箱庭~話の花束~Episode1〜
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『Believe4』
生徒会長としての仕事も、テニス部部長としての仕事も滞りなくやり遂げて来たと思う。
手塚は卒業式の前日、明日の準備がすべて整った体育館の壇上から、整然と並んだパイプ椅子の列を見下ろした。
「明日でこの青学ともお別れか…」
感傷に浸るわけでもないが、かつて自分の居場所であった校内の様々な場所も、やがて次の学年の居場所になる。
そしてそれらは、すべて時間の中で思い出に変わっていく。しかし、思い返す時など来るのだろうか、と考えた時…。
「あれ? 手塚先輩、いらっしゃいますか?」
手塚の耳に心地よいトーンの声が届いた。
「どうした?」
体育館の入り口で手塚を探していた少女は、思いがけない方向からの返事に少し驚いたようだ。
「竜崎先生から伝言です。明日卒業式が終わったら、お祝いに先生が卒業生にだけ焼き肉をごちそうして下さるそうです。それで帰らずに部室に集合して下さいって」
「…ああ、わかった。わざわざすまない」
壇上から降り、少女のもとへゆっくりと向かいながら手塚は言った。
「いいえ。それじゃ、失礼します」
軽くお辞儀をすると少女は手塚の視界から去ろうとした。
「ちょっと待った」
「はい?」
呼び止められた少女は、素直に立ち止まり振り返る。
「……」
マズい…止めたはいいが、どうすればいいのだ。と、手塚は自分の取った行動に戸惑った。
「手塚先輩?」
少女は手塚の次の言葉を待っている。
「…この間の歌…歌っては貰えないか…?」
「…この間…もしかして予餞会で歌った歌のことですか?」
思いもかけずに手塚の口から言葉が出た。それは手塚自身でさえ驚いたように思う。
「そうだ…。お前一人の声で聴かせて欲しい…」
「え…今ここで、ですか?」
少女は辺りを見回し、体育館を指差した。
周りは誰もいない。卒業式前日のため午前中授業で部活もないし、生徒はもうほとんど帰ってしまった。
いきなり言われた少女は焦るが、言った手塚も鼓動が早まる。
「嫌か…?」
「その、恥ずかしいです」
少女の頬が、見る間に薄紅色に染まる。
「…俺のわがままを、一度聞いてはくれないか」
「…わ、わかりました」
覚悟を決めたように少女は意を決して壇上に上がった。
前回はクラス全員で、ここに上がった。客席は3年生で埋まっていた。
今、たった一人で壇上にいる。客席にも手塚一人。
そう思えば気分も楽かもしれない。
それにあの時はピアノの伴奏があったが、今度はアカペラだ。
覚悟を決めて、息を吸い込む。心なしか春の宵の香りが漂う。
未来を見つめる。
一人の少女と共に。
そして信じていたい。
自分と視線の先の少女との、これからの時間を…。
fin.