箱庭~話の花束~Episode1〜
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『円周率』
「3.1415……」
ふと、少女がつぶやいた。
「うん? どうしたんだい?」
「その先は9265358……と延々と果てしなく続いていくが?」
少女の言葉に、青学の乾と立海の柳がそれぞれ応えた。
場所は夏祭りの花火会場である。今年は相次いで花火大会が中止になる中、中規模なこの会場は例年通り執り行われることになり、少女や乾の家からはやや離れてしまうが、柳が誘いをかけたのである。
「あ、ニュースで見たんですよ。最新コンピューターが、円周率の計算記録を更新したって」
「ああ、2兆5769億8037万桁だったな」
少女の浴衣姿に、いつもより更に目を細めながら柳は言った。
「確かこれまでの記録は、1兆2411億桁だったから、一気に2倍以上の記録更新だな」
乾もうんうんとうなずき、柳との間を並んで歩く小柄な少女を穏やかに見下した。
「……」
さすがのデータマン、と少女は言葉にならない驚きを表情に表すと、背の高い二人を交互に見上げた。
「ちなみに、ひと桁を1秒ずつ眺めたとして、全部の桁を見終えるには、8万年ほどかかるそうだ」
「はっ……8万年!?……ですか?」
足が止まり、目も点になるというものだ。
「それだけの年月があれば、宇宙旅行も出来るな」
乾が笑った。
「しかしまあ、今は花火が終わるまでの2時間を有意義に過ごすとしよう」
柳は軽く少女の肩に指先を触れると、その先の一歩を促した。
「何がいい?」
「誘ったのは俺達だからな、遠慮せず好きな物を食べていいぞ」
美味しそうな匂いが立ち込める屋台がずらりと並ぶ通りを歩きながら、乾と柳が話しかける。
「それじゃ……」
遠慮はいらないと言われはしたものの、そこはやはり親しさの度合いと言おうか、慎ましくいかなくては、とりんご飴をひとつ頼んだ。
ここは河川敷の会場のせいか、石がゴロゴロしていて座って見るにはいささか不向きだが、レジャーシートに小さな折り畳み椅子を用意してくれた柳の周到振りに、少女も驚くばかりだ。
「毎年来ていれば、何が必要かくらいはわかる」
その目元と同じように涼しげに柳は言った。
「そして、何が美味いもかもな」
屋台の買い出しから戻った乾が、少女に焼きたての丸ごとの鮎を一匹差し出した。
「どうだい、鮎の塩焼きだよ。ここの名物なんだ」
「わあ……」
目を丸くして、少女は鮎の串焼きを受け取った。香ばしい匂いに、思わず食欲も刺激される。
「豚バラ串や焼きそば、焼き鳥、フランクフルト、他にもあるからどんどん食べてくれよ」
乾は買って来た焼きそばなどをポリ袋から出して並べた。
少女が熱々の鮎をひと口かじると、夜空に真ん丸な花火の華が大きく開いた。
華やかな夜の祭典が始まった。
fin.