箱庭~話の花束~Episode1〜
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『Believe3』
「ついに予餞会で送られる側になっちゃったね」
体育館に並んだパイプ椅子を眺めると不二は手塚に言った。
「ああ」
相変わらず手塚は寡黙だ。
「卒業生代表の答辞はもう決まったの?」
「ああ。毎年決まりきった文句だし、マニュアルと変わらない」
「それもそうだね」
ふふ、といつもの軽やかな微笑みを浮かべると、不二はくるりと体育館入り口に背を向けた。
「不二…?」
「曲が聴こえる」
校舎の方をわずかに見上げ、耳をそばだてる不二に手塚も館内から校舎へ視線を移した。どこかの組で歌の練習をしているようだ。
「予餞会、あの子のクラスは合唱するって言ってた」
「……」
「僕らが卒業しちゃうと、ノーガードになるからちょっと心配だよね。桃や海堂達にはとても任せられないし、あの子が高等部に進学して来るまでの2年間、ヤキモキしそうだ」
風に乗って流れてくる歌声を聴きながら、不二は真面目に言った。
「…そうだな…」
だが、敷地は同じだし、その気になれば放課後に様子をうかがうことはいくらでも可能だ。彼女がテニス部に来ている限りは。
そう、自分達が卒業してもあの少女はテニス部を見に通ってくれるのだろうか。
それがいささかの不安材料でもあり、学年の違いがこの春に大きく出てしまうことになる。
自分だけのものであれば、これほどの不安感は湧かない。しかし、焦って功を急いでも何もならないのは誰もが薄々感じていることだ。
(立海や氷帝と条件はあまり変わらなくなるな…)
近くて遠い。そんな存在になりはしないか。
不二と手塚は、去来する同じ想いにただ考えあぐねるばかりだった。
「で、テニス部でも先輩達を送る会を設けようと思うんだ」
「だな、しっかり送って、俺達だけでも青学は戦っていけるって思わせねーとな。安心して卒業出来ねーぜ」
荒井の言葉に桃城もうなずく。
「調子はどう?」
「あ、不二先輩」
放課後の少女のクラスを不二が覗く。
「バッチリですよ」
明るく少女が笑う。
予餞会の本番まで後わずかと日も迫る。
「今日は君をテニス部の送別会に招待しに来たんだ」
「え…でもあたしは」
テニス部ではない、と言いかけるが
「構わないよ。はい、これ招待状。何だか昼休みに英二が書いてた」
不二は少女の言葉を遮り、ノートから破り取って畳まれた紙を渡した。
『絶対来てね! 待ってるよん。来ないとどこまでもトコトン追いすがって迎えに行くかんね~』
菊丸らしい文章に不二もつい笑いを誘われる。
「でも、送別会に出るとして、飲食代や贈り物って必要ですよね?」
少女は少し考えるようにして、不二に尋ねた。
「君は来るだけでいいんじゃない? あるとすれば気持ちで何かしてくれればいいと思う」
「気持ち……」
手ぶらは何だか悪い気がする。かと言って3年はレギュラーのほとんどだし、全員に何かを贈るのもまた知恵がいる。
(うーん…)
真剣に悩む少女に不二は穏やかに微笑む。
「悩むなら何か歌ってみたら? それならお手軽じゃない?」
不二の提案だが、テニス部のメンバーを前にして歌うだなんて恥ずかしくてとても無理だ。他に何か芸でも披露するのが手っ取り早いけど、自分にそんな芸能はない。
「…何か考えます」
マイナス思考を打ち破ろうと思いつつ、少女は予餞会の練習のため教室へ戻った。
「ふふ、ほんとは僕一人のために歌って欲しいけどね…」
と、思った不二は気がついた。
「…そうだ。歌って貰えばいいんじゃない。遠慮なんていらないよね」
「え、あの、不二先輩」
「ね、僕一人なら恥ずかしくないでしょ?」
練習が終わると、少女の意向も聞かずにさっさと屋上に連れて来られ、不二の前に立たされた。
「君が練習している間にダウンロードしたんだ」
不二がポケットから携帯を取り出すと音楽を流し始めた。
「この曲…」
つい今しがたまで練習していた曲だ。
「ふふ、大丈夫でしょ?」
手の中の携帯がピアノ伴奏を奏でる。
ずっと未来も信じているよ。
fin.