箱庭~話の花束~Episode1〜
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『漢字遊び』
「ふふ」
少女は不意に笑った。
思い出し笑いなのだろうか、手にしているのは分厚い漢字辞典だ。
「…お笑い辞典なんて図書室にあったか?」
青学の図書室での放課後。図書委員で当番の越前リョーマが、少女に話しかけた。
「あ、リョーマくん。今日は当番なの?」
少し驚いたように広げた辞典から顔を上げた。
「俺に気づきもしないでさっさとテーブルについたくせに…」
いささかムッとしたようにカウンターから少女を睨んだ。
「ご…ごめん、リョーマくん。急いで調べて帰るつもりだったから…」
目を伏せてしまった少女に言い過ぎたかな、と思った。
「で、何が面白いのさ」
越前は他に貸し出しに来る生徒もいないので、少女の隣りの椅子を引くと座った。
「あ、たまたま開いたページに…」
そう言う少女の声に、越前も辞典に目を向けると『忍び足』の文字が目に入った。
「…もしかして氷帝の忍足さん?」
「うん、その字を見たら忍足さんが『足の綺麗な人がタイプ』っていうのを思い出したの」
少女から氷帝テニス部の話題を聞くのは何だかイラつく。
「名は体を表わすってことかな、って」
「…何が」
越前のイラつきをよそに少女は微笑む。
「名前に『足』が入るから、足が好きなのかもって」
また無邪気に笑う。
「たまたまっしょ。そしたら猿山の大将は俺様や美技ってないと変だし、手塚部長はムッツリ、不二先輩は開眼、乾先輩は汁…」
越前は思いつくまま挙げ出した。
「跡部さんは面白いよ。『跡部景吾』の全部に口の部分が入ってるから、弁舌が立つし将来的にも食べることに困らないんじゃないかな」
またふふ、と笑った。
まぁ、あの大将の家なら食べるに困ることはあるまい、と越前は思った。
「それに『跡』にも『足』があるから、跡部さんも実は足が好きかも」
アホ…と思ったが、少女が見せる笑顔は止まらせたくはなかった。
「それからね、宍戸さんの『宍』の字。この字だけで、いつも帽子を後ろ前にかぶっている宍戸さんに見える」
また氷帝レギュラーだ。
ここは青学で、お前は青学の生徒だろ?…内心イラついてムカついてそう思うが、越前は黙って少女の話すに任せた。
「それから…」
「俺は?」
我慢出来ずに話を止めた。まだ氷帝選手が続くのは嫌だった。
「…越前?」
「そう」
「ん~、越えて前に出るから…目立ちたがり屋…?」
様子をうかがうように語尾が揺らぐ。
「返却お願いします」
その時カウンターに本を抱えた生徒が来た。
「ふーん、目立ちたがり屋で悪かったね」
それだけ言うと、越前は椅子から立ち上がって行ってしまった。
「あ…」
少女が、焦り気味に越前を目で追いかける途中
「やあ」
不二が片手を上げて窓際に立っている姿をとらえた。
「不二先輩!いつからそこに?」
「そうだな、跡部の解説のあたりから」
楽しげに微笑むと、不二は少女の向かい側に座った。
「ちなみに『不二』だとどうなるの?」
少女の心が今、越前に向いているのを自分に引き戻そうと不二は興味ありげに聞いた。
「あ、先輩の『不二』は辞書にちゃんと載ってますよ。『すぐれていて二つとないこと』です」
少し固まっていた少女の表情がほぐれた。
「ふふ、おこがましいよね。名前負けってとこかな」
「え、そんなことありません。不二先輩は名前にふさわしい方だと思います」
おどけるように言った不二に、少女はきっぱりと反論した。
「そう? でも、君にそんな風に言われちゃうと信じて図に乗っちゃうかもよ?」
「先輩は謙虚な方ですよ」
ふふ、と笑って少女の気を引きかけた不二だったが、あまりに素直な少女に苦笑もチラリと浮かぶ。
「じゃ、帰るぞ」
鞄を肩にかけた越前が少女の横に立った。
「え、リョーマくん当番じゃ…」
まだ下校時間前だ。貸し出しカウンターと越前を、少女は思わず見比べた。
「今日は当番に遅れる先輩の代理をしただけだ」
越前も素っ気なく言う。
言われてみれば、カウンターにはもう一人、図書委員の姿が見えた。
「それじゃ僕も」
「不二先輩は…」
図書室入り口を、越前は親指を立てて差した。
「あ、不二くーん」
「不~二、帰ろ」
同じクラスとおぼしき女子生徒と、菊丸の二人が手を振った。
「今行くよ、英二」
仕方ない、という調子で立ち上がった不二は
「やったな、越前」
と、すれ違いざま囁いた。
「別に、ただの目立ちたがり屋っす」
ニヤ、と油断のならない目が笑った。
「言うね。じゃ、またね」
越前に向けた笑顔を少女にも向け、不二は菊丸達と図書室を後にした。
「行くよ」
久し振りに少女と並んで帰る、と越前は思った。
fin.