箱庭~話の花束~Episode1〜
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『五月の薔薇』
桜が散り新緑の中に色鮮やかなツツジが顔を覗かせる頃、バラの花も競い出す。
通学路の途中、どの家にも花々があふれんばかりに咲き誇っている。
「わぁ…綺麗…」
思わず足を止めて見とれてしまう。見事な庭先へのアプローチに使われているツルバラの黄色が明るく華やかだ。
「ほんとに綺麗だね」
「不二先輩! お、おはようございます」
バラに見とれていた下級生の少女は、後ろから不意に声をかけられあわてて声の主、不二へお辞儀をした。
「おはよう」
「あ、乾。おはよう」
「おはようございます、乾先輩」
続けて乾も来たので、もう一度少女は頭を下げた。
「キモッコウバラだね。いつも見てるみたいだけど、好きな花なのかい?」
ゆったりと先を促すように乾が歩き出したので、不二と少女もバラの家から離れて歩き出した。
「バラに限らず花はどれも好きですが…さっきの花キモッコウバラっていうんですか?」
少女は今まで名を知らなかったバラの花を振り返って見た。
「ああ、あれはバラと言いながらトゲがまったくないバラなんだ」
「え! ほんとですか? 確認して来ます!」
会話の弾む二人の後ろから静かに不二がついて歩く。
「不二くんおはよう」
「不二先輩、おはようございます」
「おはよう」
通り過ぎる女生徒達が、不二に朝の挨拶をしながらチラチラと横目で見ていく。
『昇降口まで一緒に行けないかな』
と言う内面の想いが、どの生徒の表情からも見て取れる。
(あからさま過ぎると興冷めなんだよね)
「そのバラ何て言うの、乾」
自分には連れがいる、というさり気ないアピールをする。それだけで女生徒達はあきらめたように不二から離れていく。
「俗にスイートブライア…甘いイバラと呼ばれる種類だ」
乾が不二を振り返る。
「甘いイバラ…もしかしてトゲが多いんですか?」
「ああ、モッコウバラとは逆にトゲだらけのようだな」
「…気になる。この辺りでは見掛けませんよね?」
(君は乾の話題にすっかり夢中だね)
キョロキョロと、道すがら目に入る家々の垣根越しや庭先に視線を走らせる少女を、不二はただじっと見つめる。
「それなら次の部活が休みの日に、植物園かバラ園にでも行って探してみるか?」
「はい、行ってみたいです」
(簡単に誘いに乗るんだね)
「それ、僕も行っちゃダメかな? サボテンもあれば見てみたいし」
不二が優しげな微笑みで少女を見た。
「あ、いいですよ。ね? 乾先輩」
屈託なく乾を見上げる少女に乾も断る理由は見当たらない。
「ああ」
「ありがとう、乾」
スイートブライア…トゲだらけで裏をかくように葉まで香るバラ。
表向きはトゲのないモッコウバラだが、裏はスイートブライア…お前のことかもな、不二。
本音のわからない不二に、乾はそう思った。
fin.