箱庭~話の花束~Episode1〜
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『スイカ』
スーパーの店頭に夏の風物詩が顔を出し始めた。
スイカの売り場には、ディスプレイされた風鈴や朝顔の涼しげな青や紫の色が踊る。
「甘そう…」
つぶやくように言う少女の背中に
「合宿に来ればスイカ割りに参加出来るよん」
明るい声がかかる。
「菊丸先輩!?」
「こんちゃ~。買い物?」
少し驚いたように振り返った少女に、菊丸は思いきりの笑顔を向けた。
「はい、母のお使いで牛乳とお味噌とサラダ油と…」
「重いのばっかじゃん! 俺が持って君ん家まで送るよ」
「え、そんな…」
「いいからいいから。ほい、いつも買ってるのどれ?」
少女の戸惑いをよそに菊丸は腕に下げられていたカゴを取ると、慣れたようにスーパーの中を歩き出した。
「あの、菊丸先輩」
「ん? 何?」
サラダ油の売り場で、菊丸は特売品の大きなボトルを持ち上げながら少女を振り返る。
「…部活中…ですよね?」
菊丸が青学テニス部のユニフォームのままスーパーにいることに、わずかな疑問を持ちつつ少女は聞いた。
「買い出しだよん。昨日から学校で合宿してるんだ。んで、俺は食事当番なわけ」
そう言うと菊丸はサラダ油に味噌に牛乳と、手際よくカゴに放り込む。
「え…それじゃ、あたしの買い物なんてしてる時間ないじゃないですか!」
半ば呆れたように、少女はレジに向かう菊丸の背中越しに声をかけた。
「ん~、そうかもしんないけど、君ん家へこれを届けたら今度は君が買い出しの手伝いしてくれる? ほんとはおチビと当番なのにおチビのやつ罰当番くらっちゃて」
朗らかな菊丸の話に、自分だけ焦っていたような気がしてしまった。
「はい、喜んで」
今度は少女の元気な声が菊丸に届いた。
「これでいいですか?」
一度家に帰ってから、先ほどのスーパーでもう一度菊丸とテニス部用の食材を買い込む。
「サンキュー」
にこやかに少女の選んだ食材を菊丸は受け取る。
「デザートはどうしようかな…」
果物コーナーで腕組みをして菊丸は考える。
目の前に真ん丸で大きなスイカがごろごろと並んでいる。だが、スイカはスイカ割用に竜崎先生からすでに届いている。
「ま、いっか。スイカは2玉もあるし、それで充分っしょ」
梨や桃も吟味しかけたが、調理室の大きなスイカを思い出し、他は眺めるだけにした。
他の部員が練習の間、少女は菊丸と夕飯の準備を手伝った。
自慢じゃないが、少女はまだまだ料理が苦手だ。
だから、手際よく材料を切り分け、下ごしらえをし、ササッと用意してしまう菊丸を半ば尊敬の眼差しで見つめてしまった。
「そんなに見つめられたら照れちゃうよん」
嬉しそうな笑顔をいっぱいにして、菊丸は少女に言った。
夕食後、『デザート選手権』の名のもとに、スイカ割りが行われると、どのレギュラーも真剣にスイカに挑む気構えを見せた。
デザート選手権には『割ったスイカを少女と食べよう』というサブタイトルがついていたからだ。割れなければ少女と食べられない、となれば真剣になるのも当然だ。
「うわーっ、スイカ2玉じゃ全然足らないじゃん!」
菊丸が焦りの声を上げた。
いきなり最初の一人目の手塚が、見事に1玉を断ち割り、続いて二人目の不二もど真ん中から割り切ったのだ。
当然残ったメンバーからは不満があふれ出す。
「皆さんで頂きましょう?」
少女が割れたふたつのスイカを何とか切り分け、メンバーにひと皿ずつ手渡した。
「ありがと、助かったよん」
舌をペロリと出すと、菊丸は少女に笑った。
「いえ」
昼間のお礼だから、と少女も菊丸に笑顔を向ける。
「ねえ、よかったら明日も来ない? 明日は花火をやるんだ」
不二が少女を誘う。
「最終日前夜は肝試しもやるよん」
また菊丸が嬉しそうに言った。
「花火はいいですけど、肝試しは遠慮します」
少し焦るように少女は言った。
部員達が一斉に食べているせいか、スイカの甘い香りが辺りに漂う。
そして、草むらのほうからは鈴虫の音が聴こえた。
まだ盛りの夏の中に、少しだけ秋の気配を感じた。
fin.