箱庭~話の花束~Episode1〜
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『六月の雨』
六月も半ばを過ぎると雨の日が日増しに目立ってくる。
「はぁ、結局一日雨やな…」
「もう梅雨に入ったんでしょうか?」
連日の雨のため、部活は体育館を他の運動部と分け合い、柔軟や素振りなどの基礎練習を行なっている。だが氷帝のテニス部員は200人を越える。それゆえ体育館を使用するのはレギュラーと準レギュラーのみ。他の部員の練習場所は、各教室の廊下だ。ランニング代わりに校舎の階段を一階から最上階まで何度も往復したりもする。
そんな中での休憩時間に、忍足と鳳は体育館の扉から雨がしたたる外をじっと見ていた。
「…湿気は困るんやけどな」
「まぁ、確かに気が滅入りますよね」
「…ちゃうよ。気分やあらへん」
「え…じゃ何ですか?」
ため息をついた忍足に、ずっと雨を見ていた鳳が視線を向けた。
「ヴァイオリンや」
「あ…」
言われて初めて気がついたという風に、鳳が小さく声を上げた。
「ヴァイオリンが何だって?」
「ああ、毎日雨ばかりやから、湿気に弱いヴァイオリンが大変や、いう話してん」
二人の話に跡部が入り、忍足が説明した。
「ああ、そうだな。家にもストラディバリウスとガルネリウスがあるが、湿気にはかなり注意を払っている」
「ストラディバリが跡部ん家にあるんか?」
跡部の言葉に忍足が、身を乗り出すように聞いた。
「あるぜ。だが、才能ある若い音楽家に貸し出すのが目的で、コレクションにしているわけじゃねぇぜ」
「凄いんですね、さすが跡部部長のお宅です」
感心したように鳳が目を丸くした。
「弾いてみたいんじゃねぇのか?」
からかうように跡部が忍足を横目で見て言った。
「そらまぁ、ストラディバリやなんて下手すりゃ家が一軒買えるくらいの値段やし、どないな音か実際確かめたい気はするわな」
頭にそのヴァイオリンを思い浮かべながら、忍足は憧れるような眼差しをどんよりと垂れこめて雨を降らし続ける雨雲へと向けた。
「今は貸し出し中の音楽家と共に公演先に行っているが、戻って来たら弾いてみるか?」
跡部の目も雨雲に向いた。
「え…っ…ええんか?」
逆に忍足の目が、かなり驚いた風に跡部に向けられた。
「いいぜ。ただし、持ち出しは厳禁。演奏場所は俺の家。曲目は俺様のリクエストだ」
雨から視線を外した跡部がニヤリと笑った。
「かまへんよ。そないな条件かてお安い御用や」
「………」
跡部が忍足には返事せず、腕組みをして考え込んだ。
「跡部…?」
雨音と部活で体育館内に響くボールの音と床をこする足音、掛け声、いくつもの音が重なる。
「何でもねぇ。続けるぜ」
言葉を濁したまま休憩の終わりを告げると、跡部は次の指示を部員に出した。
(あいつを呼ぶのも悪くはねぇか…)
一人の相手を想うだけで、梅雨空の雲間から光が差し込むように、心が少し明るくなった気がした。
fin.