箱庭~話の花束~Episode1〜
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『エイプリルフール』
「なあ、お前最近いつも見に来とるけど、テニス好きなんか?」
「ん! めっちゃ好きやで~。ワイ、4月からここに入学するねん。絶対テニス部に入るからよろしゅうしてや!」
春休みの部活中、ずっとフェンスの向こうから四天宝寺テニス部の練習を覗きに来ている少年の姿があった。
「へえ、そら頼もしいルーキーやな。新学期を楽しみにしとるで」
部長の白石蔵ノ介は、目を輝かせてフェンスに掴まる少年に笑いかけた。
「白石……あれ、ヒョウ柄小僧やん。今日も来とるんか」
白石を呼びに来た忍足謙也も毎日見かける少年に気づいた。
「ヒョウ柄言うなや。ワイの名前は金太郎。遠山金太郎いうねん。ヒョウ柄着るんは強そうやからや」
「ふうん、金太郎か」
「へーえ、金ちゃんか」
胸を張って自分を指差す少年、遠山金太郎に、白石と謙也は同時に名前を口にした。
「けどな、金太郎。知っとるか…?」
「ん? 何や?」
不意に白石が声をひそめると、遠山にかがみ込むようにして囁いた。
「ヒョウ柄ばっか着とるとな、そのうちヒョウになってまうねんで」
「い……」
遠山はたじろぐようにフェンスから一歩離れた。
「う、嘘や。そないなことあるわけないやん。なんぼワイが子どもやからって…」
「嘘やないで、なあ謙也。謙也かて知っとるやろ?」
白石は謙也に振り向くと、同意を求めた。
「せや、ほんまやで~。ヒョウになるで~」
腕組みをした謙也はうんうんとうなずいた。
「嘘や、信じひんで」
遠山は首を左右に振った。
「ほな、実例挙げたるわ。金太郎かて見て知っとるやろ?」
「な、何をや…」
ごくりと喉を鳴らすと、遠山はおそるおそる白石を見上げた。
「大阪のオバちゃん連中がよう着る服の柄。あれはヒョウ柄やなくてヒョウの柄やろ?」
「う……?」
『の』がひと文字入るだけで柄がかなり違ってくる。
「あれはな、元々はただのヒョウ柄なん。それが……」
「時間が経つうちに育って、ヒョウに変身しとるんや」
白石の言葉を受けて謙也が続けた。
「う…嘘や」
そうは言いつつも、なぜだか遠山の目はおびえている。
「んでな、育ったヒョウはどないなると思うん…?」
フェンスの向こうで白石と謙也が遠山を見下ろすように言う。
「ど、どないなるん……」
「持ち主を取って食うて、そのまま服から抜け出して野生に還るん」
「ひっ…」
もはや完全に涙目だ。
「せやから、金太郎も気ぃつけたれや」
今度は白石と謙也がフェンスに張りついて、ニヤリと笑った。
「う、嘘やーっ。絶ー対信じひんからなーっ」
後ろを幾度も振り返り、遠山は叫びながら走り去って行った。
「はは、可愛ぇやんな」
「からかいがいあるやん。入学して来るんが楽しみや」
笑いながらコートに戻った二人だが、明日も来るかな、と少しだけ期待した。
「嘘や、絶対嘘や」
半べそで家に帰った遠山は、部屋に入るなりヒョウ柄のシャツを脱ぎ捨て、あわててタンスに押し込んだ。
そして部屋の隅にうずくまると、そのタンスの様子をじっと窺った。
「絶対嘘や……」
「金太郎ー、ご飯やから、早よ降りて来なさい」
まんじりともしないまま、時間が過ぎると階下から母親の呼ぶ声がした。
転げるように階段を駈け降りると、そのままダイニングテーブルにしがみついた。
「何やっとんの。ほら、あんたのケーキ」
「え……あっ!」
遠山の目の前に、ろうそくの立った丸ごとのケーキが置いてあった。
「誕生日おめでとう!」
家族から一斉に声をかけられた。
「あ……」
ヒョウ柄ショックで誕生日をすっかり忘れ去っていた遠山は、目を見開いて驚いた。
「せやった……今日はワイの誕生日で……」
そして、
「エイプリルフールやん……」
どっと力が抜けた。
そして、
(入学したら覚えとれよ!)
白石と謙也にひと泡ふかしてやろうと、ぐっと手を握り込むと、ろうそくの火を思い切り吹き消した。
fin.