箱庭~話の花束~Episode1〜
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『やっぱり猫が好き』
全国大会が始まった。
試合の合間も、自分の学校が試合中でなければめぼしい他校を観戦に歩く。
ただ、その日は試合途中から雨で中断されてしまった。
降り出した雨は徐々に勢いを増し、応援に来ていた生徒達は急ぎあずま屋に避難したり、傘やレインコートでしのいだりと右往左往した。
このまま中断され明日に順延されるのか、雨が上がったら続行されるのか、応援する生徒達も選手達も、一様に暗くどんよりとした雨のカーテンを作る空を見上げた。
中断された試合がいつ再開されるのかわからないまま、海堂は雨の中コートを緩く走っていた。ただ、何も考えずに黙々と。
「ん…?」
その海堂の目に、張り巡らされたフェンスの片隅でかがみ込む人影が見えたように思えた。
足を止めて、薄暗いフェンスにもう一度視線を向けると
「大丈夫たい。すぐ助けるけん、まいっとき待ったりなっせ」
そう金網の向こうに声をかけ、立ち上がる背中が見えた。
「……!」
かなりデカい。海堂が並んだなら見上げるような長身だ。
海堂の視線に気がついたのか、金網に手をかけた大きな背中が振り向いた。
「…四天宝寺…か?」
大会前に乾が披露してくれた全国大会出場校のデータ。
電話帳並のそのデータから、見覚えのあるユニフォームが今、目の前にある。
「そう言う己は…青学か」
しかし、振り向いた男はそれ以上の興味はないのか、金網を登り始めた。
「何を…」
と思った時、金網の植え込みの下からか細い鳴き声が聞こえた。
(子猫…)
海堂が金網へ大股で近寄ると、雨に震える小さな白い体が見えた。
それと同時に、大きな身体が金網の向こうに降り立ち、その濡れた子猫を抱き上げるとジャージの中へ取り込んだ。
「これで大丈夫ばい」
そっと胸元の子猫を撫でると、四天宝寺の男はそのまま海堂から去って行った。
海堂は男の大きな背中を黙って見送った。
男の背中が見えなくなると、海堂は再びゆっくりと走りだした。
雨脚もまた強くなったようだ。
その日、青学の試合は中断、午後の試合もそれぞれ翌日順延となった。
海堂はあの白い子猫が、ミルクを飲めただろうか、と少しだけ気になった。
か細い鳴き声と、その震える体を包み込んだ大きな手。
もう一度だけ海堂は、男の消えた雨の向こうへ視線を向けた。
fin.