箱庭~話の花束~Episode1〜
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『立葵』
春の花々の盛りが過ぎる頃、立葵の花が咲き始める。
すっと背を伸ばし咲くその花は、夏の暑さにも負けることなく陽の中で鮮やかな彩りを楽しませてくれる。
新緑から真夏まで花期も長く花も次々に開いていく。
「夏の大会でも咲いているね」
不二が校庭の隅に咲いている立葵を眺めている少女に声をかけた。
「不二先輩、練習中では?」
少し驚いたように少女は振り返った。
立葵はその少女より頭ひとつ抜きんでて咲いている。
「ふふ、休憩だよ。水を飲んでぶらぶらしていたら君が目に入ったってわけ。…と」
「え…」
不二が顔を空に向けた。
「雨かな…」
指先を頬に添えるとすっとぬぐった。
「あ…みたいですね」
少女も、不二にならって空を見上げた直後に冷たい水滴が額にぶつかるのを感じた。
「傘はあるの?」
雲行きを見つめたまま、不二は少女に尋ねた。
「あ、置き傘がありますから大丈夫です」
額をぬぐうと少女は不二に笑顔で応えた。
「それなら、もしこのまま本格的に降って来たら、僕も君の傘に入れて貰えるかな?」
不二も笑顔で、今度は少女をじっと見つめた。
「それは構いませんよ。テニス部のレギュラー選手が濡れたら大変ですもの」
全国へ続く大会のことを考えると、部長の手塚ではないが油断してはいけないな、と少女は思った。
(…雨くらいどうってことないけど…)
不二は少女が自分を濡らすまいと意気込む姿に、つい微笑ましさを感じてしまった。
「今日はこれで上がる。解散!」
雨粒がだんだん数を増して来た頃、部員を集めた手塚は早めに終了を告げた。
「ちぇーっ、ヤバいよ~、傘がにゃーい」
バタバタと慌てて着替える菊丸の背中に、不二が声をかけた。
「英二、傘なら僕のを貸すよ。教室の僕の机の中に入っているから勝手に持って行っていいよ」
「え…けど、そしたら不二はどうするのさ」
菊丸は着替えながらも首をかしげ、当たり前な疑問を口にした。
「ああ、僕ならさっき別な組の奴と帰る約束して、そいつが傘持っているから大丈夫だよ」
にっこりと笑う不二に菊丸もすっかり安心し、また明日、と元気よく自分のクラスへ駆けて行った。
「じゃね、手塚、越前」
部室のメンバーに声をかけると、不二は少女の元へと急いだ。
「お待たせ、ごめんね」
「大丈夫ですよ」
辺りが薄暗くなる中、不二は少女の手から傘を持つと並んで歩き出した。
通学路脇の道端にも立葵が咲いている。雨でもその色鮮やかさは変わらない。
少女は横目で、全身で雫を受けて咲く立葵を眺めた。
「もう梅雨なんでしょうか」
「そうだね。まだ梅雨の走りかもしれないけど」
不二は少女に合わせて歩きながら、花を見つめる少女を見つめた。
「立葵の花が、梢まで咲き上ると梅雨が明けると言います」
花から視線を薄暗く立ち込める雨雲へと向けながら少女は言った。
「へぇ…そうなんだ」
まだ枝先にたくさんの蕾をつけた立葵。丈もまだまだ伸びるだろう。
「じゃあ、満開になる頃は関東大会真っ盛りかな?」
「そうかもです」
二人で笑った。
まだ雨の季節は始まったばかり。これから長く暑い戦いも始まる。
梅雨の後先。
梢まで咲き上るのは、まだ少し先になる。
fin.