箱庭~話の花束~Episode1〜
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『ビロード』
一月の終わりの四時間目から雪が降り出した。それだけでそわそわして授業どころじゃない。何度も窓の外に目がいく。
(やみませんように…)
ずっと念じるように心を高鳴らせて、授業が終わるとお弁当も急いで食べた。
「あれ…ダメだ。全然撮れない、速いなもう…」
渡り廊下から降る雪を携帯で撮ろうとしたのに、思ったように写らない。
「こんな寒い所でどうしたの?」
「不二先輩!」
聞き慣れた明るい声に振り向くと、不二先輩がこちらに近づいて来る。手に教科書やペンケースを持っているから五時間目が移動教室なのかもしれない。
「降る雪を? 携帯だと無理じゃないかな。意外に雪の速度は速いからね」
先輩が写真に詳しいのを思い出して雪の撮り方を聞いてみたらそう言われた。
「一眼レフのデジカメかコンパクトデジカメでも色々と自分で設定変更できる機種がいいよ」
先輩はあたしに並ぶと、重く垂れこめた灰色の空から次々と舞い落ちる雪を見上げて手のひらを差し出した。
ひとひらの雪が先輩の暖かな手のひらに降りると、すぐに小さな水滴へと姿を変える。
「あ、雪の結晶…」
先輩の手のひらで溶けた雪とは別なひとひらが、制服の袖口に舞い降りてその姿を消さずに見せてくれた。
「ほんとだ。綺麗だね」
先輩も楽しそうな口調で言ったけど、自分の袖口は見ていない…?
「君の髪にも雪がついているよ」
「え…」
言われて顔を上げたら、先輩の微笑みとぶつかった。
わけもなく照れる。
「雪の結晶を観察するにはビロードの上に乗せて見るのが一番いいみたいだよ」
「そうなんですか…」
先輩の笑顔をまともに見られなくて、足元へ視線を向けてしまう。風に流された雪が、いくつも渡り廊下に落ちては消えていくのが見えた。
「少し積もったね」
「あ、はい」
言われてもう一度顔を上げた。地面や椿の葉にうっすらと淡雪が積もっている。
「雪の降る速さや風の強さでシャッタースピードは変わるんだ。今の雪みたいな牡丹(ぼたん)雪は、水分を多く含んで重さもあるから速度も速いし、すぐに溶けてしまう。逆にパウダースノーと呼ばれる粉雪は水分も少なくて軽いし、積もりやすいんだ」
先輩は雪を見つめながら説明してくれた。
「関東地方の雪は水分が多いし、雪国に降る雪は水分が少ない」
不二が渡り廊下から校舎に入る寸前もう一度振り返った。
髪を揺らして向かい側の校舎に歩いて行く、少女の後ろ姿が目に映った。
「君はまるでビロードだね。雪の結晶のような淡く儚(はかな)いものでも形として見せてくれるように、君に向き合うとひどく自分が汚れているような気にもなる。まあ、逆に淡雪のようにも思えるけど…」
独り言のように不二は少女の背中につぶやく。吐き出された言葉は、冬の風に乗る雪の欠片と一緒に流れて消えた。
君はいつ誰かを好きになるんだろう…。
それを考えると心がざわつく。
焦っても始まらない。
自分に言い聞かせると、不二も予鈴の始まりと共に校舎に姿を消した。
fin.