箱庭~話の花束~Episode1〜
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『犬の気持ち』
全国大会会場で一冊の本を拾った。昼の休憩時間のことだ。
(落とし物かな、誰のだろう…)
本には本屋さんのカバーがかけられていたので、取りあえずパラパラとページをめくってどんな本か見てみた。
(…この人のは読んだことないな…面白いのかな)
「…と、いけない。勝手に読んじゃいけないわ」
あたしは割に読書は好きだから、まだ読んだことのないその作家の話を読みかけてしまい、あわてて本を閉じた。そして、落とした人が近くにいるかもしれないと辺りを見回した。
「読むんなら読んでいいさー」
「え…」
不意に背後から声をかけられ振り向いた…けど、振り向いた先には濃紺のシャツしか目に入らなかった。
「え…え…」
そのまま目線を徐々に上に上げていき、ようやく相手の顔が見えた時には、かなりあたしは頭を反らした状態で不安定な格好になっていた。
「…あいっ!」
「きゃっ」
バランスを崩してひっくり返りそうになったあたしを、その人は素早く支えてくれた。
「ごっごめんなさい、あ…ありがとうございます」
咄嗟に支えられた腕にしがみついた弾みで、この人の胸元に思い切り頭をぶつけてしまった。
(あたしってば何してるんだろう、もう…)
見ず知らずの人にしがみついてしまった自分が恥ずかしくて顔が火照るのがわかった。
ただ、体勢を立て直した時に靴先に何かがぶつかる感触があったので、何だろうと下に視線を向けると、さっき拾った本をよろけた時に落としたことに気づき、あわてて拾い直した。
「これ、あなたのですか?」
カバーに幾分かついた乾いた土を手で払うと、見上げるほど背の高いその人に本を差し出した。
「…そうだ」
「よ、汚してごめんなさい! さっきここで拾って…」
「なんくるない」
「…え…?」
「ぬーやが?」
目が点になった。初めて耳にした言葉だ。
「…うぬ本やちょぎりーさー読み終わったやつやくとう、なんなら読んでいい。うんじゅんかいあげるよ」
「………」
所々わかった。多分、もう読んじゃったから、あたしにくれる…ってことだよね…?
「ありがとうございます」
あたしはさっきちょっとだけ読んでしまった時、面白そうだなって思ったからここは遠慮せず貰ってしまうことにした。ただ、この本はかなり分厚い。
「これは、どんなお話なんですか?」
あたしは氷帝の樺地さんくらいあるその人を、もう一度見上げた。
どこの学校の人かも気になるけど、今は本が優先。
「インぬちむぐくるちんかいついて細く書かれた本だ」
(え…)
何が細いんだろう…。あたしの目はまた点になった。
「じ…自分で読んでみますね」
あたしはひきつるような笑いをしたかもしれない。
「…犬の気持ちだ」
その人はゆっくりとあたしにわかるように言ってくれた。それだけで、嬉しくなった。見かけは凄く怖そうなんだけど、優しい人なんだなって思った。
「犬がお好きなんですか?」
「…嫌いだ」
「………」
じゃあ何で…と思ったら
「作家が好きなんだ。やたら長編を書くが、読みやすい」
すぐに答えをくれた。
「あがた(いたいた)、知念。くんぐとーる所でぬーそぅが?(こんな所で何してるんだ?) ゴーヤー食わさりんどぉー」
「なまいちゅん(今行く)」
その人と同じシャツを着た人が二人走りながらやって来た。
「じゃあな」
「あ、はい。ありがとうございました。あ、あのっ」
迎えに来た人と並んで、その人はすぐに背中を向けてしまったから、何か言わなくてはと呼び止めた。
「午後も試合あるなら頑張って下さい。応援します」
精一杯お辞儀をしたら、振り返ったその人は穏やかに笑った。
「にふぇーでーびる(ありがとう)」
「誰なぬ?」
「…知らねーらん」
「あぬ子、上等えんるさー(あの子、凄い可愛いじゃん)」
「…だーるば?(そうなのか?)」
「じゃーじぃ!(そうだよ!)」
三人が少女の姿を何度も振り返りながら言い合っていたことは、すぐに本に没頭してしまった本人には預かり知らぬことだった。
「知念クン、何していたんですか? 平古場クンも甲斐クンも、たかだか人一人探しに行くだけで、何をもたついているんです? ゴーヤーいってみましょうか?」
「いや、だぁや…(それは…)」
「やんくされ(やめてくれ)」
後ずさる三人に、木手がニヤリと笑った。
そんなこととは露知らず、あたしは休憩時間の間ずっとその本を読みふけっていた。
(この作家で他の本も読んでみよう…)
読んだ感想をさっきの人に伝えられたなら…そう思った時に午後の試合が始まった。青学の応援をしようと本を閉じて立ち上がった時、あの濃紺のシャツと背の高い人が目に入った。
驚きで、ただ目を見開いた…。
青学と比嘉の試合を告げるアナウンスが青い空に流れた。
fin.
*沖縄の言葉は方言の翻訳っぽいものを使用して書いた覚えがありますが、かなり怪しいと思います^^;