
樹々が揺らめき風がそよぐ日陰の斜面には、たくさんの人達がごろ寝したり、冷たいドリンクで涼を取っている。
「わあ、広い。ちょっと川を見て来ますね」
少女はそう言うと、やや危なげな足取りで、石が転がる河原を川に向かって歩き出した。
「気をつけないと危ないぞ」
乾が声をかけながら、少女の手を取った。そうでもしないと、石に足を取られてしまいそうに見えたからだ。
「たとえ千年経っても藍の色は薄れない……」
明るい日の光の中、遠目にもやはり目立つ白地に紺色の浴衣の少女の後ろ姿を見つめ、柳はつぶやいた。
fin.