「あ、さっきのエスカレーターの話やないけど、もっと驚いたんは食パンや」
忍足侑士が冷蔵庫に麦茶のボトルをしまいながら、思い出したように言い出した。

「食パン？ 」
「そないなもんで驚きますん？ 」
白石と財前がいぶかしげに首をひねる。

「東京には８枚切りの食パンがあるんやで」
「８枚!? 」
「薄過ぎやしません？ 」
「普通は５枚切りやろ？ 家はそやで？ 」
大阪組は驚いたように三人で顔を見合わせた。

大阪の主流は６枚切りだ。５枚切りもよく出る。厚めでモチモチを好む傾向にある。そして８枚切りはない。
東京の主流も６枚切りだ。５枚切り、４枚切りもあるが８枚切りもある。

「よっしゃ！ ほな、８枚切りパンを見に行かへんか？ おモロそうやん」
忍足謙也が椅子から立ち上がった。

「ほなついでに今夜の買い出ししよか。うどんのだしもちゃうねんで」
「え、そうなん？ 」
「それ、聞いたことあります。確か関ヶ原を境にうどんつゆは昆布だしと鰹だしに分かれる言うんですわ」
「へぇーっ」

口々に驚きの声を上げながら、玄関で靴に履き替えると元気な中学生達はスーパーに向かって飛び出した。

（今夜は何しよか…）
忍足の悩みなど関係なく、夕暮れを誘うヒグラシが遠く鳴き始めた。



fin.