箱庭~話の花束~Episode1〜
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『Believe5』
「はぁ、おモロないなぁ。何かええことあらへんかいな」
氷帝の忍足侑士は卒業を間近に控え退屈していた。
部活もないし、授業は3学期や一年間のまとめばかりだ。
放課後の時間を持て余してしまうのが何よりつまらない。
「かと言って、ストテニ行くんもダルいし、おモロいもん落ちてへんかな」
午前中授業で学園からの帰り道、独り言をつぶやきながら急ぐでもなく、のんびりと歩いていた。
「そや、あの子ん家でも行ってみよか。まず青学行って、もう下校しとったら家訪ねたらええな。よっしゃ、したら善は急げや」
さっきまでのダラダラさ加減はどこへやら、やる気パワーに満ちあふれた忍足は、ダッシュで自宅へ帰った。
「居てるとええな」
青学の門を堂々とくぐりかけた忍足は、ボールチェーンが切れて落ちている小さいマスコットぬいぐるみを拾った。
「あらま、可愛ぇのに可哀相やな」
チェーンを繋げ直し、ついた汚れを払ってやるとしばし手のひらで転がして眺めた。
「…もしかして、忍足さん…ですか?」
ためらうような声が忍足の背中越しからかかった。
「お姫さんやん」
偶然にも訪ねて来た相手に巡り会え、忍足も嬉しげな表情になる。
「どうされ…あれ」
少女の目に忍足が拾ったマスコットぬいぐるみが映った。
「あたしが今朝なくした物じゃ…」
「え、そうなん? ほな確かめてや。そこの校門とこで拾ったんよ」
そう言うと忍足は、先ほどの現場を指差し少女の手へ、そのマスコットを乗せた。
「やっぱりあたしのです。忍足さんありがとうございます」
よほどのお気に入りだったのだろう。少女は嬉しそうに何度もマスコットを撫でると、忍足に笑顔を向けた。
「たまたまや。そないに離れた所で落とさへんでよかったやん」
忍足も少女へ笑顔を返した。
「でも、忍足さん、どうしてこちらまで?」
「ああ、こっちにある楽器屋に用事があってん」
「楽器…?」
「これや」
忍足は肩にかけたヴァイオリンケースを軽く叩いた。
「新しいケースが欲しいな思うたんと、松ヤニが切れてしもたから買いにな」
「松ヤニ…ですか?」
「ヴァイオリンの手入れに必要なんよ」
何となく並んで歩くうち、少女は忍足と楽器店まで一緒に行ってしまった。
店内のヴァイオリンコーナーには様々な大きさのヴァイオリンが並ぶ。
ケースを眺める忍足に、ヴァイオリンを眺める少女。
ヴァイオリンが弾けるって憧れるかも…と少女は思った。
そんな少女をいつの間にか眺めていた忍足は、少女に言った。
「何なら弾かせて貰おか?」
「え…」
慌ててヴァイオリンから背後へ視線を移す。
「買うにしろ買わへんにしろ、音を出して聴いてみぃひんことには、自分好みかわからへんからな」
ヴァイオリンの音が間近で聴ける。その誘惑は抗(あらが)いたいものだ。
「ほな、待っててや」
店の一画の試弾室はピアノも置いてあり、明るいガラス張りだった。
「ヴァイオリンてのはな、長く弾いてへんと寝てまうんよ」
「え! ヴァイオリンが寝るなんてことあるんですか?」
チューニングをする忍足に、少女は驚きの眼差しを向けた。
「音がな。せやから、一度寝てまうと最低30分くらいは弾かへんと起きひんのや」
チューニングが済んだらしく、軽く弦を弾くと忍足は咳払いをした。
「何弾こか?」
やってのけている。
「そや、お姫さん。伴奏するから何か歌ってみぃひん?」
「え…」
「違う学校やから、お姫さんに予餞会してもらうわけにいかへんやろ? 卒業前に会うたんも何かの縁や」
こんなん知っとるか、と卒業式向けの曲の触りをいくつか続けて弾いた。
「あ、ビリーブ…」
「ん? これ知っとるん?」
ピアノ伴奏でしか聴いたことのなかったビリーブを、初めてヴァイオリンで聴いた。
「どうぞ、お姫さん」
楽しげに忍足が誘導する。
「はい」
あまり照れずに歌に入れた。
君を信じていく。
今までも、これからも、ずっと。
未来は君と一緒にいてこそ。
fin.