箱庭~話の花束~Episode1〜
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『恋人にするなら』
ワインのわかる男より、魚のさばける男の方が圧倒的に軍配が上がるという。
「何が言いてぇ」
「そやから、将来的に見たらワインがわかりそうな跡部より、俺の方がモテるいうことやね」
にんまりと忍足が、勝利の優越感に浸りまくった笑顔で跡部に言った。
「ハッ! くだらねぇ。そんな基準で選んだら、酒屋の息子は魚屋の息子には勝てねぇことになる」
いかにもバカバカしいというように吐き出して言うと、跡部は生徒会室の自分の椅子から立ち上がった。
「根拠がないわけやないで。料理が出来る男が、より望ましい言うことやろ?」
つられるように忍足も来客用のソファから立ち上がった。
「今の時代、共働きが普通やし、家事全般こなせる男は重宝やで」
「…重宝なだけだろ? てめぇより完璧に家事がこなせる野郎なんて、そのうちウザがられる」
フフンと、まるで意に介さず書き込んだ書類をバインダーに綴じると、跡部は忍足に言った。
「…まぁ、跡部は特殊やからな。メイドさんにシェフに庭師に執事…。奥さんになった子は左うちわで一生楽出来そうやね」
いささか気の抜けたような感じになった忍足は、跡部が書棚にバインダーを並べる後ろ姿を目で追った。
「俺ん家が楽なわけねぇだろ? 家事以外にやることがゴマンとあるんだよ。お袋見てると人付き合いのもてなしや、パーティーのホステス、色んな集まりに出たり、表には出ねぇで陰で親父をずっと支えて来てる。英会話は必要だし、外交官並の手腕がいるぜ?」
書棚のガラス戸を閉じると、跡部はジロッと忍足を見たが、同時にため息もついた。
「確かに普段はメイドやシェフが料理や身仕度をするが、お袋は和洋中華何でも作れるし、ピアノにフルート、三味線に琴、日舞に茶道、華道、英語にドイツ語、フランス語も出来る」
「…大変やな、跡部の嫁はんになる子は…」
「出来なければ、叩き込む」
「うっはー…」
生徒会室のドアに鍵をかける跡部に、今度は忍足がため息を吐いた。
「…けど、最初はモテる男の話やったのに、いつの間にやら嫁はんの話になっとるわ。何でや?」
「…そういやそうだな」
一瞬立ち止まると、二人して顔を見合わせた。
「プッ…」
「ハハ…」
笑いがこぼれた。
「何年後の話や」
「まったく」
ひとしきり笑うと、廊下の窓から差し込む夕陽が二人を染め始めた。
「忍足、てめぇ魚三枚におろせるんだって?」
「おろせるで?」
階段を並んで降りながら、それが何やの、と言う顔で忍足は跡部を見た。
「おろした真ん中の骨の部分はどうするんだ?」
「骨せんべいや」
「骨せんべい…?」
「その部分だけ油で揚げるん。パリパリして旨いで」
昇降口で靴を履き替えながら忍足は説明した。
「ふうん…」
跡部の頭の中で、魚をくわえ骨を噛み砕く忍足の姿が投影された。イメージは原人に近いかもしれない。
「なんやったらそのうちみんなで河原に繰り出して、バーベキューと刺身パーティーでもせぇへんか? 魚は跡部が釣ってや。さばくんと調理は俺と樺地がやったるから」
「釣りか…」
ふと跡部は空を見上げた。
随分釣りには行っていない。渓流の水音、柔らかな木陰、川の中の魚影。
「いいな…」
「そやろ? ほな決定な」
何となく、ただ何となく…何も考えずに釣りたいと思った。
fin.