箱庭~話の花束~Episode1〜
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『氷のエンペラー』
「…何だこれは…」
跡部がその日、部室に入って最初に言った言葉がこれだった。
「かき氷や」
レギュラーメンバーが、それぞれカップにスプーンを差し入れ、シャコシャコと涼しげな音と共にカラフルに色付いた氷を口に運んでいた。
「いや、俺が言ったのは…」
跡部はもちろん呆れている。部室でかき氷などと、いくら暑い季節になったとは言え情けない。くつろぐにもほどがある。
だが、文句を言う前にそれは目についた。
それはテーブルの上にあった。存在感たっぷりに、どんと置かれていた。
「あ、それか。それやったら氷のエンペラーや」
跡部の視線が吸い寄せられた先を見た忍足は、スプーンをくわえた姿勢のまま、頭を叩きながら言った。
「……ああ?」
何だか聞き覚えのあるフレーズだ。
「…こいつがか?」
「せや。跡部も食べるか?」
そう言うと忍足は、そいつの傍らに重ねて積まれている、プラスチック製のカップの山からひとつを抜き取った。
「何がええ? イチゴにメロンにレモンにハチミツ、ブルーハワイもあるで。後は好みで練乳やな」
並んだシロップの瓶を順番に指差して、忍足は跡部を見た。
「…エンペラー?」
納得がいかないという表情で、跡部はそれをじっと見ている。目が離せなくなった、と言った方がいい。
「どこがエンペラーだ」
ようやく視線を外すと、跡部の注文を待っている忍足に聞いた。
「氷を作り出すんよ」
「…氷を?」
「せや、このどっしりとした風格。気品の漂う背格好。何から何まで皇帝としての威厳が備わっとるやろ?」
「……」
どこがだ、と跡部は顔をしかめる。
「このたくましくも、あでやかなる魅惑のボディから繰り出される華麗なる氷のショットは、まさしく美技やで~」
「何だと」
跡部がピクリと反応する。
「魅惑のボディだぁ…? どこがだ。ずん胴じゃねぇか」
「ほな、魅せたろか? 美技、氷のエンペラーを…」
スプーンをくわえたまま、ニヤリと跡部を見た。
「…やってみろよ」
跡部も、挑戦的に忍足を睨みつけた。
「ふん、ほな…いくで…跡部。覚悟はええな」
言うが早いか、忍足はテーブルの上に鎮座ましますそいつの頭をがっと押さえ込むと、ばっくり開け、勢いよくクーラーボックスの氷をすくうと荒っぽく投げ込み、猛然とハンドルを回した。
見る間にカップにはかき氷の山が出来た。
「へい、お待ちや! ブルーハワイやろ?」
さっと海のような青いシロップを白い氷にかけると、カップを跡部の前に出した。
「……海の家でバイト出来そうじゃねぇか」
感心したのか、いつもよりはやや見開いた目でつぶやいた。
「せやろ?」
先ほどから部員分のかき氷を作り続けた身だ。慣れてくるというものだ。
そして、ポンポンとペンギン型の水色のかき氷機の頭を叩くと、
「榊監督んとこにお中元で届いたんやと」
笑って言った。
「…監督公認かよ」
また呆れたようにため息をつくと、ペンギン型かき氷製造マシーンこと『氷のエンペラー』をいまいましげに睨んだ。
「チッ…」
舌打ちをすると、氷のエンペラー作のかき氷をひとすくい、口にした。
しんとする冷たさとシロップの甘さが夏を運んで来た。
(ハッ…美味いじゃねぇか。名前のセンスはいただけねぇがな)
二杯目、三杯目と氷のエンペラーに群がるレギュラー達を尻目に、跡部は一人暑いコートに戻った。
「フン…」
ボールを投げ上げると勢いよく打ち込んだ。
氷ならば自分の方が上だ。
無言でそう跡部は示した。
夏がまっしぐらに突き進む。今年は負けられない。
汗がきらめいた。
fin.