箱庭~話の花束~Episode1〜
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『花散らし』
「不二」
「あ、先に行ってていいよ。ここからの構図で撮りたいから」
満開になった桜の咲く公園へ、テニス部レギュラーメンバー全員で繰り出したのは4月に入ってからだった。
「昨日あたりまで風が強かったから、どうなることかと思ったがなかなかどうして、見事なものだ」
池越しに張り出し水辺ぎりぎりまで枝を広げる桜に思わず立ち止まり、乾は幾度もシャッターを切る不二に言った。
「そうだね。桜も頑張ってくれてるじゃない」
にこやかに不二はカメラを下ろすと、立ち上がりながら言った。
「不二ーっ、見て、亀が甲羅干ししてるー」
菊丸の声に池に視線を戻すと、確かに何か固りがある。亀が何匹も固って微動だにしない姿だった。
「ふふ、可愛いかも」
不二は亀の固りにもファインダーを向けた。
「あ、手塚」
不二の呼び掛けに、風に舞い落ちる桜の花びらを見ていた手塚が振り返った。
「…何だ」
ゆっくりとやって来た手塚に、不二は園内の要所要所にある案内板のひとつを指差した。
《テニスコート》
と、ある方向に向いた板にその文字はあった。
「花見帰りに打ち合うのもいいんじゃない?」
じっと案内板と、目に入る桜のひと枝を眺めていた手塚は
「だが、ラケットも何もない」
「じゃあ、借りられたら、だね」
「…ああ」
手塚は枝から視線を外すと、そのまま池の噴水に移した。
「手塚、不ー二、あっちにいい場所があったよ」
菊丸が、手におでんのカップを持ちながら駆けて来た。
「あれ、おでんなんて売ってたんだ」
「美味しいよん。不二も食べる?」
「そうだね、辛子たっぷりにして貰って」
カメラをしまって菊丸と並ぶ不二の後から手塚も歩き出した。
「いいのか? 夜は雨だぞ。18時以降で80%だ」
「…夜桜で宴会だと騒いでいた」
「厳しいな」
今はまだ晴れているが、時折り陽射しが陰る空を見上げて乾は言った。
春休み最後の週末は、都心のあちらこちらで桜祭りが行われている。この公園でも同じ光景が繰り広げられ、駅からこの場所までの人混みもかなりなものだった。
「雨なら花散らしになるな」
新学期まであと数日。
この咲き具合ならば、その日まで桜は残るだろう。
新入生達をガッカリさせずにすむだろう。
桜の舞い散る中での入学式。自分達もそうであったように、今年の新入生達にも同じ感動を贈りたいと思った。
「手塚ー、乾、桜餅食べようよー」
現実に引き戻されるように、菊丸の声が呼ぶ。
「行くか、手塚」
「ああ」
二人はゆっくりと砂利道から歩道へ足を動かした。
まだ、陽射しは暖かい。
だが、風だけがわずかに冷えて来た。
噴水の飛沫が、水面に映る対岸の樹々を透かして輝く。
それを見つめる手塚の瞳が、まぶしげに細まった。
fin.