箱庭~話の花束~Episode1〜
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『タンポポ』
(お腹が空いたな…)
部活が始まって間もなく、立海テニス部の部長幸村はそう感じた。
(おやつあったっけ…?)
腕を組み、片手を顎に当て眉をひそめるように思案気な顔つきをして部室の中の様子を思い浮かべる。その姿は端から見れば部員のプレーを熱心に見つめ思考する部長のそれだ。
(ブン太のロッカーなら何かありそうだけど…ガムだったらしょうがないし…)
それぞれのロッカーへと思考は巡る。
(赤也…何か入れていそうだな…)
だが、いくら部長だとて勝手に部員のロッカーからつまみ食いをするのは気がひける。
(ふぅ…)
ひとつため息をつくと幸村は気持ちを決めた。
(悪いけどパシって貰おう…)
コートから離れるとしばらくその姿を消した。
「幸村はどこじゃ?」
「あれ? さっきまでそこにいたっすよ?」
「熱心に私達を見ていたようですが…」
「何か作戦でも考えついたのかもな」
レギュラーメンバーは今まで部長が立っていた場所に視線を走らせると、勝手にいい方向へと解釈をしていた。
「やあ、みんな揃っているなんて丁度いいな。これ、よかったら頼んでいいかな?」
みんなが集まって話していると、話題の主、部長の幸村がにこにことしながら近づいて来た。
「頼むとは…」
「これ」
何の用事かと眉を寄せて幸村を見た副部長の真田に、幸村は一輪のタンポポと、半分に折りたたまれた一枚のメモ用紙を差し出した。
「…これは…?」
「じゃ部室にいるからよろしくね」
それだけ言うと、来た時と同じように、にこやかに手を振り幸村は部室へと楽しそうに向かって行った。
「それ、何て書いてあるんすか?」
切原が真田に近寄ると、手元のメモ用紙を覗き込むようにして聞いた。
「『…お腹空いたな』…だ」
真田が用紙を広げると読み上げた。
「…は? 腹なら俺も空いてるっす」
「俺もだ。ケーキ食いてぇ」
口々に騒ぎ始める。成長期のスポーツ少年達にとって、部活が終わるまでの時間はかなりの拷問だ。
「タンポポは何か意味があるんでしょうか?」
真田に謎かけのように手渡された一輪のタンポポを囲み、レギュラーが頭を寄せる。
「小腹が空いたから何か買って来いと言うだけじゃろ?」
「うえっ、パシれってか?」
「パシるついでに自分のも買えるじゃないすか」
「なら赤也行って来いよ」
「え~面倒っすよ。大体幸村部長、金くれないし何を買うかも書いてないじゃないすか」
メモを挟んで騒ぎ始める面々。
「幸村の好みの食べ物は何じゃ?」
仁王が真田の手元からデータマン柳へと顔を向けた。
「焼き魚だ」
「………」
「………」
柳の言葉にレギュラー全員の目が点になった。
「…いや、この場合焼き魚って変じゃね?」
部活中に部室で魚を焼くのか、焼いた魚を買ってくるのか、どちらにせよ立海大テニス部部長の幸村が、部室で焼き魚をくわえている姿が部員達の脳裏に浮かぶ。
「まだ丸井くんのケーキを丸呑みする姿の方が自然ですね」
柳生が軽く眼鏡のフレームを持ち上げながら言った。
「だろぃ? …って何だよ丸呑みって」
ガムも噛まずに丸井の頬が膨らむ。
「…そうだな。だが、急いで何か買いに行った方がいい」
柳が騒ぎの外からポツリと言った。
「急げったって…」
本当に焼き魚を買うのか? という疑問に満ちた眼差しが柳に集まる。
「昨日、精市が図書室で花言葉の本を見てニヤリと笑った」
「え?」
「見ていたのはタンポポの花言葉だ。『真心の愛、神のお告げ』とあった」
「…げっ!」
「何それ…」
「タンポポ…キャラが違うだろ」
「そこかよ」
「…まだかな?」
「うがっ! 幸村」
待ちくたびれたのか、いつの間にか幸村が揉めまくるメンバーの後ろから声をかけて来た。
「いやっ…今から…」
「言っとくけど俺、魚は丸呑みしないよ。骨を取るのは上手だって褒められたけどね」
何やら怖じ気づく面々に爽やかに笑いかけた。
「何か希望はあるのか?」
代表するかのように、柳がさり気なく幸村に聞いた。
「そうだな…適当に小腹を満たしてくれて、かなり美味しくて、値段も手頃なやつがいいな。よろしくね、赤也」
「…っ!? おっ俺っすか?」
いきなり指名され切原がビビる。レギュラー唯一の2年という立場が、こういう時のネックになる。
「柳先輩~」
「…スイーツ系でいいだろう。ブン太、一緒に行ってやれ」
「俺もかよ…と」
柳に言われ面倒臭そうな声を上げた丸井だが、無言で真田から差し出されたタンポポが威圧感を与えて来る。
『神のお告げ』
暖かさを運ぶ黄色い花が主張した。
「幸村部長は神の子っすからね。へぇへぇ、わっかりましたよ」
切原と丸井がとぼとぼと部長のお使いへ出かけて行った。
『真心の愛』もちゃんとあるよ…とは幸村の内心。
fin.