「ついてくわけじゃないよ。俺はあっち…中華街へ行くだけだぜ」
と、男は中華街の方向を指差した。

（行き先まで同じなんか…）
腹立たしいが、何とか男を撒(ま)きたいと財前は考え、土産物屋で貰った地図を思い出す。
（中華街の入り口は東西南北に大きく４ヵ所。しかも中へ入れば店がずらりと立ち並んどるし、すぐ人混みに紛れてしまえる。よっしゃ大丈夫や）

「偶然やね、俺も中華街へ行くとこですわ」
計算が出来れば、後は目的地へ向かうだけだ。こんなデカい割にトロそうな男、すぐに撒ける。

「へぇ、言葉から察するに大阪から来た人？ 」
「そうです。お宅さんは？ 」
「俺は千葉。部活の仲間と一緒に…と、名前言ってなかったな。天根だ、天根ヒカル」
「ヒカル…？ 」
驚いたように財前が男…天根を見た。
「ん？ どうかした？ 」
「俺も光や。財前光…」

「へ…え…」
天根も驚いて財前を見る。広い港で、たまたま話しかけた相手が同じ名前だなんて、凄い偶然だ。驚く以外にない。

うさん臭いだけだった相手が少し身近になった。

（俺と同じに部活の連中と来てる言うてたし、あっさりバイバイ出来るやろ…）

そう思うと財前は、先ほどより幾分爽やかな表情で、陽に光る海を視界に入れた。



fin.